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読書感想文:『オパールの炎』

オパールの炎
著者:桐野夏生
出版社:中央公論新社

※若干のネタバレを含むので、ご注意ください※




あらすじ

日本でピルが承認される前の時代、ピル解禁と中絶禁止法改正を掲げ活動していた「塙玲衣子」という女性を追う、実例を元にしたフィクション。中ピ連の榎美沙子をモデルとしているらしい。

「塙玲衣子」本人は登場せず、彼女が代表を務める「ピ解同(ピル解禁同盟)」の元同士、地元の幼馴染み、ピ解同の被害者家族、元夫などへのインタビュー形式で物語は進展し、「塙玲衣子」という人物像がだんだんと浮き彫りになっていく。


タイトル考察

読了後、玉石混淆のレビューや書評を見ていたが、「オパール」について言及されているものがなかった。なぜタイトルに「オパール」が使われているのか気になったので、読書感想文の前に、まずはこの考察を書いていこうと思う。 


なぜ「オパール」?

3章の砂川彰子へのインタビューで、オパールの火という言葉が出てきた。

砂川彰子曰く、「ちらちら燃えているようなものが、オパールの火と呼ばれる」とのこと。晩年の「塙玲衣子」と対面したときにこのオパールのことを思ったと言う。三十年前、一緒にロシア語教室に通いっていた頃の「炎」は消えているように見えたと。そしてオパールは、この後の話には出てこない。

これでタイトルの伏線回収?
唐突なわりに呆気ないな?

とモヤモヤが消えないところから、「塙玲衣子」とオパールの関係について考えはじめた。

砂川彰子のインタビューでも説明されていた遊色効果。オパールに含まれる成分が光に当たることで、様々な色を放つ効果のこと。見る角度によって色合いが変化し、この効果が大きいほど美しいとされ、オパールの価値は高くなる。

いわずもがな「塙玲衣子=オパール」を表しているのだが、本書の内容を踏まえて一番重要なのは「塙玲衣子」に対する評価の違いを、遊色効果になぞらえて表現されていることだと考える。


「塙玲衣子」と遊色効果

色んな関係者へのインタビューから、それぞれ違った側面の「塙玲衣子」像が浮かび上がってくる。

夫への恨みを晴らしてくれた人
家庭を崩壊させた行き過ぎた思想家
権力に揉み消された可哀想な女性

ピ解同として過激な活動していた当時は、男性からは煙たがられ、夫に不倫された女性からは賛同を得て、週刊誌からはイロモノとして面白がられ、一躍脚光を浴び、その名を知らない人は居ないほどだった。

だが、自らが立候補せずに女の党が惨敗してからは、裏切られたと感じた同じ党員の立候補者からも批判の的になり、だんだんと光を失っていき、その後の彼女を知るものは居なくなった。遊色効果が高く需要があったオパールが、その美しい輝きを失い不要のものとされたのだ。

時代や価値観、性別によって変わる「塙玲衣子」への評価を遊色効果に例えて、「オパールの炎」と題しているのだと思う。


感想文

インタビューは終始淡々と進み、大きな展開もなく、「塙玲衣子」の死因が不明瞭なまま物語が終わった。

展開のなさがつまらないと言う人もいるかも知れないが、逆に不気味さを伴うリアリティが感じられ、所々出てくるキーワードが次章へのフックとなってあっという間に読み終えてしまった。話し言葉で書かれているのも読みやすかったポイントだと思う。
死因がわからないことも、センシティブな社会問題を読み手に考えさせるきっかけを作っているのではないだろうか。

科学的な根拠と理論でピル解放と中絶禁止法改正を訴え続けたが、当時の価値観からは逸脱していた。世間から受け入れられないことから、だんだんテロ紛いな活動にエスカレートさせていった彼女は、最終的に社会から排斥されてしまった。その後ピルは解禁されたことにより、ある意味で彼女の主張は間違っていなかったと言える。

現代でも、多様性とはいいつつ人とは違った考えを受け入れられない風潮がある。自分では想像も出来ない突拍子だと思われる考えについて、熟考することもせず拒絶していないだろうか。生きている時代の価値基準だけで善悪を判断し、本質的な問題を見逃していないだろうか。

自分の今までを振り返ると、反対意見に徹底的に反論したり、他部署の方針を知らずに上司と口論になったり、反省しないといけないことが多い。自分の考えと違うどころか、「知らない」と言うことが差別や争いの火種になってしまう。

「塙玲衣子」の過激な行動は度を越えていて倫理的に許されるものではないが、そうなる前に、もしくはこれ以上激化する前に彼女の意見に寄り添うことができれば、もっと違う世界になっていたのかもしれない。

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