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幼心、恋心

昔々、私には仲の良い友達がいた。その子は金色の髪にはちみつ色の目をした、少し体が弱くて、でも誰よりも明るくて、お日様のような女の子だった。
 その子とはいわゆる「幼馴染」だった。家が隣で、いつも一緒に遊んでいた。私は口数も少なくて明るくもない、引っ込み思案な子だったからあの子にとっては面白くもない子だったはずなのに、いつも家でうずくまっている私の手を引いて外へと連れ出してくれたのだ。
 どこに行くのも一緒、怪我をするのも一緒、迷子になるのも一緒、怒られるのも一緒。美味しいものを食べるのも一緒、大声で笑い合うのも一緒。
 だから……私のお父さんとお姉ちゃんと弟が亡くなったときも、一緒だった。
 突然だった。暗い雨の降る日だった。仕事に行ったお父さんたちが中々帰ってこなくてお母さんとお姉ちゃんとずっと家で待ってたけど……帰ってきたのは、《《お父さんたちの死体を抱えた骨だけだった》》。
 その日はずっと泣いた。大好きな家族がいなくなってしまって、悲しくて悲しくて仕方がなかった。「こんな仕事だものね」とお母さんは寂しそうな顔をしてたけど……私達がいなくなった後、部屋の隅で泣いてたことは知っている。
 私は泣いて泣いて泣き続けて――声が出なくなってしまった。悲しみで声を失ってしまったのだ。驚いて、どうにか声が出ないかって頑張ったけど全然ダメで。それがまた悲しくて……私は、引きこもりになってしまった。
 薄暗い闇の中、一人でずっとうずくまっていた。どうして自分だけこんな目に合うんだろうって。目をつぶればお父さんやお姉ちゃんたちの顔が浮かんでくる。もう二度と会えないんだって思うとまた涙がこぼれた。
 私が家に引きこもって数日。あのお日様のような子が黙っているわけもなく、彼女はいきなり家に押しかけてきては私の手を掴んで「行こう!」と外へと無理やり連れ出してしまった。あまりに突然で、あまりに強引で……私は驚いて拒否することも出来なかった。
 そうして彼女は村の近くの花畑に私を連れて行くと、ニッコリ笑った。
『ねぇ、今年も妖精の花が咲いたよ!』
 ……彼女に言われて、私はその時ようやく気づいた。ここは、お気に入りの花畑だってこと。そして、毎年この花が咲くのを私が楽しみにしていたってこと。
 私はお父さんたちがいなくなって、そんなことにも気づけなくなっていた。キレイだと思う心がなくなってしまったみたいに。私はその日、辺りが暗くなるまで花畑の真ん中で立ち尽くした。
 次の日も彼女はやってきて、私を色んな所へと連れて行った。村で一番高い木の上。収穫前のキレイな小麦畑。宝石のように輝く川に、秘密基地の木の洞……。彼女に連れられるたび、私の心が、感情が戻ってくるのを感じた。あの日悲しみの涙と一緒に流れたものが心へと入り込んでいくようだった。
 そんな風に二人で遊んでいたら、いつのまにかまた、昔のように笑えるようになった。お父さんのことは悲しいし、今でも思い出すと悲しいけれど……それでも、彼女がいてくれるなら寂しくない、と思えるようになった。でも……。

別れはいつも突然だ。
 私達が七歳になる時、急に村が騒がしくなった。王都の方から人がやってきたらしい。王都の人は白くてきらきらした鎧を着ていた。あまりにもピカピカしていたので、なんだか村に似合わないなと思った。
 そんな風に思えたのは最初だけだった。王都の人は彼女を探していた。なんでも「類まれなる力があるから教会で保護する」とか、そんな感じ。難しくてよく分からなかったけれど、彼女がこの村を出ていってしまうってことだけは幼い私でも分かった。
『いやだ!』
 あの時、私は生まれてはじめて大声を出した。しかも、大人の人相手に。相手はとても驚いていたように思う。けれど大人だから驚きはしても怒りはしなかった。大きな白い鎧の人はしゃがんで私と目を合わせると「彼女を守るためなんだ」と言った。
