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掌編、短編小説広場

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此処に集いし「物語」はジャンルの無い「掌編小説」と「短編小説」。広場の主は「いち」時々「黄色いくまと白いくま」。チケットは不要。全席自由席です。あなたに寄り添う物語をお届けしたい… もっと読む
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2021年4月の記事一覧

短編「やんごとなきフルーツ戦争」

 令和三年、春の終わり。それは些細なきっかけで、然し苛烈に、開戦の果汁は絞り落とされたのである。  新進気鋭の苺王国が由緒正しきメロン王国に宣戦布告した。メロンは憤りに任せて苺へ蔓を振り回した。苺は細やかな動きでこれを躱す。続いてビニールハウスから長距離弾道ホースを使って、メロンの畑へ照準を合わせ、先ずは一発、続いて二発、熟れすぎて果てた仲間の粒で作り上げた遺伝子玉を飛ばした。あわよくばそれを根付かせて畑ごとメロンの居場所を奪おうという姑息な手段であった。無論メロンが黙って

短編「乙女と春の桜餅・SIDE乙女」

 初めまして。私はこの春から高校生になります、全国津々浦々、東西南北たくさんの新入生の内の一人なのです。新しいブレザーに、紺のチェックのプリーツスカート、それから長い憧れの紺色靴下と、胸元を正す一年生のリボンは赤色です。なんと素敵なお洋服でしょうか。麗しいセーラー服とお別れするのは、幾ばくかの寂寥感を伴う儀式のようでしたが、後輩と先生方々に盛大に送り出して頂いたことですし、いつまでも後ろを向いては居られません。私はうんと顔を持ち上げて、この度の春を朗らかに迎える事に致しました

短編「乙女と春の桜餅」

 春になった。あの子の事を語らねばなるまい。そう、黒髪の乙女の事を。  私は断言する。春と云う季節がこれ程までに似合う後ろ姿も早々ないのではあるまいかと。先ずは聞いて欲しい。春は、花粉症と戦うのでも無ければ、寝惚け眼と戦う季節などでも断じて無い。春は、麗しいもの、崇高なものを愛し、或いは遠くから愛でて、心の平和を満たす愛おしい季節なのである。かく云う私も、黒髪の乙女を眺める一人である事を今ここに白状しよう。  私は純粋に眺める。あの子の笑った拍子に零れる左頬のえくぼを。私は眺