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#2 PERFECT DAYS

PERFECT DAYS
先日、映画「PERFECT DAYS」を鑑賞した。しかも二回も。大抵の映画の場合、一度目は映画館で鑑賞して、二度目以降はサブスクリプションに配信されてから観るのが私のスタンダードであった。PERFECTDAYSはそんな私のくだらないスタンダードをいとも容易く打ち破ってくれた。変な言い回しをしているが、要は傑作映画だったということだ。


こんな生き方が出来るのであればそれ以上の幸せはない少なくとも私にとっては。
渋谷のデザイナーズトイレの清掃員を職業としている平山さんは、毎日近所のお婆さんが神社の前を箒で掃いている音で目覚め布団を畳み髭を整えて植木に水をやり足早に家を出る。もう何年もこの生活をしているのだろう微塵も無駄な動きがない。

玄関の前で空を眺め微笑み今にも消えそうな自動販売機でカフェオレを買う。ブラックコーヒーでなくカフェオレというのがまた良い味を出していて彼の趣味であったり過ごし方であればブラックにいきたくなるはず、仮に自分が監督だったら確実にブラックにしている。あえてカフェオレにしたことで彼の優しさだとか飾らない人間性が垣間見えるようでさり気ないし上手い。

車に乗り込みカセットを選ぶ場面で初めて気の緩みを感じる。選んでいるカセットも良い、ルー・リードだとかヴァン・モリソンだとかヴィム・ヴェンダース監督の趣味全開の選曲でありながらも平山さんに馴染んでいる曲たち、観終わってからは彼と私のお供だ。

ここまで一言も発さず、サイレント映画のような趣で平山さんの一日が始まっていく。

トイレの清掃を平山さんはとても丁寧に行う、まるで職人のような手つきで丹念に。後輩のたかしはスマホをいじりながら適当に作業をしている。多分私はたかし属性の人間だと思う楽できるならしたいしどうせ汚れると思ってしまうそう思う人の方が確実に多いはずだ。だが平山さんはそれに対して怒ったりすることはなく黙々と作業を進めていく。

自分がやった方が早いとかそういうことを思っている感じではないと思う、本当にただ自分のするべきことをこなしている。少しでも楽したいと考えていた自分が恥ずかしくなった、ちゃんと働きます。

お昼休憩では毎日決まった神社で牛乳とサンドイッチを食べていて木々が揺れて光が差し込む木漏れ日をフィルムカメラに収めている。この木漏れ日というのが作中での重要な役割を果たしていて、彼の幸福を象徴するものだ。彼は木々を愛していてまた木々も彼を好いているような気がする、つまりお友達だ。木々がつくる木漏れ日に目を細める、そして一枚写真に収める。この時間をとても大切に愛おしく感じているようだ。

仕事が終わっても仲間と飲みに行くことはなく開店と同時に銭湯に行き、その後は行きつけの浅草の店で食事をして寝るまで読書をする。好きなことだけを詰めた生活をしている。

浅草の店は駅の改札近くでお客さんが多くがやがやした場所をあえて選んでいるのは人とあまり深く関わることがなく寡黙な彼があの店に行くことで社会との繋がりを感じて完全に一人ではないことを確認するためなのではないかと思った。
もっとも、ただ味が美味しいとか店主の人柄が良いとか特に何も考えずに選んでいるかもしれないがそれならそれでも良い。

私たち観客から観たらいつも決まった時間に起きて、同じことを繰り返し単調で変わらない日々を過ごしているように見える。だが彼にとっては一度たりとも同じ一日は存在していない。毎日が新鮮で新しいものであることを知っていて、普通の人が見逃してしまうようなことに気づき、思いを馳せて幸せを感じられる。木漏れ日がその象徴である。日常において予想外な出来事さえ彼には新鮮に聞こえていて小さな変化に目を凝らし幸せを感じている。

彼が若い時に何をしていたのか、なぜトイレの清掃員をしているのか、どんな人生を送ってきたのか。作中では明かされることはない。甥っ子のニコが突然家に押しかけてきても理由を聞かずいつもの日々を過ごす、おそらく拗れているであろう家族との関係性も断片的にしか明かされることはない。それが良い、平山さんは確かに今を生きているのだから。

ひとつ確かなことは平山さんは自分自身で今の人生を選択しているということ。
「今度は今度、今は今」作中で彼が口にしていた言葉。過去に縛られることはなく、かといって未来を見据えているわけでもない、今という瞬間を大切に生きている。絶え間なく変化し光が差し込む「木漏れ日」こそが平山さんにとって幸福の象徴であり、そんな彼の完璧な日々を心から羨ましくなると共に今の自分の日々が良いことも悪いことも全てひっくるめて愛おしく感じられるような映画であった。

さて長くなったが生涯忘れることはない名作に出会えた喜びを噛み締めて本日も眠りに就くとしよう。

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