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人生の締め切り

どうもこんばんはラモスたくやです。

先日の10月16日にやっと大学院試験が終わりました。

大学院試験の勉強が半年間で、就職活動と会わせると約一年間ほどです。

一年間もせせくさと活動してきたと思うと、我ながら頑張ったなと思います笑

まあ、出来はどうであれ自分なりにベストは尽くしたかなと思ったので悔いはないです。

そんなこんなで、この一週間は

テレビを見るなり、ゲームをするなり、酒を飲むなり、Youtubeを見るなりと、堕落した生活を送ってやろうと意気込んでいたのですが、

卒業論文の締め切りが間近に迫っています。

人生とは無情なもので常に締め切りがあります。

小学校の頃から何かにつけて締め切り通りにこなしていくのが嫌いでした。

何で守らなければいけないんだ

何でいつも締め切りは私のけつをたたいてくるんだ

何でもっと時間がないんだ

そんなことを考えて、学生時代は宿題を出さなかったり、答を丸写しして提出したりしてました。たぶん人よりも締め切りという言葉に対して反抗的でした。

1つの物事が終わったら次の締め切りが来る。そしてそれが終わったらまた次がやってくる。非常に鬱陶しいものです。

じゃあ何で締め切りがあるんだろうと考えた時に、思い付いた答えが二つあります。

1. パフォーマンスがあがる 

2. 人生には締め切りがある

当たり前かもしれませんが、みんな締め切りがないとやりませんよね?笑 

人間は楽な方楽な方へと流れていく生き物なのです。

宿題を終わらせるために、どれだけ夏休みがあっても足りない。人生においての大きな決断をくだすときに、どれだけ時間があっても足りないものなのです。

そんなときに締め切りがあると人間は頑張るんだと思います。この限られた時間のなかで最善を尽くそうとします。これが1つ目の理由かなと思いました。

二つ目の理由は人生には必ず締め切りがあります。つまり、人間はみんな死ぬということです。この限られた時間のなかで人間が1つの生物として進化するためには必ず締め切りが必要です。

仮に締め切りがないとしたら、人間の成長スピードなんてとてつもなく遅いものだと思います。

締め切りというのは人間がつくりだした大きな発明ですね。

必ず人間には締め切りがくるなかで、個人によって締め切りは違う。100歳までいきる人もいれば、1歳までしかいきられない人もいます。

人間には志なかばで自分の課題を達成できなかった人しかいないんでしょうね

そして、その課題は次の世代の人たちに受け継がれていく

そんなことを考えていると、課題も悪くないなと

「自分はここまで終わらせといたから後は頼んだぞ」
こうやってバトンは繋がれていく訳ですね。

捉え方は人それぞれですが、締め切りが必ずやってくるなかでできるだけ多くの課題を解決することが人間の使命であるような気もします。

締め切りを嫌がっていた過去の自分に、まだまだだなと一言伝えたいものです。

今から死ぬまで(死ぬという締め切りまで)にどんな宿題を自分に課すのかは自分で決められるし、それを達成するための段階的な締め切りも自分で決められます。

締め切りとうまく付き合っていこう

そう思えた午前1時でした。

それではまた

Ps.
こうやって人生についてあれこれ考え出したの  はやっぱり高校生くらいの時からかなー
結局のところ実存主義的な課題にぶち当たるので、考えても考えても答えはないのですが、精一杯生きようと思ってます。サルトルには感服するばかりです。
 

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