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藤村シシン『秘密の古代ギリシャ、あるいは古代魔術史』

作者の藤村シシンさんは、高校3年生の時に出会ったアニメ『聖闘士星矢』をきっかけにギリシャ神話に興味をもち、そこから古代ギリシャ史の研究家として、幅広く活躍されています。
本書はデビュー作『古代ギリシャのリアル』に続く著作で、魔術をテーマに古代ギリシャの裏面史を掘り下げる内容となっています。

古代ギリシャといえば、ソクラテス、プラトン、アリストテレスに代表される西洋哲学の礎となった土地であり、アテーナイでは民主主義による政治が行われるなど、合理的で明晰な思考が浸透していたという印象を持ちがちです。

しかし光あるところに闇がある。現代に生きる私たちが、ふとした時におまじないを唱えたり、ゲン担ぎをするように、古代ギリシャの人々も、悪いことを避けるために「宝石魔術」を施した指輪を装着したり(元祖パワーストーン!)、イイ女にモテるために魔法薬を股間に塗ったり、透明人間になるための呪文を唱えたり、快眠するための護符をゲットしていたりしていたのです。本書にはさまざまな呪文が紹介されているのですが、中には「痔を治す呪文」なんていうのもあり、さらには「痔が治ったあと、患者が感謝しない場合の呪文」まであったというのですから面白い。また、各章の終わりに分割して置かれている、魔術師バリーナースの伝記も興味深く読ませます。

こう書いていくと、本書がただ面白おかしいネタを羅列しているだけのように思われるかもしれませんが、さにあらず。ユーモア溢れる筆致でありながら、取り扱っているネタには必ず出典を明記してますし、章の始めには必ず、その章で扱う主題(「呪文」や「呪術」など)の定義を述べるなど、骨格がしっかりしたつくりになっているのです。そして全体を通読すると、「呪文」や「呪術」から「錬金術」を経て科学的な思考の萌芽に至る古代ギリシャの精神史が生き生きと描かれていることに唸らされます。

ニッチな分野を扱った好事家向けの著作かと思いきや、西洋哲学を学ぼうとしている人にも刺激的な知見を与えてくれる本書は、これぞまさに知的エンターテイメントと呼びたい充実した一冊です。

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