 どうやら彼女の体が弱いのもその力が強すぎるせいらしい。だから教会に行って力の使い方を学ばないと、彼女の命が危ないらしい。でも、私にとってはそんなこと知ったことではない。あの子と離れるのは嫌だ。だって、離れたら私はまた一人ぼっちになってしまう。そんなのは嫌だ、絶対に嫌だ。私は泣いた。ぼろぼろと泣いた。
『メアリーはかわいいのに、泣いたらもったいないよ』
 あの子がそう言って私の涙を拭ってくれた。それでも涙は止まらなくて、視界はずっと歪んだまま。でも、彼女が困った顔をしてたのは分かった。
『だいじょうぶ、私はぜったいもどってくる。メアリーをむかえにいくよ』
『ほんとう?』
『うん、ほんとう! だからメアリーも忘れないで。私はずっとメアリーと一緒にいるから』
『……うん! やくそくする。私、ぜったいロビンちゃんを忘れないよ! ずっとずっとまってる!』
『やくそくだよ! やくそくだからね!』
 私は笑った。泣きながら笑った。迎えに来てくれるって、絶対忘れないって。子供だましのような拙い「約束」だったけど、私は信じて彼女を見送った。泣きながら見送った。村を去る馬車の中、彼女がずっと手を振っていた。ずっとずっと、手を振っていた。……その光景だけは、今でも昨日のように思い出せた。

――そうして、あれから七年の歳月が過ぎた。

***

『ねぇ~メアリー? ここに置いてあった蜂の子知らない?』
 少し薄暗い部屋の中で一生懸命に乳鉢を動かしていると、部屋の外から声が聞こえてきた。私は一旦手を止め、部屋の外へと向かう。
「えっ? し、知らないよ? 《《姉さん》》が食べちゃったんじゃ、ないの?」
『まだ食べてないわよ。今から炙って食べようかなって思ってたんだけど……』
 机の上のお皿の上にはたしかに何もなくて、姉さんが傍で不思議そうに首を傾げている。私もさっきまであったのは見てるから急に消えるってわけもないし……。
『あ、ごめん。それ僕が食べた』
 姉さんと二人で首を傾げていると、壁の向こうから弟のトビーが《《首を出して》》そう言った。
『あら、トビーが食べちゃったの。なら仕方ないわねぇ。また今度とってきてよ?』
『分かってるって』
 弟は軽く返事をしながら首を引っ込めた。
『あれを食べないと体の調子が出ないのよねぇ。……ほら、手首がとれちゃう』
 姉さんは困ったように笑いながら落ちた右手首を拾ってくっつけた。
「ご、ごめんね、姉さん。私がダメ死人使いネクロマンサーだから……」
『あらあら、そんなことないわ! 私達の妹はこーんなに立派なんだから! むしろもっと胸を張りなさい! 意識ある状態で同時に三体も使役できる死人使いネクロマンサーは王都にだっていないわよ!』
 姉さんはそう言ってツギハギだらけの顔で笑った。
 ……私達は「死人使いネクロマンサー」と呼ばれる一族だ。骨や死体を手足のように操る魔法が使える。死人を操るのも立派な魔法だけれど見栄えが悪いので王都では魔王の手先と呼ばれて忌み嫌われている。だから私達はこんな辺境の村で生活をしている。
 この村の人達は私達を怖がったりしない。それどころかありがたがってくれる。辺境の村なので出てくる魔物も強いし、領主の兵もすぐには来られない。だから魔物に襲われても私達村人がなんとかしなくちゃいけない。そんなとき、私達「死人使いネクロマンサー」の力が重宝する。魔物を倒せば、その魔物を使役すればいい。あとは魔物同士戦わせればお終いだ。
 ただ、なんでも使役できるわけじゃない。使役するのも二つあって、一つは強制的に手下にする方法。魔物を支配するときはこっち。相手を無理やり動かすので、使役された側が考えたり喋ったりすることはない。完全にお人形さん状態になる。
