宵、酔い
そんなに飲めないのに、お酒が強いメンバーの楽しそうな輪にまじりたくて、気まぐれで来たサークルの飲み会。
乾杯のかけ声と共に後輩たちが乾杯回りを始めた。先輩全員と乾杯を交わすまで席を移動し続けるのだ。
私は最高学年だったので、同期との乾杯をしたあとはベルトコンベアみたいに回ってくるグラスにカチカチやって過ごした。
飲み会はとても楽しかった。
普段はビールは一杯だけで、あとはアルコールか定かでないジュースみたいなのしか飲まない私が、今日は日本酒やワイン、焼酎に口をつけるので周りは面白がっていろいろ飲ませてくれた。
飲んだことのないお酒が飲みたくて、近くにいた同期とメニューを見ながらふざけていると、ある後輩が耳元で「ちょっとこっち来てください」と言って腕を引いた。
その力は、十分酔っぱらっていてふらつく私を軽々立たせてしまうくらい強かった。
少しびっくりして一瞬酔いが引いた、かに思われたが、それが仲の良い2個下の後輩だったので気が抜けてしまった。
腕を引かれるまま廊下のちょっとしたベンチに座らされた。
「どうしたんすか、今日ちょっと飲みすぎじゃないすか?」
それが少し強めの語気だったので、この子も相当酔っぱらってることが窺えた。
彼は普段、先輩の私にもふざけてからかってくるような生意気なお調子者なのだ。
「いいじゃん、たまにはー…」
そう言って背中の障子にもたれかかろうとして傾けた体は、ガタンと大きな音を立ててベンチの装飾の竹細工にぶつかった。
「ほら、もうー、飲みすぎですって」
倒れた体を起こそうと後輩が手を引く。
普段とは違う真剣な顔が面白くて、いつもの仕返しにからかいたくなってしまった。
引かれた手を逆にこちらに強く引くと、後輩は簡単に私のほうに倒れてきた。
「なんだ、そっちも酔っぱらいじゃん」
至近距離の後輩ににやりと笑いかける。
が、彼は笑わない。
「先輩」
「なに」
真剣な顔のまま私を見てくる。
その見慣れない真剣な顔を見ているうちに、気づいたらこちらから唇を重ねていた。
彼は少し目を見開いたあと、目をつぶりこちらの唇を舐めてきた。
私も目をつぶり僅かに唇を開く。
途端にねじ込まれた舌に口内を蹂躙され、必死に舌に舌を這わせる。
舌を唇で挟むように吸われ離れたと思えば今度は歯をなぞり離れ、また舌同士を絡ませる。
どれくらいそうしていただろうか。
彼の顔が離れる頃にはお互いに息が上がっていた。
高揚した顔の彼を見て、彼の両頬に手をやりまた口付けた。
誰に見られてもおかしくなかった。
障子を隔てて向こう側にはサークルのメンバーがいて、さらに言うと3メートルくらい先の障子は開いたままだったし。
なのに、お互いの恋人のことなど1ミリも脳内をよぎらなかった。あ、少なくとも私に関しては。
満足して彼の両頬から手を離すと、途端に彼は身を引いた。
真剣さを通り越してもはや少し怖い顔で、すっと立った彼に見下ろされる形になる。
「めちゃ酒くさいすよ」
低い声だった。
そっちもあんなに盛り上がってキスしてきたくせに、軽蔑するような言い方に聞こえた。
彼はそのままどこかに行ってしまって、私も追いかける気は起きなくて、そこで余韻に浸りながらぼうっとするしかなかった。
今更ながら障子越しの騒がしさを感じていた。
その後やってきた同期や後輩と何事もなかったかのように騒いでいると、廊下の向こうで他の先輩とふざけている彼が目に入った。
いつも通りの彼にほっとした。
さっきの彼は少し怖かった。
彼がなにを考えているかわからない。
飲み会がお開きになったとき、彼の姿を探したがもういなかった。
私はいつもよりは明らかに飲みすぎていたけれど、意識もしっかりしていて、なんだこんなもんか、と思っていた。
彼とのことがなければなんてことない飲み会だった。
「大丈夫?今日は飛ばしてたね」
声をかけてきたのは同じサークルにいる恋人。
普段通りだし、たぶん大丈夫そう。
他のメンバーに手を振り、その日は恋人の家に帰った。
その日から、あの後輩は話しかけてこなくなった。
目は合うのにあからさまにすぐ逸らされる。
酔いが醒めて少し罪悪感があった私も、わざわざ話しかけることをしなかった。
彼とはそれっきりだ。