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山にむちゅう(7)

 その間、警察署内はピリついた様子だったが、特に警官か交通安全協会の人間が数人入れ替わったこと以外に、誰かが訪れたというわけではなかった。
 電話はひっきりなしになっていた。受付の向こうにある事務机にある受話器の一つ一つがあちこち鳴っている。
 先ほどの事務の警官が疲弊しきった顔でまるでモグラ叩きでもするように肩を怒らせて、ゾンビのように右往左往していた。その様子を祐介は自動販売機で買ったコーヒーを飲みながら、眺めていた。というよりも、目が離せなかった。見るからに余裕がなくなってきて、時折机をトントントントン叩いたり、怒鳴りつけたりするので、その度ぎくりとするので、見ざるを得なかったのである。居心地が良いわけはない。

 どれだけ待ったかわからないが、12時近くになる頃だろうか。
 やっと玄関の方から先日と同じ警官のペアが見えた。温和そうな年配の警官といかつい若手の警官だ。
 祐介は助かったと思い、立ち上がった。
 年配の警官は祐介を見ると、歩を速めながら、微笑んだ。
「ご足労ありがとうございます。今から聴取行います」
「どうも」
「本当は私がする担当じゃなかったんですがね」
 年配の警官は汗だくだった。どうやら急いで駆けつけたらしい。
「ああ、もしかして、非番だったんですか。休みの時に申し訳ないです」
「あ、あー。いやいや、ハイハイ。今日は署の方が忙しいってことで、こんなことはね、めったにないんですがね。私この近所に住んでまして、すぐに飛んできましたよ。たまたまコイツがパトカーで行った帰りだったので、ついでに乗せてもらったので良かったですよ」

 若手の警官が軽く頭を下げたので、祐介も思わず頭を下げる。
 祐介は少し申し訳なくなった。
 年配の警官はそれを察してか、「まあ、呼び出しかかると思って準備しておったので、お気になさらず。すぐに事情聴取とか今後の対応とか取りますので」と年季の入った笑みで明るく振る舞った。

「だいぶ久しぶりというか、ちょっと慣れないもんで、お時間いただくかもしれないですが、手短に行くつもりなんでよろしくお願いします」

 年配の警官は自身がない様子だったが、事情聴取は順当に進んでいった。祐介が協力的に最初から伝えたので、途中で止めようがない。
 警官が詰まった時はこちらから話を振って、スムーズに進行し、聞きなおしが数度あったが、聴取はそのものは40分程度で終わった。

「こちらでまとめた内容を今から読み上げますので、数度質問もしていきますが、ご確認お願いします」
 読み返されるのは抵抗があったが、受け入れざるを得ないだろう。
 祐介は頷くと、年配の警官は訥々と読み上げた。
「えー、加害者、青田がいきなり階段を駆け上がってきて、首を締めあげられ、退職願を受け取れさもなくば殺す等意味の通じないことを罵倒されながら、引き倒される。そのまま締め落とされそうになったが、退職願を受け取ると言うと、介抱され、今度は舌を入れられてキス、接吻ですね、これをされたと。簡単にいうとこういう感じなんですね」

 人前にさらされて肯定しかねる内容だったが、祐介は頷いた。若手の警官が話を聞いていて、ずっと憐みの顔を祐介に向ける。なんとなく恥ずかしい。

「酷い目に遭いましたね。……なんでこの状況でキスしてくるのか。どういう風にされたんです?」
「一分近く」
すると、若手警官が気色ばんだ様子で、身を乗り出してきた。
「いわゆるディープなやつですか。舌を擦り上げられるような? 歯は舐められましたか?」
「うーん」 
「巻きつくような感じですか。丹念に舐めとるような? 」
「まあ、そんな感じも」
「満遍なくなめられたというわけですか。どの程度? そうそう、唾液を飲まされたとありますが、どれくらい? 具体的には何ml?」
「ミリリットル? どういうことがききたいんですか?」

