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うつ病で家事ができない?気にするな!by同居人

うつ病になる人間の性なのだろうが、何事も「やらなければ」と考えてしまう節がある。そしてタスクをやらなかった時は「自分はこんなこともできない」と思い込む。

病状の悪い時ほどこういった思考に取りつかれがちだが、病気の人間が普通の人と同じ仕事ができるはずがない。そもそも病気なのだから、何かしようとしていないで休んでおけと言いたくなるだろう。

しかし実際はもう少し複雑なのだ。
今回は家事をテーマに、うつ病患者と同居人の暮らしを紹介していこう。

普段は何をしているの?

うつ病になると意欲が出ない、というのはよく知られているだろう。もう少し具体的に言うと、外出したくない、やりたいことが手につかない、体が重くて動かない、のようになる。

うつ病は脳の病気で、簡単に言うと脳が疲れ切ってオーバーヒートしたような状態だ。脳がはたらくことを拒否してしまい、体を動かしたり正常に考えたりできなくなる。それに少し休ませただけでは、ちょっと稼働させるとまたすぐダメになってしまう。

療養中に会った人から「いま学校を休んでいるけど、普段は何をしているの?アルバイトとか?」と聞かれたことがある。その言葉を聞いて、学校を休んでいる間はアルバイトか何かしなければいけないのか、とこちらが考えるとはきっと思ってもいない。せっかく社会から離れて休養しているのに、アルバイトができるわけなかろう。

この質問に「家でずっと寝ています」と答えたら笑われた。心外である。主治医にもできるだけ寝なさいと指示されているくらいなのだ。休むのが大切な病気なのに、寝ていると言って笑われる意味がわからない。

そうやって寝て過ごしている間は、全く元気ではない。目が覚めていても体は動かないしやる気が出ない。ずっと家にいたとしても家事も勉強もできなくて当然である。

何かしたいのにできない

冒頭でも書いたが、うつ病になりやすい性格というものがある。それは几帳面、真面目、責任感が強い、といった特徴だ。こういった性格の人は、しなければという考えが強く、結果としてストレスを自分の内に溜め込みやすい。

療養期間であってもその思考は継続する。病気になっても性格は簡単に変わらないからだ。だから何もできないのに「何かしなければ」と思ってしまう。他人から「寝なさい」と言われれば寝ていられるが、「寝た方がいいよ」と言われては寝ていられないのだ。

そうして1日に15時間寝ていた時期もあった。普通の人なら、よほど疲れていないとそんなに眠れないだろう。問題は、残りの起きている9時間をどう過ごすかである。

体が動かないから何もしないが、それはそれで暇すぎる。音楽も読書も散歩も、健康な人には息抜きや暇つぶしになるが、うつ病患者にとっては労力を要し疲労を溜めるタスクである。本当に何もできないのだ。

それでも何かしたくて、誰かの役に立つことならモチベーションが湧いて手につくのではと考え始める。だから家事や在宅アルバイトなんかに取り組もうとする。自分のことができないのに他人のことをやろうなんて、おかしな話だ。

それにうつ病になってしまっては、もうモチベーションだけの問題ではない。うつ病あるあるだと思うが、患者本人は自分が真面目でも几帳面でもないし頑張りが足りていないと自覚しまう。元気な時に振り替えると、あの時点で働けるわけなかろうと思えるのだが。

家事は手伝いでいい

現在の同居人と2人暮らしを始めて2年になる。
生活費や共用物の費用は折半、あとは各自で収支を管理している。これまで特にトラブルなくやってきたつもりだ。

ここで普通は家事を分担するのだろうが、私が病気持ちのためそうはいかない。ほとんどの家事を同居人がこなしてくれていた。

これが大変ありがたかった。しっかり分担すると、自分の「やるべきこと」が精神的重荷になってしまう。タスクがあるのに体が動かない日は、情けなさにひたすら涙することもあった。何かできなかった時に毎度自責の念を抱かれるのも面倒だったろう。

同居人は家事が苦ではないらしい。「テキトーでいいんだよ」と言いながら洗濯物を皺だらけのまま干している。同居開始当初、皺を伸ばしてほしいと頼んだこともあるが、自分が干せないのに文句言う資格ないよなと思ってからは言わなくなった。

立ち上がれるくらい元気になると、洗濯物を一緒に干すようになった。服をハンガーにかけ、タオルを洗濯バサミに着ける。ペースは同居人の3分の1くらいで、正直同居人が全部干してもそんなに時間は変わらなかったと思う。思い返すと、まるで子供の手伝いのようだ。

だが、何もできないところから、手伝いができるところまでレベルアップした。何もできないを克服し、自分も動けるという自信になった。
これでいい。全部きっちりやろうとしなくていいんだ。

やりたいこと、好きなことから

今年に入ってから、料理当番をすることになった。洗濯物を全部干したり、部屋に掃除機をかけたりということが時々だができるようになっていた。といっても1か月に1回くらいだが。

これまでは同居人が丼物やカレーなどを作ってくれていた。私は和食の小鉢類が得意なので趣向は異なるが、ともかくやってみることに。まずは自分が作れそうなメニューを思いつくだけ手帳に書き起こし、献立に迷わないで済むようにした。(こういうところが完璧主義なのだろう)

最初は塩味が足りない仕上がりだったが、1週間ほどで味付けの感覚を身に付けてからはメキメキ腕を上げた。自分でもおいしいと思える食事を作れるのが本当に楽しかった。隙間時間でパンやお菓子も作るようになった。

その後、追加の薬が体に合っていたらしく、うつ病の容態が回復してきた。掃除も定期的にするようになり、自分の洗濯物を片付けられるようになった。料理当番を続けながら勉強までし始めたくらいだ。

実は同居人は掃除が苦手で、私が伏せっていた頃は床の隅に埃が溜まったままになっていた。私が力尽きて床に寝そべると視界に埃が入ってきて、その度に「掃除しなきゃ…」と思ったものだ。

だから私が元気になれば、いままで疎かだった掃除が行き届くようになる。逆に同居人は私の嫌いな皿洗いをやってくれている。好みが上手く凸凹かみ合ったおかげで、やりたい家事をすれば生活が成り立つという便利な暮らしができている。

最近、タオルや靴下が前よりも皺なく干されている気がする。
これもありがたいことだ。

できる範囲で

家事は手を抜けば楽できるが、きちんとすると相応の成果が出る。だから元気な日は好きなだけ手の込んだ料理を作ればいいし、面倒な日は掃除を明日に回したっていい。何なら夕飯の時間になってから「ご飯が作れない」と訴えても、外食か総菜かカップ麺でどうにかなる。

「うつ病だから休めばいい」と皆は思うだろうが、休むにも濃淡があるのだ。1日中寝込んで布団から出られないレベルから、買い物含む家事をひと通りできるレベルまで。体調に波はあるし経過は人それぞれだから、どのくらい元気なのかをその瞬間だけで判断するのは難しい。そして、休んでいるからって楽じゃないことも知ってほしい。

うつ病患者は人前で背伸びしがちで、つい元気そうに振舞ってしまう。私も病状を知らない医療関係者に「今の様子だと復学できそうだけどね」と何度言われたかわからない。

だから、家の中でくらい自分に正直でいよう。できる範囲のことだけをやっていればいい。いま手につかないなら、自分が元気じゃない証拠だ。元気になったら、やりたいこともやるべきことも自然とこなす、それが私だ。

同居人はいつも「なんにもしなくっていいよー」と言って洗濯をしている。奴がなぜ私を受け入れてくれるのかよくわからないが、今後も仲良くやっていこう。

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