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不登校の時の話

中学2年の冬辺りから不登校になった。

3年からまた行きだしたので全く行かなかったのはそんなに長い期間では無かったけど
もともと体が弱く、自律神経失調症、起立性調節障害を患っていた私は
幼稚園の頃から休みがちで、中学3年になって不登校をやめてからも休み休み通っていた。

そもそも不登校になったのはあまりに続く体調不良が原因で、イジメや人間関係のトラブルがあった訳ではない。

とは言いつつもともと学校は嫌いだった。
行きたいと思ったことは一度もない。
好きな友達や楽しい事もあったけど
それでもトータルして見ればしんどい場所だった。

不登校している間、カウンセリングに通った。
カウンセラーは「学校に行きたいとは思う?全く行きたくない?」と訊いた。

私は「行きたいけど行けない。」と答えた。
大体の子供がそう答えるらしい。

しかし、「行きたいけど行けない」というのもなにか違った。
正直、行きたくはない。しんどいから。
でも、このまま不登校を続けたい訳では無い。
そんな気持ちをなんと表現して良いか分からず「行きたいけど行けない。」という言うしか無かった。

時は過ぎ、大学で心理学部に入った。
その中でカウンセリングの実習があり、カウンセラー役とクライエント役を学生同士、交代でやる事になった。
学生の数が奇数で、私は先生とペアになった。

クライエント役は架空の設定を考えて話すことになっていたけど
私は架空ではなく不登校になっている14歳の少女という、自分自身が体験した経験をそのまま話した。
その時の気持ちを思い出しながら。

カウンセラー役の先生は私に訊いた。
「学校に行きたい?行きたくない?」
すると、クライエント役の私の心に眠っていた14歳当時の私が突然目覚めたように
「学校に行きたいと思えるようになりたい。」
と言い放った。

言ってからはっとした。
そうだったんだ。
私は行きたいと思えるようになりたかった。
「学校に行きたくなりたかったんだ」と気付いた。
その時までわからなかった。
不登校当時のモヤモヤとした焦りや不安、どうしようもない悲しさ苦しさ…
20歳を過ぎてやっと当時の気持ちを言葉に出来た。

そして私は気づいた。
中学生では、当事者では、気づけない思いがある。
言葉にできない事がある。

私は幼い頃から弁が立つ方だった。
表現力豊か、語彙力も豊か、表情も豊か。
そんな私でも言葉に出来なかった当時の本当の思い。

不登校当時にその言葉がカウンセリングで出て来ていたら何かが変わった訳では無いと思う。
そっか、と言われて終わっただろう。

しかし分かって欲しいのは、
子供が自分で自分の事を全て説明出来るとは限らないということ。
もしかすると大人でさえも。

当事者には分からない、過ぎてみなければ気付けない本当の思いや感情がある。

「私は学校に行きたくない。だけど行きたくなりたい。」

14歳の私が6年経ってやっと教えてくれた。

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