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2022.11.12

出産した。2022年11月2日、14時14分。

予定帝王切開での分娩だったので、手術に緊張しすぎて、なるべく平常心をと思って、直前まで小説を読んでいた。「美しき愚か者たちのタブロー」という松方コレクションを題材にした作品だ。2週間前に「ピカソとその時代展」を観に行っていたのもあり、めちゃくちゃ心に響いた。手術が終わったら続きを読もうとテーブルに置いて手術室に向かった。

夫が立ち会ってくれたのが本当に心強かった。黙々と手術されるのが怖すぎて、バースプランには「スタッフさん同士で雑談しててください」と書いた。夫には、さっきまで読んでた小説がどのくらい面白かったのか、とか、立ち会い前に寄ったというニトリで何を買ったのかなどを話した。
そのうちに15分ほど経ち、ひょいと我が子がお腹から飛び出してきた。
帝王切開の出産はわりとあっけない。でもかわいくってかわいくって、やっぱり泣いた。
分娩中のBGMにはSuperflyを希望していて、生まれた瞬間は「愛をからだに吹き込んで」が流れていた。あとで歌詞を調べてみたら、ぴったりの歌だった。いつか娘とライブに行きたい。

2100g。予想以上に小さく生まれたために、産後の入院生活はかなり緊張が続いた。何度か一緒に帰れないかもしれないと言われて、小さく産まれたのは自分が原因なのかと何度も己を責めたし、お世話が下手すぎて、助産師さん方のアドバイスの何一つ守れないことも苦しかった。
そんな中でも全身全霊でもって力強く生きようとする娘に、ずっと励まされていた。

コロナ禍で面会にもかなり制限があり、親子だけの日々はひどく孤独だった。不安すぎて夫にずっとLINEしていた。冷静に冷静にと言い聞かせていたけど、退院直前までは軽いパニック状態だった気がする。
ひとりで食べたお祝い御膳は本当に本当においしかったけど、早く家に帰って三人でご飯を食べたいという思いが過ぎった瞬間、耐えきれずボロボロと泣いてしまった。

本当においしかった。冷静な自分で食べたかった。


そんな嵐のような日々だったけど、なんとか一緒に退院することができた。

退院後、同じ家に帰ってきたはずなのに、生活のすべてが一変していた。三時間おき授乳のマラソンのようなスケジュール。赤子に最適化された住環境。そして隣ですやすやと眠る、あまりに小さな娘。
これは夢なんじゃないか?とほんとに思ってしまう。異世界転生するってこんな気分なんだろうか……と、ラノベの悪役令嬢達に勝手に想いを馳せてみたり。

自分自身の変化にも驚かされるばかりだ。突如急成長した「母親」というアイデンティティが、赤ちゃん言葉で娘に話しかけたり、即興歌を歌ったりする。何をしても寝坊助だったのに、授乳の時間になればパチと目を覚ます。これが本能というものなんだろうか。

それでも家の中でSpotifyのお気に入りの曲を流していると「あ、これで振付したいな〜」と踊りたい自分が顔を出すし、本屋さんのtwitterを眺めていて面白そうな本は見境なくポチってしまう自分は相変わらずで、わたしはどこまで行ってもわたしなんだな……と苦笑いしてしまう側面もあった。

さて、11月2日から私の元に飛び込んできた娘。小さいのにガッツがあって、でも体力がないからすぐぱたりと寝ちゃう。一生懸命でかわいい子だ。
大事なことはギャン泣きして私にしっかり主張してくれるし、嫌なことは嫌、嬉しいことは嬉しいと、顔でわかりやすく示してくれる。
娘は妊娠中から私にたくさんのものを与えてくれた。健康でいることの大切さ、いままで知らなかった周囲の温かさ、子育てをする方々との新しい人間関係、同じく帝王切開で私を産んだ母への感謝、自分自身を振り返る日々。
私はこれからも、多くのことを娘に教えられていくんだろう。

娘と時を共に刻めるということは、裏を返せば娘と過ごす時を少しずつ失っていくということだ。誰とだってその事実は変わらなかったはずなのに、こどもの成長スピードは、その事を強烈に際立たせる。
もう私のお腹は娘の胎動を感じることはないし、産院での怒涛の日々を過ごした生後数日の娘は、あの時、あの場所にしかいない。
そう思うと、娘との時間を噛み締めていかねばと思わされるし、娘以外のすべてのことを、毎日を丁寧に充実させて、たくさんたくさん笑って生きていこう!と前向きな気持ちになる。

産まれてきてくれて心から嬉しい。
ありがとう!おめでとう!




読んでくださいましてありがとうございます〜