 もう一つは意識のある状態で手下にする方法。今の姉さんやトビーの状態だ。こっちの方が難しい。死者の魂を呼び戻し、死体に定着させる方法で成功率は高くない。「死者の魂」なんて形のないものに対して魔法を使うのだから当然だ。
 そんな難しい方法を幼い私は成功させてしまった……らしい。自覚はないのだが、あの引きこもって泣いていた間に何かしてしまったらしくあの少女が去っていったあと納屋に引きこもろうとして発覚した。……いや、「死人使いネクロマンサーの家だから死体を使えるかも」って母が保存の魔法をかけてたのは知ってたけど、まさか納屋にそのまま入れてるとは思わなかったし……。
 まぁ、それはおいといて。
 姉さんはツギハギだらけの屍鬼に。弟は幽霊。お父さんはツギハギのないキレイな屍鬼になった。三人とも私が使役してるってことになっているけど、別に私が命令するわけもなく、以前と同じように生活している。
 村の人達も最初は驚いていたけど、お父さんたちが前と変わりがないってことが分かってからは普通に接してくれている。私はそれが何より嬉しかった。あの子がいなくなって寂しくなるって思ってたから……。
 ……まぁ、問題は王都の人に見つかったら討伐されちゃうってことかな。それでなくても死人使いネクロマンサーは嫌われてるし、教会は魔物を毛嫌いしてるから……屍鬼も幽霊も本当は魔物だからなぁ。一応、村では王都の人や領主様のところのお役人さんが来たら私達家族をすぐに隠すように手配されている。本当にありがたいし嬉しい。……でも、迷惑かけてごめんなさい。
「メアリーちゃん、メアリーちゃんはいるかい!?」
 部屋で薬の調合の続きをしていると、急に誰かが叫びながら扉を叩いている。あまりに大きい音に思わず肩が跳ねた。
「は、は、はい! いいいいます!!」
 私は転がるように扉へ向かい、そっと開けた。
「マーサおばさん!」
 扉の向こうには顔が真っ青のマーサおばさんがいた。おばさんはうちと仲良くしてくれる優しい人で、いつも笑顔の素敵な人なんだけど……今はそんな暖かい雰囲気はかけらもない。
 おばさんは青い顔のまま、震える声で言った。
「お、王都から、き、き、騎士様が来たよ! 《《白い騎士様》》だ!」
「!?」
 白い騎士。その言葉に身体が凍りついた。白い鎧を着れるのは教会の関係者だけ。つまり、王都から教会の人が来たってことだ。あのときの光景が脳裏をよぎる。お日様のように明るいあの子。白い人に連れて行かれた、私の大切な友達。私からあの子を奪った騎士が……村に、来た?
「お、お母さん! お母さんとお姉ちゃんは!?」
「二人は村にいたよ。村の連中がすぐに家に帰るように言ってるはずさ」
「そ、そうですか……」
 とりあえず二人は大丈夫らしい。安堵のため息をつく。教会の人が何しに来たのか知らないけど、二人が家に戻ってきてくれるならまだやりようがある。
「メアリーちゃん、絶対に外に出ちゃダメだからね! ちゃんと隠れてるんだよ。アタシたちがなんとか言いくるめておくからさ!」
「お、おばさん、あ、ありがとう……」
 思わず泣きそうになると、マーサおばさんはカラリと笑いながら私の背中を叩いた。
「いいのよ! メアリーちゃんもウチの子みたいなもんだからね!」
 おばさんは笑いながら足早に村の方へと走っていった。
『……やるの、メアリー?』
『こっちはいつでも行けるよ』
 いつの間にか姉さんとトビーがそばに来ていた。
「うん……」
 私は家の中に入り、部屋の隅に白い三角錐の物体を置いていく。これは骨を固めたもので、私の魔力を十分に伝えてくれる触媒だ。これがないと大きな魔法は使えない。
「メアリー、準備はどう?」
『こっちは大丈夫かい?』
「メアリー!!!」
 扉が開いたかと思うと人影がこちらに飛び込んできた。姉が私を抱きしめながら半分泣いている。後ろでお父さんとお母さんが「しょうがないな」って顔をしてる。……こっちのお姉ちゃんはちょっと泣き虫だ。そこが私と似ているなと思って好きなところでもある。……うん、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「う、うん、触媒、おいたから……」
