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巨人の子と寂しい人間の子

「『巨人』を見たぁ? 何を言っているんだ、お前は」
 冒険者ギルドのバーエリアの一角、古びたカウンターに座る少し軟派な男のふざけた言葉に思わず眉間にシワが寄る。普段からふざけたことばかり言うヤツだが、流石に『巨人』はくだらなさ過ぎて笑えない。
「本当に見たんだって!」
 渋い顔をする私に構わず男――トニーが声を上げる。
「森の奥深くにある湖にいたんだよ!! 森の木よりでっかい人影が!」
「馬鹿馬鹿しい。自分の影でも見間違えたんじゃないのか?」
「そんなマヌケな事するはずないだろ!? オレだけじゃなくてロバートも一緒だったんだぜ? 疑うんならアイツにも聞いてみろよ」
「必要ない。二人で同じ幻覚を見たんだろう」
 ため息交じりにそう呟けば、トニーが不機嫌そうに顔をしかめた。
「ほんっと、可愛くねぇよな、お前。背もでっかいし髪も短いし生意気だし。そんなんじゃ彼氏できないぞ」
 吐き捨てられた言葉に一瞬胸に痛みが走ったが、直ぐに鼻で笑ってやった。
「お前のような軟弱者に『可愛い』と言われても嬉しくないな」
「んだと?」
「ハッ! 私は臆病なお前とは違う。物語上の化け物に怯えて森に入れなくなったお前とはな」
「なっ!? く、クレアてめぇ!!」
 怒鳴る男を無視し、お代をカウンターに置いて私は冒険者ギルドを後にした。

「ほんと、巨人なんかいるはずないだろう……」
 森の中をザクザクと踏み入りながらそうゴチる。
 そもそも『巨人族』というのは神話の中にしか出てこない伝説の生き物だ。神と人が共存していた時代、神の子として『巨人族』は登場する。人と同じ姿をしているが、その大きさは天まで届くほどと言われている。天と地を繋ぐもの……それが『巨人族』だ。子供の頃から何度も教会で聞かされた神話だ。
「あいつは普段から不真面目なんだ。サボる理由が欲しかったに違いない」
 へらへら笑うアイツの顔が脳裏に過って不愉快になる。……これ以上考えるのは止めよう。アイツにかかずらわされるのも不快だし、何より私はアイツほど暇じゃない。クエストをこなしてお金を稼がないと。
 暫く歩くと湖が見えた。この湖の近くに質のいい薬草が生えてるんだ。これがいいお金になる。本当は魔物でも狩ったほうがお金になるんだけど、私一人で大物を狩ることなんて出来ないから……。薬草採取でもお金になるんだ、ワガママなんて言ってられない。
「早くお金を稼いで、早く独り立ちするんだ……!」
 静かに拳を握る。
 物心ついた頃には両親はいなかった。この町では珍しいことじゃない。身寄りのない孤児たちは裏路地で肩寄せあって生きている。私もその一人だった。
 身寄りのない女というのは惨めで生きづらい。寄ってくる男はみんな体が目当て。直接ヤるのか売り飛ばすのかの違いしかない。もちろんヤられたくも売られたくもない私は髪を短く切り男のように振る舞った。幸い背が高くなり腕っぷしもそこそこ強くなったのでそう簡単に手籠にされることは無くなった。……それでも、女が一人で生きるのは難しい。
 お金があれば……お金があれば、もっと強い装備を買える。装備が整えば一人でだって魔物が狩れる。魔物が狩れるようになれば冒険者として生きていける……。だから、私は少しでもお金を稼ぐんだ――。
「……ん?」
 湖近くの木の根元にしゃがみ薬草を摘んでいると、急に辺りが暗くなった。まだお昼なのに暗くなるなんて……何気なく空を見上げると、ソレはそこにあった。
 森のように深い緑の髪、新緑のような明るい瞳、――森の大木よりも大きな体躯。
「――――。」
 木々の上をゆうに超える大きな人影が私を見下ろしていた。
「な……え?」
 大きな目玉がこちらを見ている。あれは……あれは、一体なに? 人と同じ姿なのに、人ではありえない大きさだ。もしかして……本当に……。
「あ……」
 私の背丈ほど大きな手のひらがこちらに近づいてくる。巨大な壁が迫ってくるような圧迫感だ。
「――――。」
 気づけば私は意識を手放していた。

