見出し画像

小説「あの時を今」06



感情が揺れ動く中、後半が始まった。本来であれば、前半の1点差を詰められないまま試合終了、25対26で負けるという展開だ。しかし、あるはずの点差は無く、状況は既に変わっている。変わっているのは点差だけでは無かった。試合が始まってすぐ、違和感に気付く。アキラへのディフェンスが厳しくなっているのだ。勢いのある選手を早めに潰すのは常套手段。アキラが思うように動けないことで、焦っているのがわかる。それでも、先輩たちの活躍もあり、試合時間残り20分のところで1点リードしている。



上手くいけば得点に繋がる場面でアキラにパスが回った。前のディフェンスを一人抜いてシュートを撃てば2点差、勝利に大きく近づく。アキラはボールを持ったままゴールへと向かう。しかし、相手のディフェンスもシュートを撃たれまいと迫ってくる。アキラは咄嗟にフェイントし、それに反応したディフェンスを越えようと一歩ゴールに近づいたその時、相手チームの一人が味方のカバーに入り、アキラは止められてしまった。審判の笛が鳴る。すると、アキラがその場にうずくまる。顧問がアキラに駆け寄る。さっきのプレーで相手の膝が、アキラの太腿に当たってしまったらしい。軽い肉離れを起こしている様で、すぐに試合に復帰することは難しいだろう。残り時間15分、アキラの代わりに誰かが試合に出なければいけない。
「アキラと交代だ。」
顧問から交代を指示されたのは私だった。試合結果が変わってしまうこと以前に、この重要な場面で試合に出ることに緊張している自分がいた。
「頼んだぞ、お前なら大丈夫だ!」
そんなアキラの声も、緊張と不安で今の私には届いてこなかった。



試合が再開する。いろんな事を考え過ぎて試合に集中できていないのが、自分でもわかる。体が思うように動かず、味方からのパスを取り損ね、相手にボールを取られてしまった。すぐにディフェンスに戻るも、簡単に点を取られてしまう。このままでは、私のせいで負けてしまうのではないか。気持ちを切り替えようとするも、いろんな思いが邪魔をする。その後も、立て続けに失点してしまい、相手に2点差をつけられてしまった。試合に出てから、まだ10分も経っていないのに息が上がっている。私は、自分の意志で未来を変えることに怯えていたのだ。その状況に耐えかねて、顧問がタイムをかけた。顧問が檄を飛ばし、チームを奮い立てる。まだチームの誰も諦めていない。それは怪我をしたアキラも同じだ。客席からの応援の声、そこにはカオリの姿もある。しっかりしろと言われている様だった。その光景を見て、ふと我に返る。



私は何を迷っていたのだろう、情けない。思えば、目覚めたときの記憶の混乱を恐れ、この数カ月間私らしくない行動を散々とってきた。それこそ、治療中の私など私では無かったのだ。その結果が今の状況を生んでいる。アキラに心配をかけたり、カオリが試合に来たり、試合展開が変わったり、私が私を演じた結果がこれだ。そもそも学生時代の私は、考えて行動するタイプじゃなかった。トラックに轢かれてから、考えすぎる癖がついてしまっていたのだ。ここで負ければ、アキラが責任を感じてしまうかもしれない。それは、試合結果が変わることよりも避けなければいけない。
「なに緊張してんだよ。考え過ぎるな、お前らしくもない。」
私が考えていたことをアキラにそのまま言われた。アキラのためにも、この試合には勝たねばならない。



試合が再開してすぐ、私にパスが回ってきた。勝つと決めた私には、目の前の高校生が小さく見える。ディフェンスとキーパーの動きを冷静に観察すれば、シュートコースが見えて来る。ディフェンスをかわし撃ったそのシュートは、ゴールネットを揺らした。だが、気は抜けない、すぐにディフェンスに戻る。相手チームは、これまでのプレーから私がディフェンスの穴だと踏んで攻めてくる。相手の狙いがわかれば防ぐのは簡単だ。相手のパスをカットし、反撃する。ディフェンスは2人、こちらのオフェンスは3人、冷静にパスを回し、さらに1点取り返す。試合時間残り1分、同点の状況、再びチャンスが巡ってきた。相手は私よりも得点力がある先輩を警戒している、それを逆手にパスフェイントを入れてから前へ攻める。私への反応が遅れたディフェンスをかわし、キーパーと1対1の状況。落ち着いてシュートを決めるだけ。シュートを撃つ瞬間、妻と息子の顔が頭を過る。シュートはゴールポストに弾かれた。わざと外したわけではない。一瞬の気の迷いが手元を狂わせたのだ。試合終了間際、決定的なチャンスを逃したことで、一気に心拍数が上がる。ポストに弾かれたボールは再びコートに戻ろうとしている。そのボールの先には、部長が立っていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?