『私達の準備もバッチリよ』
『といっても、頑張るのは姉さんじゃなくて僕なんだけど』
 トビーの言葉に姉さん以外が苦笑いを浮かべた。
『まぁ、いっか。準備はいい、メアリー姉さん』
「う、ん……!」
 私は胸の前で手を組み、魔力を高める。それと同時にトビーが私の傍で力をためているのを感じる。
 これは、姿を隠す魔法だ。幽霊であるトビーは種族特性として姿を消すことができる。その力を他にも及ぼすための魔法だ。私の力だけじゃ無理なので触媒を借りたり姉さんたちの力を借りたりするのだが……それでも、この家を隠すことぐらいは出来る。隠してしまえば王都の人たちにバレることもない。そしてあの人達がいなくなるまでずっと隠れるのだ。これが一番、面倒が少なくて済む。
『……よし、いいよ』
「ふぅ……」
 トビーの合図と同時に魔力を収める。少し立ちくらみのような感覚がしたが多分魔力の使いすぎだろう。こんなに大規模な魔法は久しぶりだから身体がびっくりしちゃったみたいだ。
『ひとまずこれで問題ないだろう。この結界を感知するのも破るのも相当な腕前が必要だし、そもそも存在を知っていなければ疑問にすら思うことも出来ないはずだ。守りはこれでいい』
「あとは……そうね、私達の食料とか、かしら。一応蓄えはあるけれど、あの騎士たちがいつまでいるかにもよるわね」
『私達は食事も睡眠も必要ないからねぇ~。隙きを見て調達に行ってもいいけど、相手が相手だもんね』
『うかつなことをするなよ』
『分かってるってば』
 お父さんと姉さんのやり取りに笑みが溢れる。緊張する場面だっていうのにどこか暖かい空気が漂っている。ひとりじゃないってこんなにも心強い。……だから私は、気を抜いていたんだと思う。

***

ドスン、と家が大きく揺れた。立っていられなくて転びそうになったところを姉さんに支えてもらう。ありがとう、とお礼を言う前にまた強い衝撃が襲いかかった。……これ、攻撃されて、る?
「ど、どうしよう……!」
 この揺れは結界が攻撃されているものだ。冷や汗が背中を流れる。だ、だって、姿を隠す結界の魔法はちゃんと発動した。問題ないってお父さんも言ってくれたし、実際今まで問題なかった。こんな風に、誰かに攻撃されるなんて……誰かにバレるなんて、今までなかったのに。
『大丈夫だ、落ち着きなさい。……ヒルダ、メアリーとクレアを連れて下がれ』
『りょうかい!』
『母さん、トビー、いけるか?』
「えぇ、問題ないわ、あなた」
『大丈夫。僕も守る』
 私が混乱しているうちにお父さんたちは戦闘態勢に入る。私は姉さんに連れられて部屋の奥に移動する。その間も断続的に衝撃が襲ってくる。ドスン、ドスン。お腹に響く音がするたび、私の心臓はキュッと締め付けられる。
『だーいじょうぶよ。私がちゃ~んと守ってあげるからね』
「そうよ! メアリーはぜったい、お姉ちゃんが守ってあげるからね!!」
「う、うん……」
 二人の姉は私を抱きしめる。暖かい手と冷たい手。違う温度の手が少し心地よくて、私の緊張は少しだけ和らいでくれた。
 なおも続く揺れに震えていると、一際大きな破裂音がして私の心臓が飛び上がった。
『ぐっ、あ!?』
『ぐぇ……』
「きゃっ……!!」
 一瞬視界が潰れるかと思うほど眩い光があたりを包んだかと思うと、部屋の向こうから悲鳴ともつかない声が聞こえてくる。
「お父さん! お母さん! トビー!」
『メアリー、出ちゃダメ!!』
 思わず飛び出そうとする私を両方から伸びた手が抑える。私は離して欲しくて身を捩るけど、二人の手はびくともしない。
「……む、そこか!」
「ヒッ!?」
 誰か知らない人の声がした。恐怖で体が固まる。両側から私を抱きしめる力が一層強くなる。