ゆっくりとぼやけた意識が覚醒する。見慣れない木の天井だ。……私の泊まってる宿はもっとボロい板だ、こんな丸太を並べたような天井じゃない。……というよりあの丸太、ちょっと太いくないか?
「ん……うん?」
 ベッドから体を起こそうとしてふと視界に映ったものに違和感を覚えた。部屋にあるのはごく普通の木製のテーブルとイス、チェストがひとつ。それ自体は変ではないのだが……なんというか、大きいのだ。あのイスは私の背より大きいと思う。テーブルに至っては大きすぎてよく分からない。
「これ、ベッド……じゃなくて、カゴ?」
 てっきりベッドに寝かされていたのだと思っていたが、よく見れば木で編まれた大きな大きなカゴだった。カゴの中に布を敷き詰めてベッドにしているらしい。私の止まっている安宿よりもふかふかだから全然気づかなかった。
「ここはどこだろう……」
 自分の置かれている状況を確認しようとカゴから手を出したところでギィ、という鈍い音がした。体が凍りついたように動かなくなる。
「――あぁ、起きたんだ?」
「!?」
 少し低い声だった。反射的に手を引っ込めて布を頭から被る。……心臓がうるさい。呼吸が早くなってうまく息が吸えない。
「あ……ごめん、驚かせるつもりはなかったんだ」
 声の主は少し申し訳無さそうな声でそう言った。
「お腹が空いたかと思って……食べ物を持ってきたんだけど」
「たべもの……」
 言われた瞬間、私のお腹がクゥ、と情けない悲鳴を上げた。
「(タイミングが悪すぎる……!)」
 一瞬で顔が熱くなる。確かに朝から何も食べてないからお腹は空いているけど、何も今音が鳴ることはないでしょ……! 先ほどとは別の意味で顔を上げられない。
 声の主は小さく笑うと、ゆっくりとこちらに近寄って来た。足音が近づくたび、私の小さな心臓がキュッと縮こまる。
「果物をいくつか持ってきた。好きなものはあるか?」
「…………。」
 怖い。得体の知れない生物と顔を合わせるなんて怖すぎる。布から顔を出すことなんて出来ない。
「(トニーのこと馬鹿に出来なかった。あの森にはいたんだ――)」
「? 妖精さん? どうかしたの?」
「あ……!」
 私を覆っていた布が取り払われてしまった。慌てて手を伸ばすも間に合わず、大きな目と視線があってしまう。
 緑の髪、新緑の目をした大きな大きな巨人が私を見下ろしていた。
「わ、私をどうするつもりだ!?」
 慌てて立ち上がって巨人を睨みあげる。怖くてしょうがないのに、昔からの癖で男の前では虚勢を張ってしまう。強気に出て相手を不愉快にさせてもいいことなんて一つもないのに……。
 睨まれているはずの巨人は何てことなさそうな顔で首を傾げた。
「どうするって……育てる?」
「そ、そだてる?」
「そう。吾が拾ったから、吾が育てる」
 巨人の言葉にサァと血の気が引いていく。『育てる』って、巨人は私をここに閉じ込めるつもりなのか。得体の知れない恐ろしい場所に、私を閉じ込めるというのか。
 湧き上がる恐怖に耐えきれずに私は大声で叫んだ。
「そんなこと言われても困る! 私を元の場所に返してくれ!」
 必死に叫ぶもヤツは無情にも首を横に振る。
「それは出来ない。あそこは危険な場所だ。小さい妖精さんは魔物に食べられてしまう」
「私は妖精ではない、人間だ!」
「ニンゲン……?」
 巨人は新緑の目を丸くし、その後すぐに困ったような顔をした。
「そんな分かりやすい嘘をつかなくてもいい。いくら吾が鈍くて物知らずでも、ニンゲンが野蛮で危険な生き物だってことぐらい知っているよ」
