身体という洞窟のうちにとどまることなかれ——『スッタニパータ』より
『スッタニパータ』(巴: Sutta Nipāta)は、セイロン(スリランカ)に伝えられた、いわゆる南伝仏教のパーリ語経典(原始仏典)の小部に収録された経のこと。以前の記事も参照のこと(「ブッダの幸福論」、「犀の角のように独り歩む」、「怒りを制する」)。第四「八つの詩句の章」の「洞窟についての八つの詩句」より。
ここでは身体を洞窟に例え、身体のうちに魂がとどまること、身体的な煩悩や欲望に囚われ続けることは、迷妄のうちにとどまり、悟りからは遠ざかってしまうことを説いている。
「窟(いわや)のうちにとどまる(satto guhāyatiha naro)」というのは、ウパニシャッド(仏教以前のヴェーダの教典)において、霊魂またはアートマンが身体の中に入ってとどまっていると考えたのを受けている。『アーパスタンバ法典』では、アートマンのことを「窟にとどまる者」(guhāśaya)とよぶ。
「遠ざかり離れること(viveka)」とは、身体に関しても、心に関しても、諸々の制約(upadhi)に関しても煩わされなくなったことをいう。同じ意味の「厭離(おんり)」は、古くは万葉集にも「従来厭離此穢土、本願託生彼浄刹」の例が出ている。徳川家康が「厭離穢土欣求浄土」の纏を使ったことも有名である。
「厭離穢土(おんりえど)」と表現すると、汚れたこの世を捨て去りというような意味合いに聞こえてしまうが、本来の意味合いとしては、身体という洞窟にとどまることなかれ、身体に関しても心に関してもあらゆる制約に煩わされることなかれ、といった意味合いであろう。「厭離穢土欣求浄土」となると、汚れた現世を厭い、極楽浄土の来世を願うといった来世主義のような意味合いに聞こえてしまうが、本来の意味はあくまで現世主義、つまり生きているこの世において洞窟を抜け出すことを指していると思われる。
「洞窟の比喩」と言えば、プラトンの『国家』にも出てくる(参照:「洞窟の外に出てイデアの光を見よ」)。プラトンの場合は、実体とイデアの関係から、この世でわれわれが見ているものはイデアの「影」に過ぎないと考え、それを「実体」だと思いこんでいる。しかし真の実体(=イデア)を見るためには、洞窟の外に出なければならないと考えたのであった。
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