 ぺたり、ぴたり。足音が近づいてくる。私は怖くて震えながら目をつぶった。どうしよう。殺される。死人使いネクロマンサーだから、魔物の仲間だから、魔王の手先だから……私は死にたくないのに、殺されてしまう。
 ぎゅっと、強く目をつぶった。涙がこぼれた。怖くて怖くてたまらなかった。
「そぅれ!」
 気の抜けそうな軽い声とともに、瞼の裏から白い光が突き刺す。目をつぶっているのに眩しくて、慌てて両目を手で塞いだ。
『ギャー!!』
「きゃあああ!!!」
 隣から姉さんたちの悲鳴が聞こえてくる。私を守る手がなくなった。怖い。怖い。助けて。死にたくない。死にたくない。頭を抱えてその場でうずくまる。怖いものが早くいなくなるように、心のなかでひたすら祈りを捧げた。
「《《君はまた暗い場所で泣いているのか》》。《《可愛い顔なのにもったいないな》》!」
 ……それは、昔、言われたことのある言葉だった。
「え……」
 懐かしい記憶に、私は恐怖も忘れて目を開ける。
 内側に吹き飛ばされた扉。うめき声を上げながら倒れているお父さんとお母さん。隣で目を押さえてのたうち回る姉さんたち。
 ……そして。

「約束通り、君を迎えに来たぞ!!」

――全裸で発光する、変態男が立っていた。

***

「はっはっは! ごめんごめん。ようやく会えると思ってつい嬉しくなってしまってな。力が制御できなくなった」
「は、はぁ……」
 私は全裸発光の変態男と向い合せで座っていた。無事だったのが私の調合室だけだったので、そこに椅子を一つ増やして簡易的な応接室とした。ローテーブルはない。出来るだけ下を見ないようにする。なお、他の家族は魔力に当てられ光で目を潰され倒れたままだ。
「それにしても、少し見ないうちにとても美しくなったな。思わず私のムスコも光ではち切れそうだ」
「やめてください死んでしまいます」
 私はそっと視線をそらす。……何故かこの変態男は服を着てくれないのだ。いや、無意味というか……。適当な布を渡して隠してもらおうとしたけど、何故か布が溶けるように消えてしまうのだ。こんな現象、初めて見る。どうすればいいのかなんてさっぱりわからない。
「え、えっと、あの、ひとつ、聞きたいこと……といいますか、確認といいますか……」
「ん? なんだろうか」
 にこにこと嬉しそうに変態男は笑っている。そのキレイなはちみつ色の瞳にあの日々が重なり、喉の奥がきゅっと狭まる。……でも、私は聞かなきゃいけない。
「あなたは……ロビンちゃん、ですか?」
 恐る恐る問いかけると、目の前の変態男はとても嬉しそうに――まるでお日様のような笑みを浮かべた。
「あぁ、そうだよ! 君の幼馴染で将来を誓いあった素敵なお婿さんのロビンちゃんだ!」
「そ、そこまで言ってないですぅ……」
 がっくりと肩を落とす。あの可愛くて素敵で、憧れていた女の子がこの変態男らしい。急にあの頃の思い出に大きなヒビが入ったような気がした。
「ろ、ロビンちゃん、男の子だったんですか?」
「んー……」
 私が問いかけるも、変態男はムスッとした顔でこちらを見ている。何か気に障ることを言ってしまったんだろうか。緊張で体がこわばる。嫌な汗が額をつたう。
「その敬語! とても壁を感じるな。私と君の仲だろう?」
「それは、そう……ですけど……」
 言われても「はいそうですね」とは、言えない。だって……記憶とはあまりにも違いすぎる。目の前の彼があの少女だとは思えない。あれだけ会いたかったのに、あれだけ焦がれていたのに、どうしても心が追いつかない。
「むぅ……。まぁ今は急に尋ねて驚いてるってことにしておこう」
 変態男は不満そうだが一応納得してくれたらしい。
「そうだな、私が男かって話だったな。そうだよ、私は男の子さ。他の子よりちょっと可愛くて病弱だっただけでね」
「うん……うん、そうですね……」
