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月のなかに朝を夢見る

 夜空に輝く月を見た時、きれいだね、と平々凡々たる感想を述べたわたしの隣で、「おつきさまのなかに、あさがいるみたいね」と娘は言った。


 まだ言葉をうまく話せない頃から、娘は月を見上げるのが好きだった。
 星よりも月。美しい夜景よりも、月。娘が赤ちゃんだった時に一度だけ一緒に見たことのある虹よりも、もしかしたら月のほうが好きなのかもしれない。

 この日も窓の外に満月を見つけて、「あ!むーんちゃんや!」と娘は叫んだ。
 ムーンちゃん、と言うのは娘が好んで使う、月の愛称である。月は英語でMoon。ムーンちゃんだよ、と夫が深く考えずに教えたことを、真理であるかのように娘は受け止め、3歳半を越えた今でも月のことを「むーんちゃん」と呼んでいる。
 たなびく雲が月にかかって、月明かりが滲み出すように雲が色づいていた。じんわりと輝く月と雲。きれいだなぁ、とおもったそのままを口にすると、娘は言った。

「おつきさまのなかに、あさがいるみたいね」

 なにを言っているのかと初めは首を傾げたけれども、すぐに理解した。月の光の明るさに、そのまま朝の光を連想したのだ。
 月のなかに、朝がいる。
 なんと美しい発想だろうか。彼女が生まれてくるまで知らなかった。子どもの心って、こんなにも豊か。


 「豊か」という言葉を辞書でひくと、いくつか記載された意味のひとつに、満ち足りて不足のないさま、とある。
 満ち足りて不足のないさま。
 娘の想像力、発想力は、3歳にしてすでに豊か。この先、多くの知識を身につけることで、ちいさな子どもの視点からのみ見えるせかいは失われるかもしれない。だけどわたしはずっと覚えていたいとおもう。この子の豊かさを。なにげないつぶやきの、ひとつひとつを。


(2020/06/08)№5



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