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この世で起こることは、何も起きてない

この世界では、いろいろな出来事や社会変革、地域によっては、戦争、紛争、災害、犯罪での殺人、親による子殺し、などたくさん起こっています。

私個人に置いても、50年以上も生きていると、


いじめ、初恋、喧嘩、怪我、骨折、人工関節、倒産、破産、不倫、借金など、数えきれないほど、いろいろ起こりました。

でも、これはそう見えただけで、実は、何も起こっていないのです。


コップの水が、なに一つ揺れずにそこにあるくらい、何も起きてはいなかったのです。


本当は、スクリーンに映っているんじゃないよ。

この世界を幻想と説明する表現の一つに、

「この世界は、白いスクリーンに映っている映画と同じだ。」と言うのがあります。


白いスクリーン = 宇宙の創造主(源)

映像 = 自分や、他人、すべての出来事(見えるもの。)


と言うことで、(源)とい言うスクリーンの本体があるだけで、

実体の無い映像を見ているだけだと言うことです。


「この世界は、映像を見ているだけなので、実体は無い幻想である。」と言うことです。

昔からある表現で、この世は、幻想であることを説明するのには、かなり理解しやすいですが、本当ではありません。


かなり的を得ていますが、本当はこうです。


宇宙の創造主(源)と言う、大きなエネルギー体が、一つあるだけで、

その中の細胞に当たる、魂(ハイヤーセルフ)が、各々の夢を見ているだけ。


まぁ、ほとんど意味は一緒なのですが、大事なのはイメージです。

これは、とても大事な腑に落とし方なのです。


スクリーンと言うものがあって、映像を見ているのでは無いのです。

そう言うアクションも何も無いのです。


映像や、映画と連想すれば、それ見るアクションをイメージしてしまいます。

しかし、この幻想の世界を体験することすら、なんらアクションを起こしていないのです。


スクリーンの話しをする方はよく「映写機のフィルムを変えれば、現実が変るよ。」と指導されます。

これは、スクリーンがあると認識している弊害です。


白いスクリーンも、映写機も存在していません。

ここでまた、勘違いを起こしやすいのは、「何もない。」と思うことです。


「何もない。」ではない。

宇宙の創造主(源)だけが存在する。


「ただ一つのものだけが存在する。」 「それ以外は無い。」と言うのが本当です。

だから「すべては一つ。」なのです


宇宙の創造主(源)と言う、大きなエネルギー体が、一つあるだけです。

そして、現実社会とは、(源)のエネルギー体の中の細胞である、魂(ハイヤーセルフ)が、


「ただ夢を見ている。」だけなのです。

夢から覚めれば、そこには、「一つのエネルギー体があるだけ。」なのです。


なので、最初から最後まで何も起きてはいません。

戦争だろうが、殺人だろうが、不倫だろうが、酷いことも楽しいこともすべて、何も起きていないのです。


皆さんも、夢の中で、恋愛したり、殺人を犯したりしても、

目が覚めたら、「なんだ夢か、何も起きてはいなかった。」と思いませんか?


酷い状況に落ちた時に、「これは夢だ。」と言い聞かせますが、、まさにその通り夢なのです。

戦争、殺人、災害、破産など、この世界に起きていることすべて、また楽しいこともすべて、何も起きてはいません。


罪も、カルマ(業)も、人をコントロールするためのでっち上げ

この世界は、魂が夢を見ているだけなので、罪も、カルマもありません。

夢の中で人を殺したら、目覚めたら逮捕されますか?


それと同じで、所詮は夢の絵空事でのストーリーです。

あなたが、過去や現在で何人殺そうとも、罪もカルマも無いのです。


本当は、宇宙の創造主(源)と言う、大きなエネルギー体があるだけです。

もし、罪やカルマがあるなら、一番の大罪は、宇宙の創造主と言うことになります。


それでは、本当に救いは無いですねw

罪も、カルマも、支配層と言われる存在達が、この地球を支配するために、宗教を利用して、創作したものです。


または、霊能でそんなものが見えると言うのは、「この世界は、見たいものが見える。」と言うシステムになっています。

だから「地獄はありました。」と見えたと言う報告も本当なのです。


それはあると思っているから見えただけなのです。

いかなるものでも、「目に見えるものや、耳に聞こえるもの。」はすべて偽物で夢を見ているに過ぎないのです。


昔はよく、「目に見えるものしか信じない!」なんてセリフをよく聞きましたが、いかに昔は人々が眠りの世界に、どっぷりと浸かっていたのかです。

最近は、見えない世界のことも認知され始めました。


そのことからも、アセンション(5次元への移行)は、本当ですね。

この現実社会でも、霊的な神事でも、目に見えた姿かたちのあるものは、すべて幻想です。


モーゼの前に現れた、ヤーヴェも本当は、「あなたは誰か?」と言う問いに「That.」しか言っていない。

「I am That.」とは、それでは大衆に説明できないから後でつけたものです。


「すべては一つ。」と言うように、本当は、一つの存在しかいないので、戦争も殺人も起きてはいない。

それなのに、なんで罪や、カルマ(業)があるのですか?


これは夢の世界で、何も起きてはいないのに、罪や、カルマがあるはずがありません。

罪や、カルマのせいにして、人を縛ってコントロールするには、とても都合の良い思想です。


罪や、カルマを解消するのに、イベントをやれば、たくさんのお金を集めることができます。

ただそれだけのことです。


これすらも、罪ではないんで、知っていれば平気で出来る訳です。

罪や、カルマを謳って大儲けしても、死ねば、罪もカルマもありませんからw


なので、自分の犯した罪や、罪悪感で、苦しむ必要はありません。

この世に罪はありません。


いかなる罪悪感も、持つ必要はありません。

最初から最後まで、何も起きてはいないのですから。


何も起きてはいないのだから、安心して眺めてればいいんだよ

この現実社会で体験する出来事は、夢の世界での体験とまったく同じことです。

実際には、何も起きてはいない。


目を覚ませば、それは夢だったと言うだけのことです。

この世界の出来事は、所詮は夢なので、ただそれを眺めていればいいのです。


しかも、完全にシナリオ通りに進行しているだけの夢なのです。


ただ今に起こっている出来事を、所詮は夢のストーリーだと、安心して、俯瞰して、ただ起こることを眺めていればいいのです。

安心して眺めていれば、自然と良い夢になるのです。


それを、現実だと錯覚して、本気になって悩んだり落ち込んだりするから、悪い夢をみるのです。

良い夢になるか、悪い夢になるかは、安心して見るのか、不安になって見るのかの差でしかありません。


同じ夢でも、どうせ見るなら良い夢が、いいのかなぁと思います。

良い夢を見たいなら、


「実際には、何も起こっていない。」と

「自分は、(源)のエネルギー体から出たことが無い。」


これを認識して府に落とす必要があります。

そうすれば、永遠の安心感と、平穏を得ることが出来るでしょう。


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