 確かに、ロビンちゃんは可愛かった。なんなら女の私よりも可愛かった。そこらの子よりも可愛かった。田舎の村では珍しくキレイな金色の髪は都会っぽくて、黒い髪の私は憧れたものだ。
「まぁ、メアリーが気づかなかったのも無理はない。教会の連中も気づかなかったからね。そうだ聞いてくれよメアリー! あいつらったらひどいんだよ!? 私のことを勝手に女の子だと思いこんで『聖女様』『聖女様』って言ってたんだけどさ、いざ男だって分かったら『男は聖女様にはなれない』だの『教皇様は次世代の聖女をお探しだから君は必要ない』だの言って捨てようとしたんだよ!? 全くひどいと思わないかい? タマが付いてて何が悪いっていうんだ!」
「え、えっと……」
 どう答えればいいのかわからない。こういう話、誰ともしたことがなかったからなんとなく恥ずかしくてたまらない。
 顔を真っ赤にさせながらうつむいていると、頭上から小さく笑う声が聞こえた。
「……ま、あの頃の私は女の子に見えるようにスカートを履いていたし、髪も頑張って伸ばしていたからね」
 言われてみればそうだ。私がロビンちゃんを女の子だと判断したのは私と同じようにワンピースを着て長い髪を後ろで一つの三編みにしていたからだ。私も同じ髪型をしていたので、二人並べば色違いのように見えたはずだ。
「どうして、女の子になんて……」
「もちろん、君と仲良くなりたかったからさ」
 目の前の男は、弾けるような笑顔でそういった。
「なか、よく……?」
「仲良くなるには同じ格好をすればいいと思ったんだ。昔の君は今よりも引っ込み思案で気の強い男の子が苦手だっただろう? だから、可愛い格好をして優しくすれば仲良くなれるんじゃないかって思ったんだ」
 ……昔の私は、暗くて、引っ込み思案で、影が薄くて、いつも一人でいた。誰かに話しかけられると口ごもってしまってうまく話すことも出来なくて、それでからかわれることもよくあった。だから……うん、確かに、私は気の強い子や男の子が苦手だったと思う。
「一目惚れだったんだ。初めて君を見た時、なんて可愛い子がいるんだろう!って思ったんだ。もじもじしてるのも可愛いし、小さくはにかむのも可愛い。今のままでもこんなに可愛いなら、笑ったらどれだけ可愛くなるんだろうって、そう思うだろう!?」
「さ、さぁ……」
 どんどん熱を帯びる言葉に苦笑いが溢れる。全裸の男が目を輝かせて力説する姿はいっそ滑稽だ。
「あの時から私は、絶対君と結婚するんだって決めてたんだ」
 ――だからこそ。私は、その言葉が、理解できなかった。
「けっ……こん……」
 言葉が出ない。胸で何かつっかえたようだ。苦しい。息ができない。頭が回らない。
「言っただろう? 君を迎えに来たって。ずっと一緒にいようってさ」
 はちみつのような瞳がとろりと溶ける。甘く、優しい目が私を見つめる。……知らない。私、こんなの知らない。こんな色、知らない……――
「愛しいメアリー、私と結婚して欲しい」
 彼の言葉が、ぐるぐると頭でまわる。手が冷たい。足も冷たい。今自分が座っているのか倒れているのか分からなくて、体が傾きかけた私の肩を目の前の男は優しく支えてくれた。
「でも、だって、私……、そんな、考えたこと、なくて……。男の人と結婚、とか。あの、その……掟、そう、掟! 教会の神官様は結婚できないって……」
 混乱する頭でなんとか考え出てきた自分の言葉に納得した。そう、掟だ。教会にいる神官様たちは結婚できないって聞いたことがある。この人は教会に所属しているはずだから結婚なんて出来ないはずなのに……。
 私の言葉に目の前の男の人はキョトンとしたあと、ニヤリと意味深に笑った。
「掟? そんなもの変えてやったさ。だって私は教皇だぞ?」
「きょ、教皇様!?」
 あまりに予想の斜め上の答えに思わず声が裏返った。教皇様っていうのは、教会で一番偉い人ってことだ。この、発光しながら他人の家に侵入する変態が、教皇様……!?
