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『マインド・ウォーズ 操作される脳』ジョナサン・D・モレノ著(アスキー・メディアワークス)書評

*本稿も時事通信から地方紙に配信された(はずの)書評の再録です。新聞書評は時間が経ってからの再読が難しいので、このような形で少しずつ採録させていただきます。

 インターネットが核戦争におけるダメージコントロール研究の副産物であることは、今ではよく知られている。だが「インフォームド・コンセント」も国家安全保障と関わる研究から生まれたそうだ。義肢などの運動補助器具の開発にも、DARPA(米国防総省国防高等研究計画局)が積極的に資金提供を行っている。こうした軍民共用技術の実態を、脳神経科学の分野を中心に調査したのが本書である。


 先の義肢の研究は、兵士の運動能力を高める目的に転用できる。心理学は長い間、捕虜の尋問や兵士のストレス軽減に貢献してきた。微弱な脳波を検出し感情や思考を読み取る装置は、空港などでのテロリストの発見逮捕を容易にするだろう。リアルなものから荒唐無稽一歩手前まで、幅広い研究が国家安全保障と結びついているのが現状だ。ただ生命倫理学者である著者は、こうした技術が実現可能かどうかよりも、軍民共同利用研究にどのような倫理的判断を下すべきかに焦点をおく。


 こう書くと、科学の軍事利用を非難するか、あるいは研究の倫理的側面に無頓着な研究者の「世間知らず」を憂えるか、いずれかを想像するだろう。だが著者はより「現実的なアプローチ」を選ぶ。民間人である科学者が軍事研究に積極的に関わることによって、秘密主義に陥りがちな国家や軍、産業界に透明性や情報開示を求めることができるのだ。


 やや楽観的な見方にも思えるが。私はそこに本書の可能性もみる。帯の「これは、SFではない」という文句とは裏腹に、著者はスタートレックやアイザック・アシモフなどのSF作品からヒントを得て、こうした研究の波及効果や将来像を具体的に示している。SFはある条件を挿入することで世界や歴史がどう変わるかを論理的に思考する実験でもある。つまり、こうした学術研究がどんな結末をもたらすのか、その具体像を結ぶのにSFがモデルを提供するのだ。そうすると、想像力と倫理が手を携えることで学問の自立性と未来は担保されるという、本書の肯定的な未来像も「SF」的ではないか。


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