「き、きけん……?」
「そう。妖精さんは知らないのかな? ニンゲンは恐ろしくて罪深い生き物だ。神の使いである聖獣の皮をはいで衣にして、肉を削いで食べてしまった。骨は研いで武器にして、その武器で吾たちを襲ったんだ。寛大な神もニンゲンの所業に深く悲しんで、愚かなニンゲンたちを地に落とした……それが数千年前の話だよ」
「…………。」
 何を馬鹿なことを、と言いたかったが目の前の綺麗に澄んだ瞳が嘘をついている雰囲気がなくて私は困惑した。教会の話では巨人は暴力的で恐ろしい生き物だと伝えられている。神の子である巨人は傲慢で、気に入らない事があればその拳を振るい全てを破壊し尽くすのだと。……本当にそう? 眼の前の巨人を盗み見る。綺麗な新緑の目がじっと私を見ている。彼は私と目が合うと少し笑った。
「大丈夫だよ、妖精さん。吾が君を守るから。ここには怖い魔物も恐ろしいニンゲンもいないよ」
 ニコニコと笑う彼は幼くて、体躯が大きいというのに年下の子供のように見えた。……もしかすると本当に子供なのかもしれない。巨人族の年齢とか外見で判断できないけど、『妖精』を拾って帰ってくるなんて大人のすることとは思えない。
「はぁ……」
 相手が図体の大きい子供だと認識した瞬間、肩から力が抜けた。緊張しているのが馬鹿らしくなったのだ。相手は私を殺すつもりはない。……閉じ込めるつもりはあるみたいだけど、命の危険はなさそうだ。
「……クレア」
「?」
「私の名前よ! 妖精さんじゃなくてクレアって呼んでちょうだい」
「くれあ……クレアか、可愛い名前だね」
「かっ!?」
 なんてことなさげに言われた『可愛い』という言葉に頭が一瞬で爆発した。驚きすぎて言葉が詰まる。
「吾はアルフ。狩人のアルフだよ」
 巨人は全く気にした様子もなくそう言いながら指を差し出してきた。……丸太のような太い指だ。
「アルフね。よろしく、アルフ。しばらく世話になるわ」
 私は両手で丸太のような指を掴み軽く上下に振る。体格差が違いすぎるが一応握手をした形だ。
「うん、よろしくクレア。しばらくじゃなくてずっとここにいていいからね」
 巨人――アルフの言葉に苦笑いが溢れる。彼としては私にずっといてほしいんだろうけど、私は帰らなければ……。
「(……あれ、私って帰る必要があるの?)」
 私の目標は自分ひとりで生きていけるようになることだった。何故なら、私を守ってくれる人なんていなかったから。生まれた時から一人ぼっちだった。周りは敵ばっかりで、成長すれば敵も増えた。自分を守るためには、生き残るためには強くなるしか無かった。だから、強がって平気なフリをした。……可愛くないと言われようとも。
 でも、ここにはアルフがいる。私を守ってくれる人がいる。私を可愛いと言ってくれる、優しい人がいる。
「? どうしたの、クレア?」
「う、ううん! なんでもない! それよりお腹が空いたわ、果物はどこ?」
「あぁ、そうだった! これ、空の雫っていうんだ。甘くて美味しいんだ」
「聞いたことない果物だわ。一粒ちょうだい!」
「ちょ、ちょっと待って!」
 ――こうして私は、巨人族の村の狩人の少年の元で世話になることになった。

photo by Lukasz Szmigiel(https://unsplash.com/@szmigieldesign)


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