 ――なんだこの警官は、何を考えているんだ。警官にしては、ねっとりとした質問だ。この男もしや、その筋の人間なのではないだろうか。
 祐介は身構えて、すごく真っ当な反応を返した。
「ここを聞いたところで何かあるんですか?」
 単純にあまり蒸し返してほしくはなかった。祐介と中年男の舌先の攻防の詳細は重要ではない。あとは単純に好奇心で聞いてほしくはない内容だ。
「そっちの人、少しおかしいですよ」
「君! 先走って色々聞こうとするんじゃないよ。北村さん、そういうことを言いたいわけじゃなかったんですが……。君もそこは深堀しなくてもいいでしょう」
 年配の警官は調書というのだろうか、今までの聴取を記録した用紙にメモを書き終えると、若手警官を睨んで注意した。
「すみません、今聞くタイミングじゃなかったですよね、というよりも、聞く必要もなかったですね、はは」
 若手警官はへなへなと謝ると、年配の警官はもう一度注意した。若手警官の方は意外と気弱なようである。祐介はたしなめるような視線を送ると、年配の警官は視線の間に入るように話を進めた。
「聞き方が悪かったというか、ううん、まあいいでしょう、その話は同僚の中内絵美梨さんや斎藤東馬さんなどから証言いただいてますので、その辺で止めときましょう。……で、北村さん。その人物というのが確かにあなたの上司の青田という人物だったんですね。どんな方でしたか」
「そうです。付き合い自体はあまり長くなかったんですが、普通の、真面目な上司でしたよ。真面目というか、特徴がないというか。平均的な管理職っていうタイプです」

 そういえば、青田のことを思い出しても、いまいち祐介の記憶にはない。すぐに辞めるつもりでいたので、それほど期待されていなかったというのもあるが、成果主義でも過程主義でもなく、ほどほどの成績を残していれば、特に文句は言われなかった。
 第一同じ部署で働いているが、祐介は前任者が辞めた後の穴埋めで保守関係の仕事を他部署とよく連携する立ち位置にいたので、同じ部署の人間ほど付き合いが薄い。
 公私は社の方針で徹底的に分けられていたし、正直、祐介はこの会社の中年男には興味がなかった。青田についても当然よくわかっていない。私生活は全く知らない。由真か噂好きの総務の会田からか、どこかの女性社員から直前に離婚したということを聞いて、既婚者であることを知ったぐらいだった。
 祐介はそこまで考えて、警官がここを深堀してくるのが気になったが、下手に聞いたら面倒になりそうだったので深く突っ込むことはやめた。
 
「社の方針であまりプライベートなことはオフィスにいる間は聞けなかったので、部長のことはさっぱりわかりませんね。僕、あまり飲み会とかにも顔出しませんし。僕と青田は同じ部署ですけど、仕事の範囲が被っていなかったので、あまり話せるようなことがないんですよ」
「ではほとんど接点はなかったってことですかね。彼と接点がある人はどなたがいらっしゃいますか。」
「……私の部署の主任はよく話していたみたいですが、……あとは同僚は私と似たようなもので。……取引先の幹部……あとはウチの役員ですか。具体的には不明ですね」
「それ以外に思い出せるだけ思い出せないですか?」
「あとは、総務課の方で数人ぐらいですか。是恒、妹尾は書類のやり取りをしているようですけど、詳しくはわかりませんけどね。彼らはうちの部署とやり取りしていることが多いので、青田だけというわけでは」
「後は」
「近くのコンビニぐらいですか? 後は弊社の向かいにあるルネッサンス……喫茶店です。あそこは社外の打ち合わせに使うぐらいですが……」
「そうですか。……では次に――」

 その後も、妙に青田のことばかり聞いてきたので、青田が昼に何を食べているか、社員の目が届かない場所、例えば屋上や地下階などに出入りしていたか、社内で『関係』を持っている人間はいないか、信仰している宗教はなにか、など、もはや事件とは関係ない質問が増えてきて、明らかに逸脱し始めていた。

 警官の質問は奇妙なところで時間を使い始めて、青田とそれに関係する質問は10以上に及び、30分近くも質問されていた。
 ――何か妙ではないか。これは聴取の振り返りのはずだ。単に祐介の身に起こった事件の話を振り返るだけではなかったか。それに、このあたりの関係は少し調べればわかるはずではないか。
 祐介のアタマは拒絶反応を示した。この警官たちはなにか別の目的がある気がする。何かうまく乗せられているような気がして、嫌な感じがした。