「あぁ、そうだ。ちなみに教会が君たち死人使いネクロマンサーを迫害していたことも知っている。このままだと君たちは幸せになれないし、私が君と結婚しようとしても邪魔が入るだろう。なら、そんなもの変えてしまえばいい。変えるためには教皇になるしかない。だから私は教皇になったんだ。頑張ったんだぞ! 褒めてくれていいんだよ?」
 男はそう言いながら胸を張った。コネも何もないところから数年で教皇様になるのは……とても『頑張った』では済まないと思う。ものすごくすごいことだ。……褒めるのはちょっと、あれだけど。
 私の反応が思ったより鈍かったのか、目の前の男は不安そうな顔でこちらを見つめている。
「……なぁ、メアリー。君は、私と一緒にいたいと、思ってはくれないのか。君と会いたかったのは、私だけなのか。あの約束を……ずっと一緒にいようって約束を、信じてたのは……私だけなのか」
 小さく、頼りげなくつぶやかれた言葉は、私の心の奥底に突き刺さる。
「私は……」
 ……私は、どうしたいんだろう。自分の心に問いかける。急に家が襲われて、変態がやってきて、でも、変態はロビンちゃんで……。
 ちらり、と彼の方を見る。明るくキレイな金色の髪、はちみつ色の目。春の日差しのようなお日様の笑顔。……姿形は変わったけれど、その色は、笑顔は、間違いなく私の知っているあの子のもので。今、手を伸ばせば届く距離に、あの子がいて――。
 ぎゅ、と手を握られた。ハッとして顔を上げる。直ぐ側に、キレイな顔があった。どくり、と心臓が大きな音を立てた。
「私、も、会いたかった。ずっとずっと、会いたかった。もう一度手をつないで、花畑まで走りたい。お日様のような笑顔をずっと、隣で見ていたい。キレイなものを見て、一緒に『キレイだね』って笑いたい。だから、だから、私……――」
 その目を正面から見られなくて、顔を横にそむけた。でも、それじゃダメだ。ちゃんと気持ちを伝えるときは目を見て言いなさいって、お母さんも言っていたから。だから私は恥ずかしいけど、ちゃんと彼の方を見て、その目を真っ直ぐ見つめた。
「あ、あなたの、ことが、すっ、好き……で、す……」
 ……覚悟を決めたはずなのに、どうしても最後の言葉が小さくなってしまった。恥ずかしくてたまらなくなって目を閉じてうつむく。どうして私はこう、肝心なときにダメなんだろう。じんわりと、涙が滲んだ。
「わっ……!?」
 落ち込んでいた私は急に手を引っ張られて前につんのめる。そのまま、柔らかくて暖かいものにぶつかった。彼の腕の中にいるのだと、すぐには気づけなかった。
「私も、君のことが好きだよ、メアリー」
 低い、艶のある声が耳をくすぐる。それがなんだか恥ずかしくて顔を上げると、陽だまりのような彼は、溶けるような目で幸せそうに笑っていた。つられて私もはにかむ。やっぱり私は、この人の笑顔が好きなんだ。
「私、ロビンちゃんと結婚する。ずっとずっと、一緒にいる!」
 勢いそのまま彼の背中に手を回してぎゅーっと抱きしめる。すると、彼もぎゅっと強く抱きしめ返してくれた。それが嬉しくて、また頬が緩んでしまう。
 私の大好きな人は、優しくて、頼りがいがあって、とてもキレイでカッコイイ――
「あぁ、とっても嬉しくて光が溢れそうだ!! ねぇ、出してもいいかな!?」
「それだけは絶対にやめてください」
 ――どうしようもない変態だ。


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