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健康のありがたさ

健康体でいる事のありがたさについて

書いていこうと思います。

病気にでもならないと、身体が健康であることのありがたみって

分かりにくいんだと感じています。

体感する事


わたしは仕事の職種で高齢者についての医療だとか身体状況だとかを

目にする機会が多いです。

けど、見るのと、体感するのはまったくの別物でした。

ある時、手術をした時の事、

手術後は排泄ができないので、膀胱の中に管を入れて、排尿は管の先のビニ

ール製のパックに貯められます。

管が抜けないように、管の先は風船がついていて、体内(膀胱)で止まって

います。

一定期間が過ぎると、その管を抜く時が来るのですが、

先生が風船の空気を抜いたとたんに、膀胱から尿道→外部へと勢いよく一瞬

のうちに管がぴゅーっと抜けるんです。 

肛門のあたりから尿道にかけて

宇宙人が移動しているかのような(そんな経験はないですが)感じでした。


で、その後です。


トイレに立って、排尿したところ、

傷口にワサビをぬって熱く熱した鉄の棒を押し付けられるかのような

(これもこんな経験はないですが)ひりひり、アツアツな感じがして、

思わず力んで排尿を無理やり止めてしまいました。

しばらくはその状態が続いていたので、トイレに行くのが嫌でした。

尿道を勢いよく管がこすれた為に、傷がついて、尿がしみていたのだとおもいますが、

そんな痛みが消えて、いつも通りに排尿する事が出来た時の喜びようといったら、たまらなく嬉しかったです。

何も考えないで排尿する事ができるって こんなにも幸せな気分なのかと

絶対安静はなによりも苦痛


これまた別件で、入院した時には、

手術後に絶対安静のため体を絶対に動かさないようにと指示がありました。

言葉で言うのは簡単です。

耐える方は、めちゃくちゃしんどい  日中はお見舞いに来てくれた誰かと

話もできるから気分もそれていいのですが、夜間帯はね

身体を伸ばしたり、腰骨をボキボキならしたいけど、

全身に管が巡らされていて、頭を上げる事すらできないので

(結局のところ、おこられてもいいからと、管をいい感じにまとめて

身体を45°くらいまで起こして伸びをしました)

これが骨盤の手術とかした場合には、命にかかわるので絶対オブ絶対安静なんだろうな~と思ってみたり

ふだんなにげなく、首や腰、体の伸びをしていましたが、「絶対にやらないで」なんて自由を奪われるとここまでしんどいのか?

ましてや、看護師はみなれた光景だからこそ、「動かないでください」としれーっと言ってくる。


不健康だったからこそ


痛みや苦痛って、どんな人も好きな人はいないと思います。
わたしも苦手です。

できれば病気にはなりたくないです。
なんでこんなに病弱なんだろうとか思ったりもしていました。

でも、体に異変が起きることで病院に行く

身体の異変、治療を行う。

自分の身体に無茶をさせないように生活していく

これが、健康体の人だと、

身体に無茶をさせてしまう

病院に行くことがないので、気づいた時には大病していた。

なんて事になりかねないので、

色々と、しんどい思いもしてきたけれど
長い目で見たら、早いうちから病院に行くってことは悪い事ばかりでは
ないのかな?と思います。


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