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20220419 スマホのカメラじゃなくて、あえてカメラを使う理由

特に理由があるのか?といわれたら、別にない。

スマホのカメラは、確かにものすごく便利。
仕事に関しての記録など、iPhoneやiPadのカメラでホントに十分。
でも、あくまで「記録」なら。
自分もバンバン使う。
仕事に戻ってから、iPhoneXsやiPadのカメラはやっぱりよく使うようになった。
でも、これはあくまでも仕事。

自分の中では、「記録」は仕事に関することで、遊びがない。
スマホで遊ぼうと思えば遊ぶことは出来る。
でも、スマホで遊びたくないという気持ちが強い。
というか、遊びの気持ちになれない。

あえて、オールドデジタルカメラを使うのは、遊ぶことが出来るからということにつながると思う。

遊びって、そもそもなくても良いモノ。
無駄なもの。
芸術もそういう所がある。
誰が言ったか忘れたけれど、確かnoteで読んだ記事だったか、赤瀬川原平さんが言った言葉だったか。

「実用品が無用の長物になるり経済活動の中から外れると、民芸となり芸術となる」

たしか、そんな言葉だったような。
いたく感心した。

デジタルカメラは、それこそ10年くらい前がピークでそこからどんどん売れなくなっている。
新製品が出るスパンも、間隔はどんどん長くなっている。
デジカメとしては飽和している感じ。
10年前のコンパクトデジカメに取って代わったものは、まさしくスマホのカメラ。
画素数がどんどんと上がり、高感度で撮影することも出来る様になり、レンズがいくつも付いてそこそこの画角をカバーできるようになった。
自分が使っているiPhoneXsもレンズは2つ付いている。

でも、このiPhoneXsで撮ったものは、いつくらいか忘れたけれど、どうも好きになれない感じになってしまった。
iPadも同じ。
そんなときに、ちょっと古いけれどまだまだ使える10年以上前のデジカメを触ってみたら、ものすごく自分の感覚にピッタリと来た。

もう一つ、上げるとするならば、TwitterやFacebookで情報共有することをやめたというのもある。
情報共有するには、スマホのカメラほど便利なものはない。
通信端末そのものなのだから。
でも、そもそもそうしたSNSで発信をしない状態になると、スマホのカメラはほとんど使わなくなってしまった。
さらには、ここのところ老眼が進んで来た。
スマホの小さな画面で画像を見るのが辛くなってきた。
撮影したものは、家のMacMiniに繋いでいる27インチのモニタで見たい。

そして、単純に写真を撮るのが楽しくなった。
だから、単純にカメラの機能だけのものが扱いやすくなった。

そんなところなんだろうと思う。
そして、カメラは面白い。
道具としての面白さやカメラ個々の個性を味わうのが楽しい。

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