「事件の振り返りなら、ここまで青田のことなんて聞かないでしょう? 本筋から外れた話をしたいのなら、私帰りますよ」
 祐介は部屋の入口を外を指差すと、年配の警官はひょいと頭を下げた。軽薄な頭の下げ方だったが、いちいち突っかかるのも手間だったので、祐介は冷たく見返した。
「もしかして、私のことより青田のことが聞きたいんじゃないですか」
 警官は図星を突かれたらしく、しばらくは気まずい雰囲気を醸し出していたが、祐介は察してやる気分でもなかったので、「どうなんですか?」と言い含めると、警官たちは本当に聞きたいことがあると白状した。
「事件の振り返りに付け加えて何点か聞きたいと、いったんですが、ええ、ええ、その何点か聞きたいということが本当のところでした」

「聞きたいことって、私のことではなくて、むしろ、青田のことなんですよね。それだけですか」
「いえ、もう聞きたいことは、青田のことだけですよ。あなたの事件のことと、あなたにまつわることは聞いたので、後は青田にかかわることを聞けば、これでおしまいです」
「本当ですね? ……奴はなにかとんでもないことをしでかしたんですか」
 年配の警官はうんうんと唸って、「なんというか、私共も一番説明に困ることなんですよ」と返した。
「答えにくい?」
「もっと複雑なことなんですよ。それも誰かを殺したとかどうとかという単純な話じゃないんです。青田だけの話じゃないんですよ」
「青田だけじゃない?」
「この話は込み合っているんです。その情報集めのためにあなたに青田のことを訪ねたいと思っているのです。まずは順を追って質問していった方がいいでしょう。……ここ最近、青田はおかしなことをいっていませんでしたか。」
 祐介の思い出せる範囲では、事件当日以外で、おかしな様子というのはない。書類の判を貰う以外はあまり会話しないし、そもそもこの二週間ほど碌に会っていないというのもある。

「二週間ほど顔も碌に見てないです。仕事の予定もあまり聞いてないので。部長は外回りとか出張とかばかり言っていた気がしますね。コロナ明けで関連企業や工場とか、クライアントのところに出向くこととかが多かったんじゃないですか」
「二週間ですか? それで、二週間顔を合せなかったと」
「ええ、見てないですね。元からあまり興味はなかったんですが」
 年配の警官は左手で右頬を掻くと、唸り声を上げた。「丁度、二週間だと」とつぶやくと若手警官も「二週間……」と首を縦に揺らして同調した。年配の警官はノートを開くとぱらぱらと中を見だして、考え込み始めた。
「……他の人に聞いたんだけど、この他の人っていうのは、ほかに聴取をした人のことですね。他で聴取をした人は、この二週間、青田という人物の様子がどうやらおかしかったみたいでね。君の前に社内の人に聞き取りしたんですが、どうにも社外に出るついでに登山の準備に明け暮れていたみたいで。社内の人には山に登ると言いふらしまくっていたらしいんです」

 ――登山?
 ふと、あの退職届にことを思い出す。薬物かなにかの影響で全くのでたらめかと思っていたが、本当に目的は登山らしい。

「登山用具の買い込んでいて、更衣室の青田のロッカーには、アウトドア用のジャケットやレインコート、ガスライター、それから本格的なアイゼンやロッククライミング用のザイル、それから携帯用の保存食、フリーズドライなんかもありました。それもでたらめな分量です。アイゼンなんて8足もいらないでしょう? 登山靴も箱にも入れずロッカーの中に投げ入れて、同じものが10足。使用していないロッカーにも大量の登山用品が。君のロッカー、開けっ放しだったけど、そこにも大量の水のボトルが突っ込まれていたよ」

「僕のロッカーにも? 確かにあそこは入社以来使ってませんが」

 警官は聞き取りしていると、青田はどうやらロッカーのマスターキーをもっていたらしく、それを持ったままどこかに行ってしまったらしかった。マスターキーは総務部の金庫に保管されていたはずらしいが、それを青木がずっと持っていたらしい。なんと杜撰な管理だろう。

