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エラ・フランシス・サンダース『翻訳できない世界のことば』

ここでいう「翻訳できない」とは、他の国の言葉では、そのニュアンスをうまく表現できないことを意味します。

聖書によれば、天まで届かんとするバベルの塔を人間が建設し始めたことを見た神が、このような不遜なことを始めたのは人々が同じ言葉を話しているからだと考え、人々を散り散りにして、それぞれが通じない違う言葉を話すようにしたそうですが、ともあれ世界には多様な言語があり、その言語の言葉でしか表現できない多彩な意味の世界が拡がっています。

著者のエラ・フランシス・サンダースは本書の執筆当時まだ20代のイラストレーターでした。世界各国に移り住んだことのある彼女が、その生活の中で触れたり、出会った各国の「翻訳できない」言葉をまとめてささやかだけど美しい書物としてまとめあげました。本書にはそうした世界の言葉の一部が掬い上げられて、温かいタッチのイラストと共に収められています。

取り上げられている言葉の数々は、体系的にまとめられているわけではありませんし、選択の基準も恣意的と思われるので、本格的に異文化の言語の諸相を知りたい、と考えている人にとっては物足りないでしょう。けれども、肩肘張らずに本書を紐解いてみれば、自分の日常の中でうまく表現できずにいた気持ちが他国の言葉で表されているのを知って、ハッとさせられたり、未知の感情が示されている言葉に接して、新たな世界の扉が開いたような気持ちになるでしょう。

また、気ままにページをめくるにつれて、生活の中のささやかな喜びや、自分の時間を大切にする著者の人となりが伝わってくるのも本書の魅力です。
本書で取り上げられている日本語は「ボケっと」「積ん読」「木漏れ日」「わびさび」というユニークな選択がされていますが、これだけでも上で述べた著者のパーソナリティが伝わってくるのでは。

一例として「ボケっと」の項を引用します。
〈BOKETTO  なにも特別なことを考えず、ぼんやりと遠くを見ているときの気持ち。

日本人が、なにも考えないでいることに名前をつけるほど、それを大切にしているのはすてきだと思います。いつもドタバタ忙しいくらしのなかで、あてもなくこころさまよわせるひとときは、最高の気分転換です。〉

さて「積ん読」や「わびさび」はどのようにとらえられているでしょうか。それはぜひ、本書を実際に手に取って確かめてもらえればと思います。

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