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文字だけの、見えない君を探してる。 第十一夜 再会

火曜日がやって来た。
今日は、“文字だけの君”が来ると言った日だ。
わたしは会う気はない。
でももし、これが万が一、鋤柄さんだったらと思うと気が気でならない。
筆跡が違うから、そんなはずはない。
だけど、鋤柄さんもこの店に来ているかもしれないとなった以上、行く以外の選択肢はなかった。
それに、やはり“文字だけの君”が誰なのか見たいという気持ちも捨てきれなかった。

暗闇の中に、明かりがついた一軒の店が見えてくる。
店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。
奇妙なラーメン屋は、今日も同じ場所に存在していた。
かなえは、店の戸を開けた。

数人の男性客が黙々とラーメンを食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。
店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれていた。
奥では店主らしき人物が麺を湯切りしている手が見える。
かなえは、券売機で醤油ラーメンのボタンを押す。食券を厨房のカウンターへと出した。
食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに醤油ラーメンが出てきた。
かなえはテレビの横の席に座らなかった。
これは過去の経験からして鉄則だった。
自分が“鋤園直子(仮)”だと相手に悟られてはいけないからだ。
かなえはノートを手に取る人物を静かに待ち伏せした。
犯行現場に犯人は必ず戻ってくるという。わたしは見事に犯人だった。

もうすぐ『真剣怪人しゃべくり場』が始まる時間だ。
“文字だけの君”が来てもいい頃合いだろう。
こうやってみると、犯人というより張り込みをする刑事ではないか。

店の戸が開いた。
かなえに衝撃が走った。
店にやって来たのは、嘗て婚活パーティーで出会った男“大河原徹”だった。
かなえは慌てて身をひそめ、ラーメンをすすった。

なんで大河原さんが?なんでこんなところに?
情報量が多すぎるぞ!!
あの人はこんな油がギトギトしたラーメン屋には入らないはず。
もっと高級なレストランとかに行く人ではなかったか!?
ノートがパラパラというより、パリパリとめくれるお店に来るはずがない。
ややこしいことになった。知り合いがいるのは面倒だ。
出会いは婚活パーティーと言えど、一応嘗て振ったお相手。
なんで“文字だけの君”を待っている日に限って、大河原さんが現れるのか。
気まずい!そして、めちゃくちゃ邪魔だ!
今日ここに来るんじゃなかった。

もしかして、わたしの見間違い?
いや、でも今後ろを振り返るわけにいかない。
ラーメン以外見ちゃダメだ。
いっそのこと、見間違いであってくれ!

「あれっ?もしかして、かなえさん?」

聞き覚えのある声が背後から聞こえた。

かなえは、恐る恐る背後を振り返った。
とんこつラーメンを手に、男性が立っていた。
それは、間違いなく大河原だった。

「えっ……」

「後ろ髪のクセで、かなえさんだって分かりましたよ」

はっ?
髪質で当てられているのか!?
なんてことだ!!
こいつ、クセ探偵ではないか!!

「えっ……、大河原さん……」

「お久し振りですね。かなえさん、こういう店に来られるんですね?」

いや、それに関しては、むしろあなたこそ。
当時、わたしを高級なレストランに連れて行ったような人物なのに、この店!?
何かあったのか?落ちぶれたのか?

大河原は、かなえの隣に座ると、聞いてもいないのにかなえに話しかけてきた。

「僕ね、かなえさんと別れてからも、婚活を続けてたんですよ」

別れて?
あんなの付き合ってないだろ!
そもそも大河原さんは誠実そうな振る舞いをしているが、ルール違反の人物だ。
婚活パーティーでカップルになってないのに、また会ってほしいと言ってきた男。
そう、クセ者だ!
わたしが張り込みしている刑事だったら現行犯で逮捕だ。

「婚活で、一度は結婚寸前まで漕ぎ着けたんです。けど、信じられないことに、その寸前で振られて。それはもう落ち込みました」

「そうだったんですか……」

「それで、振られて落ち込んでた時、偶然立ち寄ったのが、このラーメン屋『ことだま』だったんです。それが、この店に来るきっかけになって……」

大河原さんは、あの後も真面目に婚活を続けていたのか。
わたしは、何もかも放り投げてしまった。
わたしには、鋤柄さんがいれば、それでいい。

「実はね、今日は久々にウキウキしてるんです」

「ウキウキ!?パリパリではなく?」

「えっ??」

「あ、いや……」

「この店で、ある女性と待ち合わせをしてるんです!」

この店でデート?
こんな、ギトギトで、パリパリなのに?
それは随分とラーメン好きな女性なことで。

大河原は突然立ち上がると、テレビの横にあるノートとボールペンに手を伸ばした。

「このノートの、鋤園直子さんって方と」

「えっ!!!」

ウソ……!!!
待ち合わせの相手。それは、わたしだった。

大河原はノートを開く。
そこには、“鋤園直子(仮)”からの続きの“文字”は書かれていなかった。

「鋤園さん!!!」

大河原は凍り付いた。

「ウソだろ……。書いてない……!!いつも来た時、必ず返事が書かれているのに!!」

大河原は動揺し、焦った様子でノートを何枚もめくっている。
しかし、続きの“文字”はどこにも書かれていなかった。

「白紙だ!かなえさん、白紙だ!」

「……」

「いや、でも、まだあれからこのお店に来れてなくて、このノートをまだ見てないだけかもしれない!いやちょっと待て、それはそれで問題だ。そしたら今日、ここに来ないじゃないか!!」

