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『アニエスの浜辺』ヴァルダの半生を映画で辿る

『アニエスの浜辺』 2009年 
監督:アニエス・ヴァルダ

あらすじ
自らの心象風景である浜辺へやってきたアニエス・ヴァルダ。何やら鏡を並べて不思議な浜辺を作り出す。鏡を眺め、浜辺を眺めながらアニエスの過去の旅へと出発する。

アニエス・ヴァルダという人間
アニエス・ヴァルダはかの高名なヌーヴェル・ヴァーグ時代を代表する女性監督である。
ゴダールやトリュフォーを始めとするフランス人監督と並んで活躍してきたが、特に『ローラ』や『シェルブールの雨傘』のジャック・ドゥミとの親交は深く、本作にも彼との数々のエピソードや、アニエスが彼を撮った時の裏側までが組み込まれているから大変豪華なつくりとなっている。
アニエスのチャームポイントと言えばあのいかにもさらさらとしていそうなマッシュルームカットの髪型であろう。
晩年は紫と白が混じった色でなんとも言えないチャーミングさを光らせていた。
風になびく色とりどりのスカーフやだぼんとした洋服も可愛らしい。

そんな自分の趣味を自由奔放なアイデアに変換させて様々な映画に取り入れてきた彼女は、実は全く映画狂ではなかったらしい。
写真から映画の世界に飛び込んだアニエスだが、25歳の時点で観たことがある映画はなんとせいぜい9本か10本だという。
これまで少なくとも1000,2000本は観てきた私でさえいざ映画を撮ろうとなるとあたふたするのに、彼女はそんな状態でさらっとデビュー作を長編で撮ってしまった。
映画に詳しくないからこそヌーヴェル・ヴァーグの潮流にも乗り遅れることなく、街中で自由に走り回ってカメラを回すことで映画を作るようになる。
ゴダールが『勝手にしやがれ』をヒットさせると、低予算で稼げる映画に味を占めた製作サイドはゴダールに他にも監督を紹介してくれと頼む。
そこで紹介されたのがジャック・ドゥミで、彼が『ローラ』を成功させると、さらに彼にも監督を紹介してくれと頼む。
ジャック・ドゥミはアニエス・ヴァルダを紹介し、そこから彼女の世界への挑戦が始まるわけだ。
挑戦が始まると言っても、その紹介で作った『5時から7時までのクレオ』で早くもカンヌ国際映画祭に参加できてしまうのだから一瞬で世界の映画監督の仲間入りである。
当時の映像や写真も本編には登場するが、やはり映画の歴史を転換した重要な時代であるから、どの監督もオーラが半端じゃない。
ヌーヴェル・ヴァーグ世代ほどの才能がこの先再発掘される(しかも世代として人材の厚みも兼ね備えて)ことはあるのだろうか?

そんなアニエスだが、生涯を通していくつもの映画、写真、芸術作品を発表してきており、最近ではJRとの共同監督で『顔たち、ところどころ』という映画を作った。
人の写真を巨大化して建物に張り付けるという不思議な作品を作りながら旅をするというちょっぴり変な映画ではあるが、とてもほっこりするから観ていただきたい。
実は彼女は去年に惜しまれながらも亡くなってしまった。
今年にはアンナ・カリーナが亡くなってしまったから、もうヌーヴェル・ヴァーグの最後の灯はゴダールが握っていることになる。
ゴダールがこの先何作品をこの世に残してくれるかは分からないが、偉大な時代を築いてくれた監督らとスタッフたちを忘れずにこれからも映画と向き合っていきたいと思わせる『アニエスの浜辺』であった。

そんな金がありゃ映画館に映画を観に行って!