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おはなし書いてます!

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誰にでもあるような一人ぼっちで寂しい気持ちとか、ひっかかってること、読むと少しあったかくなるものから、心が焦げる匂いがするような嫉妬や執着、憎しみみたいなものまで。 絵本のような…
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2020年6月の記事一覧

ペトリコールの夜

夜の坂道、バケツをひっくり返したような土砂降り雨の後。 街灯の光で地面はキラキラと白く光っている。 さっきから口元のマスクが苦しい。 僕は梅雨が嫌いだ。 「苦しいね」 隣にいた彼女がふふと笑った。僕の上司だ。 あまりにも苦しいので、僕は思い切ってマスクを下にずらした。 その瞬間、懐かしいような雨の匂いがした。 マスクをするだけでこんなにも匂いがわからなくなるんだ…僕はすごく驚いた。 どうりで、今年になってから日々が無味無臭なわけだ。 「雨の匂いに名前があるんですけど

どこかの私のパラレルワールド、6月13日。

そのトンネルはとても長くて、出口は全く見えなかった。 ナビが古いのか、トンネル自体も表示されていない。 僕はあくびをしながらハンドルを握る。 「今年も、半分来ちゃったね」 彼女が横でため息をついたので僕は驚いた。 もう六月。でも実感がない。 まるで自分たちの日常が何者かに食べられてしまったような感じだった。 今年はとてもおかしな年だ。 春はいつもより早い春一番に綺麗さっぱり吹き飛ばされてそのまま行方不明になった。 だから今年は桜を見ていない。 さよならもはじめましても同

あの世で待ち合わせ

ピンクと水色と紫の巨大なモクモク雲がうずまく、マーブル模様の空の下。 地面は舗装されておらず、どこまでも黄土色の土が広がっている。 そこにある、少し傾いた「あの世 一番地」という看板。 その看板に、学生服の男の子が腰掛けている。 そこに砂埃を舞い上げながら、自転車に乗ったガイコツ男が通りかかる。 ガイコツ男は彼に気付き、声をかける。 「見ない顔だな。新入りか?」 「あ、はい」 ジロジロと見る。 「はあ…お前何歳だよ? 可哀想にね…」 ため息をつき、再び自転車に乗ろう

あの感情は、きっと龍の姿をしている。

小学校、中学校、高校。 鉛筆、消しゴム、やがてシャープペン。 書いては消し 間違えては消し 紙が汚れて真っ黒になる なんてのは高校ぐらいまでだった 大学では手がすれて汚くなるからとペンを使い 大人になったらあとも残らず画面は真っ白に戻り 新規作成すればなかったことになる 筆圧が強くて 消した文字が分かってしまうことも 跡が残って白が濁ってしまうことも 消し過ぎて紙が破れてしまうことも 今はない 筆圧が強いのは自己主張が強い証拠だと どこかで聞いた事があるけど 筆圧が強い

佐野くんの消しゴム

あるクラスに佐野という生徒がいた 彼は休み時間 クラスメイト達のことをじっと見ていた 長い前髪、光のない真っ黒な目 話しかけても返事はない 担任教師も空気のように扱い、みんな気味悪がって彼を避けていた クラスの問題児の中原にとっても佐野は居ないも同然だった ある日 職員室に忍び込んだ中原はそこで佐野の姿を目撃する 佐野は担任教師の手帳を手に取り、眺めていた 無表情でパラパラとめくり、手を止める そこには猫の写真が挟んであり「可愛いうちの猫」とメモしてあった 彼はポケットか