見出し画像

アエネーイス


ウェルギリウス BC70頃ーBC19

ギリシャ軍との戦いで滅亡したトロイアから逃がれ出た勇者アエネーアースが西の地を目指し、カルタゴを経て約束の地であるイタリアに至り、土着の住民たちとの闘争を乗り越え、最終的にローマの礎を築くまでの道のりを描くこの作品は、普遍的な共同体ローマの永遠なる支配の確立=「ローマの平和」という運命の実現の歴史として語り出されています。

アエネーアースの旅は故郷へと戻る旅ではありません。彼は移民として、神々の導きによるとはいえ、未知の土地で新しい共同体を築きます。闘争と和解を通して運命に定められた「平和=支配」を実現していきます。そして、そこに築かれる新たな共同体は、トロイアという高貴な起源を持つとはいえ、単にひとつの民族や土地の伝統に基盤を置くのではなく、異なる出自の人々の融合の中から生まれる普遍かつ永遠の共同体「ローマ」となる。

この作品は、ローマがキリスト教化した後も、度重なる危機の時代にでも、新たな視点で読み返されてきました。原点を再確認するための文明的参照軸であり続けています。西欧の一角を占めるだけではなく、常にその中心的存在であろうとしたフランスの歴史もその文学も、「アエネーイス」という作品の巨大な影響圏の内にあるのです。

第6巻には、自らの使命を再確認するため冥界へと下るアエネーアースが、それまでの戦いや旅の中で見殺しにしてきた人々の霊に遭遇する場面があります。カルタゴ女王ディードーの怒りの眼差しを受け止め、無言のまま去る彼女の後ろ姿を涙ながらにずっと見送る姿。
第12巻の最終決戦の場面。未来の「ローマの平和」のためにとはいえ、なぜ神々はこれほど無情な衝突と殺戮をよしとされたのか、という鋭く突き刺さるような問いが詩句の中に刻まれています。

「平和=支配」を正当化する語りだけではなく、その実現の過程で犠牲になるものに対する哀しみ。英雄の中の反英雄、叙事詩の中の反叙事詩。危機と分裂の時代に「アエネーイス」は読み返される。

最後に・・・・。この作品は「未完」なのです。

この記事が参加している募集

#読書感想文

189,141件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?