大河原は、パニックになっていた。

大河原さんを見ていると、以前の自分を見ているようだ。
いや、もうそのままだ。
鋤柄さんを待っていたあの日のわたしは、取り乱して、こんな状態になっていたのか……。
大河原さん、“白紙”なのは、わたしがそのノートに“文字”を書いてないからです。

「かなえさん!僕ここに、一緒に怪人の討論番組を見ませんか?って書いてたんです!いつもノートでやり取りしてて……今日ここで一緒に見るつもりで……」

かなえはハッとした。

だからだ。あの“文字”の筆跡!
どこかで見たことがあるような気もしてたんだ。
わたしは婚活パーティーで、単純作業のようにこの大河原さんとプロフィールカードを交換している。
だから、どこか知ってる“文字”な気がしていたのか。

テレビでは、今週も『真剣怪人しゃべくり場』が始まった。

  ×  ×  ×

エモーション「この番組は人間の生態を調べる実験を繰り返した怪人が、現代を生きる人間と対談し、疑問を解消していく番組だ。司会はわたし、怪人エモーションだ!そして、怪人代表はアルマ。人間代表は、改造人間シオンでお届けする」

シオン「心までは改造できなかった。どうも、人間のシオンです」

アルマ「人間に関する疑問が多すぎます。アルマです」

エモーション「さぁ、それでは今週の議題といこう。人間には利き手というものが存在するらしい。その多くは右利きで、左手よりも右手で何かをすることを得意とするようだ。しかし、多くはというだけで、中には左利きと呼ばれる人間も存在する」

シオン「確かに人間には利き手というものがあります。主に右利きですね。俺もそうです」

アルマ「右利きを当然だと考えている発言ですね!とても愚かです」

エモーション「駅の改札で、手をクロスさせ、左手でタッチをし、通過する人間の姿を見た事があるだろうか?その人間のこれまでの壮絶な人生を、右利きは考えた事があるだろうか?」

シオン「壮絶な人生って、そんな大げさな」

アルマ「あなたは何も分かってないようですね。最低です。左利きの人間は食事に難を抱えています。いつも箸や肘が、隣の人に当たる恐怖におびえて生きなければなりません」

エモーション「マグカップの絵柄はいつもない。何故なら絵柄は反対を向くからだ!」

シオン「自分側に見えるのは、いつだって柄のない面……。なんてことだ!!」

アルマ「工具や調理器具なども便利だと言われていますが、右利きにとって便利なだけです。左利きにとっては、使いにくい代物でしかありません」

シオン「そうか、使う時全てが逆になるのか……」

アルマ「楽器やスポーツ用品も、右利きを当然とした作りです。左利きは、音楽もスポーツもやめてしまえ!というメッセージが隠されているのでしょうか?」

エモーション「生きていれば逃れられないのが、文字を書くということだ。右手に直すという行為で、右手で文字を書くことを選んで生きていく左利きもいるようだ」

シオン「きっと、習字の『とめ』『はね』なんて、左手でできたもんじゃない!」

エモーション「右手でやることを強要されるこの世界で、左利きは己の右手を練習する。右利きの左手は無能だ!しかし、左利きは、はるかに右手が使えるのだ。そして、怪人には利き手など存在しない。わたしはすでに両利きだ!!」

  ×  ×  ×

わたしは、愚か者だ。
鋤柄さんはこれまでどちらの手で“文字”を書いていたのだろう?
考えたこともなかった。
それは、右手が当然だと思い込んでいたからに違いない。
あの鯖男に筆跡鑑定を依頼した時、確かあの鯖は、右手で“文字”を書いていた。
そして、鋤柄さんではないという結論に至った。
けどもし、鋤柄さんがいつも左手でノートに“文字”を書いていたとしたら……
わたしは詰めが甘過ぎだ!
あの鯖男が、鋤柄さんの可能性はまだ消えていないのか!!

「クソッ!あの鯖に、両手で文字を書かせるべきだった!!!」

「かなえさん???」

周囲は黙々とラーメンを食べている。かなえの声にも無反応だった。
一人だけ反応したのは、隣にいる大河原だった。

落ち着け!
いやいや、あんな失礼ナルシスト鯖が、絶対鋤柄さんなわけがない!!
もし、鋤柄さんが右利きなのに、いつも左手でノートに“文字”を書いているんだとしたら、うま過ぎる。
そもそも、鋤柄さんは右利きなのか?
左利きかもしれないじゃないか!!
鋤柄さんは、何かを抱えている人だ。
駅の改札で手をクロスさせ、左手でタッチする、左利きの可能性だってある。
いや、むしろ、完璧な両利きかもしれない!!!


「鋤園さん、結局来なかったなぁ……」

大河原はへこんでいた。
“鋤園直子(仮)”は、いつまで経っても現れない。

ヤバイ!横にいるのに、すっかり大河原さんの存在を忘れていた。

「この鋤園さんって方は、顔も知らない人なんです。でも、逢えたらいいなって。ほら、今ってSNSで顔の知らない人とも繋がる時代じゃないですか。ま、そんな時代にノートでやり取りしてるってのも。あれなんですけどね……」

まさに今、会えてますけどー!ってか、顔も本名も知ってるんですけどー!!
大変に気まずい……。
大河原さん、約束の君は……
今、目の前にいます。

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