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【短編小説】じゃあ黙ってろ

「なんか、もったいなくね」 

その言葉は、この教室の空気を揺らすことのない鈍さだった。

私がもったいない、と反芻すると、うん、と返された。そして目の前の、初めて話す男子が言葉を断片的に続ける。

「一ページにそれだけって、紙代もったいない」

詩集を読んでいた私に向けられた、もったいないという言葉は、昼休憩の喧騒の中でやけに気持ち悪さを漂わせた。

詩の本は、一ページに一遍であることが多く、私が今持っているものもそうだった。

私は、この詩集が大好きで、何度も読み返していた。

大好きで、暗唱することもできるようになっていたけど、たまに手で、目で、確かめたくなる時があるのだ。

だから今も、読んでいた。

そうしたら男子がやってきて、開口一番にそういわれた。

男子がなぜ私なんかに声を掛けてきたのか分からない。

表情を覗くと、好奇の目というよりは、異性としての興味を感じた。

勘違いだったら恥ずかしいから死んでも言わないけど。

私が、
「これくらいだと読みやすいよ」

と、言ってみせると、分かりやすく笑顔になった男子は、

「確かにそれくらいだったら読みやすいかも。あーでも、字見ると眠くなっちゃうんだよなあ。でも、せっかく勧めてくれたから読もっかなあ」

と、へらへらしだした。私は表情を変えずに言う。

「1200円だから、そんなに高くもないしね」

男子の顔が予想外に固まったのを見て、私が手に持っていたものを貸してもらえると思っていたんだろうな、と確信する。

うすうす気づいていたからこう言ったんだけど。

「うーん、来月までは厳しいかも」

顔を引きつらせて、男子が離れていった。

幸いなことに周りは、特に今のやり取りを気にしていないようだった。たぶん。

自分の教室に帰っていく男子の気配を捉えながら、じゃあ黙ってろ。と口内で言い放った。

美しい言葉の周りに漂うやさしい空白を、自分に与えられたまっしろな想像の時間を、下衆にもったいないとしか感じられないなら、黙ってろ。

おわり

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