「うちの部署のロッカールームだったと思いますけど、ほかの人間は青田にそんなことをされて、気が付かなかったんですか」
「うーん、どうにもおたくの部署の人たちはその辺気にも留めてなかったみたいでね。使ってない人ばかりでしたよ。だからというか、これだけ登山用具が貯められていたんだろうね」

 いつ頃かはわからないが、コツコツ登山用品をロッカールームに詰めていたのだろうか。警官はリストを作ったらしい。祐介には捜査に関わるものなので見せてはくれなかったが、ざっくりとロッカー8カ所分らしい。缶詰がビニル袋毎押し込められていた中にレシートが入っていたらしいが、レシートの日付を見ると少なくとも先々週……すなわち二週間前から、詰め込んでいたとみられる、とのことらしい。

「それにしても、いつ詰め込んだのかよくわかりませんね、それだけの分量を」
「他の人も気づいていないみたいなんですがね、どうも深夜から早朝あたりに運び込んでいるのが監視カメラに移っているんですよ。警備員も見かけてそれを知っていたらしいけど、おそらく仕事に使うものだろうと思っていたらしく、監視カメラ見る限り手伝った人もいるみたいだ。アウトドアショップの頑丈なビニル袋にぱんぱんに詰め込んで、仕事用の資材とかサンプル運んでるって思ったらしいんだけど、思い返せば何の資材運んでるのかわからなかった」

「そこまでしてロッカーに? うちのオフィスって13階ですよ」
「そこまでするのがよくわからないですよ。どうも登山にかける熱量は半端じゃないらしい。ここ二週間ほどはロッカールームと外の往復ですよ。熱病的、といってもいい。悪い風邪みたいに急に登山に目覚めている。奥さんと揉めてね、離婚までして、手当たり次第に登山ツアーに申し込んでいるらしい。青田の奥さんの方からも警察に連絡が来ててね、ついでに実家の方を調べさせてもらったんだけど、家のほうでも山のような登山グッズが部屋いっぱいに、それに50件近く登山ツアーに申し込みしているのが分かった」

 話が妙になってきた。最早単なるわいせつ事件ではない。もっと奇妙な事件になっているようだった。
 祐介は困惑とともに、それまでは自分が被害に遭っていたことを心配していただけだったが、青田が何をしているのか心配になってきた。青田はもはやニュースの中で聞くような危険人物だった。

 まるで何かに乗っ取られているかのようである。祐介も女のことになれば、カラダが勝手に動いてしまうこともあったが、青田の様子は尋常ではない。
 思い返せば、ヤツの挙動はなにか知性の部分で異常というか、重大な欠落をきたしているように聞こえてきた。もう、人間らしさをなくしてしまって、ほとんど怪物のように感じられた。

「そこまで登山に入れ込んでたんですか。それにしても50件もツアーに?」
「それも、ここ一週間以内です。高尾山、御岳山、筑波山、鋸山、それから秩父……。定番のツアーばかりで、特に目立ったところはありません。関東の山ばかりですな。それも日帰りで行けるような低山と言えるようなものばか」
「念願の登山という割には随分と普通の山を登りますね。富士山とか日本アルプスとか登るのかと思いましたけど」
「それは私もそう思う」

 年配の警官は観光地の麓のレンタル屋で借りてもいいぐらいの初心者から中級者向けの山ばかりだと説明する。話を聞くとツアーの申し込んだのは1000m以下の低い山ばかりで、ガイド付きで安全な登山道ばかりを登るコースばかりだった。そこまで気合を入れるほどでもない。

「最近は登山ブームらしいですからね。形から入ったんじゃないですか。形から入る人いるじゃないですか」
 若手警官が割り込んできたので、年配の警官は若手警官を鬱陶しそうに見る。若手警官はすぐさまに黙った。

「……それもハイキングとかトレッキングとか軽い登山がね」と、年配の警官が補足した。
「登山がブームなんですか?」
「それは、登山のツアーが最近多く組まれてるんだよ。もうじきGWだからね。それにしても、最近失踪する人も多いんだ。青田の奥さんも昨日に失踪届を出しに来てたんでね」
「失踪、ですか」
「青田の奥さんも迷惑被ったよ。顔なんて真っ赤に腫れちゃってさ」
「もしかして、青田のやつ、奥さんにも何かしでかしたんですか」
「あー、なんというか、奥さんに対してビンタしたらしくてね。これも山に登るだとかなんとかでケンカになってからバーンと顔にね。そっちの方は被害届出してないんだけども、家のお金を持ち出したらしくてね。通帳もハンコも全部持ち出してしまったらしいですよ。奥さん困っちゃっててね」
「まあ、それは災難ですね」
「そのあと、青田とそっくりな人間による暴行事件が何件か。それも、良くわからないんですよ」
「よくわからない?」
「こんな事件が最近多いんです。同時多発的というか、なんというか。青田みたいに暴れている人間は少ないが、これが、なぜかみぃんな山に行くってトラブルを起こして失踪しているんだ。君も調べればすぐにわかると思うから言うと、今月4月の頭あたりから徐々に増えてきて、この一週間で失踪者が191名。大体いつも少しぐらいは徘徊老人や行方不明の学生ってのはいるんだけど、それ以外の残り全員が山に行くって言ったきり身をくらませているんだ。異常事態といってもいい」
「山に?」
「そう、山に。それであちこちに聞いて回っているんだけどね。みんな山に行くっていうので、丁度君にも聞いてみようと考えたけど。当てが外れた、というか、本当に何も知らないみたいだね。山にも興味がなさそうだし」
 祐介は、「ええ、そうです」という他なかった。
「原因はわからないんですか。みんな急に山に登りたくなった、というだけですか?」
「何が原因かさっぱりわからないんだ。なにか、悪徳業者に騙されている風でもないし。カルト宗教じみてるような感じもしたけど、調査していてもそんなの影も形もないしね。この件に関して、捜査本部が作られることになったから、解決はするだろうけどね」
「そうなんですか」
「わしも登山が趣味で、ある程度山に詳しいんだが、捜査本部に招集かけられてね、今週末に捜索に駆り出されるんだよ、なあ」

 年配の警官は若手警官に話しかけると「なんだかんだ自分は楽しみですけどね」と返ってきたので、「おいおい」とあきれた。

「自分も登山好きですからね。……最近はずっと失踪関係で書類と聞き取りばかりでしたから、仕事で外にでるの楽しみなんですよ」
「馬鹿言え、捜索に行くんだぞ。……まあ、俺も憂さ晴らしにはちょうどいいやなって思ってたけどよ」

「失踪した人、本当にみんな山に向かってるんですか? 急に日常をほっぽり出して?」
 祐介は確認した。

「いや、全員そうとは言い切れないけども、そう言い残している人が多いみたいだね」
 年配の警官は手元の書類を揃えながらお手上げという風に首をかしげて、「メディアにも情報を出すなと言っているんだけども、もうそろそろ表に出てくるぐらいになってるんだよ」とこぼした。

「北村さんにも実は青田の失踪は黙っていてほしいけど、ちょっと問題が大きくなってきたからね。もしかしたらメディアが取材に来るかもしれないから、しばらく留意しておいて」
「……あー、はい。わかりました……」
「すみませんね、周りくどいことをしてしまって。最近煮詰まっちゃててね」
 年配の警官は嘆息すると、立ち上がって、祐介に退室を促した。

「本日はどうもありがとうございました。また何かあれば遠慮なく連絡ください。ロッカーにあれだけ登山用品入れてるんだから、青田がもしかしたら会社に現れるかもしれない。注意しておいて。では、聴取はこれでおしまいです。ご協力感謝します」
「いえ、どうも」

 二人の警官は警察署の入り口まで送ってくれた。
 署内は静まり返っていた。出払ってしまったらしい。あのゾンビのような警官もいなくなっていた。
 立ち止まって見遣っているとすぐに出るように、急かされた。
「今日はこれで署を閉めるようなったんですよ」
「そうなんですか?」
 そんなこと聞いたことがなかったが、警察の事情に詳しい訳ではない。そういうこともあるのだろうも思っている。
 祐介はすぐにその場を立ち去ったが、入り口まで送る間、二人の警官が登山用具の話で盛り上がっているのがなんとなく不気味でたまらなかった。最後の去り際、ふと後ろを振り返ると、二人が抱きしめ合っていたので思わず走って逃げた。

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