新規事業の「はじめの一歩」 初期リサーチの進め方
こんにちは。SOMPO Digital Labでサービスデザイナーを務めている服部と申します。
私は便宜上「サービスデザイナー」と名乗っていますが、組織によって「サービスデザイナー」に与えられる役割や実施する業務が変わってくるかと思います。中でもビジネス担当の人と分担があいまいになるのが、新しい事業やサービスを考える初期段階での「リサーチ」。まだ世の中にない事業やサービスを考える上で、何かを調べることで得られる示唆は貴重な一方、最初の段階ゆえに「そんなに費用や時間をかけるわけにはいかない」「専門領域ではないので、何から始めていいわかわからない」など悩みはつきものです。
今回はそんな事業やサービス初期段階における「リサーチ」の始め方やTipsについて、私の考えを紹介できればと思います。
まず抑えたいのは「市場規模」
企業に所属してお給料をもらっている以上、新しく始めたサービスが成功するかどうかは非常に重要です。これは「出世したい」「お金がもっとほしい」などというスケベ心の有無を問うているのではなく、企業人というのは組織に貢献し、社会に貢献すべしという大前提があると(少なくとも私は)思っているからです。
そして、多くの場合では”成功”は売上や利益、利用人数などで測られることが多いです。これも評価は避けられないことだと思っています。それゆえに初期段階では「どれだけの売上が見込めそうか」を弾き出すことが優先すべき、というのが私の考えです。自分自身の襟を正す意味でも「そこから目を背けてはいけない」と記載しておきたいと思います。
ではどういったやり方をすれば良いかということになりますが、手法はさまざまですし、それぞれのアプローチに優劣は個人的にはないと思っています。よく利用される手法は「TAM/SAM/SOM」でしょうか。私もよく忘れてしまうので、メモ代わりにそれぞれの説明を書いておきます。
こういった数字を集めた上で、新しく始める事業・サービスで目指す市場やシェアを計算しておく必要があります。
また「市場の成長性」も非常に重要な観点です。著名なベンチャーキャピタルであるYコンビネーターは投資先の選定ポイントとして、ターゲット市場が「成長性が年間20%以上」であることに着目していると言われています。少子高齢化が進む日本であれば若年層に訴えるサービスはターゲットユーザーが先細り、シニア層は今後拡大することが予想されます。
もちろん可処分所得など細かな係数については考慮する必要がありますが、多くのユーザーがいる市場を狙うことは事業やサービス立案においては重要です。事業やサービスの「誰がユーザーなのか」を考えるときに、合わせて「どれくらいのユーザーがいるのか」を考えていくと良いのではないでしょうか。
ここで注意したいのが、それぞれの数値が大きければ大きいほど良いわけではないことです。もちろん市場の数値を把握することは大事ですが、新たな事業にはピボットが付き物ですし、毛色の違うサービスが登場することで市場が拡大することもあります。それだけ、この段階では「市場規模」はあいまいであるがゆえに、大きな目論見をすることでステークホルダーの期待感を煽ることは、間違った方向に議論を導くことになりかねません。それゆえに適正な規模を見定められるよう注意を払いつつ、事業やサービスとして成立可能な最低限の規模を満たしているかどうかを探りましょう。
競合は誰?という簡単なようで、難しい問い
次に把握しておきたいのは「競合企業」です。とくに企業の「中の人」である場合は、常に「競合は誰?」「競争優位性はどこにある?」と問われることと思います。この問いは既存事業であれば回答が簡単です。例えばSOMPOグループの多くは保険を取り扱うため、損害保険であればA社、生命保険であればB社とすぐに名前が上がることでしょう。
一方で新たに始める事業やサービスで同様に回答することは簡単でしょうか。私の経験では「一筋縄ではいかない」というのが実感です。
多くの場合、新たに始めようとするビジネスは「他の企業がやっていない」ことや物への挑戦になると思います。そうなると、そもそも競合が存在しないことも多々あります。もし競合が存在するようであれば、そもそも「その事業ってやる意味あるの?」と振り出しに戻ることも。この段階で右往左往してしまう企業の担当者を、私も何度も見てきました(遠い目
現時点で私にも「これだ!」という回答はありません。ただし、競合に過敏に反応するよりは、お客さまとなる「ユーザー」に、まずは目を向けましょうというのが私の中での答えの一つだと考えています。米AppleでiPodやiPhoneといった革命的な製品を世に送り込んだスティーブ・ジョブズは下記のような言葉を残しています。
私も会社の会議で、大勢の人の前で言ってみたいです。
もちろん多くの人間がジョブズのようなカリスマ性を持つことはできません。ただ「ユーザーにフォーカスしよう」という考えは、人間中心設計やデザイン思考という枠を超え、一般的に広がりつつあります。まずは競合よりも「誰が」「どういう時に」「どうやって」使うかを考えていきましょう。
とはいえ理想と現実の差に苦しむ方も多いと思います。私はTipsとして下記のようなことを実際に行ったり、意識したりしています。即効性のある処方箋にはなりませんが、ご参考にしていただけると幸いです。
このように、難解な「問い」であるからこそ、一定の答え(のようなもの)を提示することで、周囲の同意を得ていくことが良いのではないかと考えます。
ユーザーの声に耳を傾ける前に、準備が必要
市場や競合を調べたところで、忘れてはいけないのは「ユーザーの声」です。中には「真っ先にユーザーの声を集めるべし」と考える方もいるでしょう。私もユーザーの声の大切さについては、十分に理解しています。ただしプロジェクトの初期段階ではむやみにユーザー調査を行うことは必ずしもオススメはできません。
なぜ、ユーザーの声を集めることに注意が必要なのか。デザインリサーチの領域では氷山の画像を用いて「ユーザー自身は自身の要求や要望のほとんどを詳細に理解し、具体的な表現で説明することは難しい」という教訓を例とすることがあります。
消費者の多くは「自身が理解している」問題に関しては比較的、自身の感じている・考えているニーズを説明することもできます。一方で未知の話については想像を働かせながら、自分自身の考えを手探りで答えることになります。新しいサービスの多くは「未知」の領域であることを考えれば、集める回答の多くに確度を求めることは難しいでしょう。探索するようにニーズを探していくことはできますが、あくまでも「答え」を見つけるためでなく「問いそのもの」を探しに行くということを理解して行う必要があります。
それではリサーチを始める前に、どういったことを考慮すれば良いでしょうか。準備のステップとして、下記のように考えています。
1つめのステップでは、知りたいことの種類を意識するのが良いでしょう。知りたいことが「すでに世の中にある情報(だが自分は知らない)」場合は、デスクトップリサーチで定量・定性情報を集めましょう。統計や各種機関の調査データが参考になります。「まだ世の中にない情報」や「ユーザーが潜在的に感じていること」のように、まだ明文化されてない情報は、自身でさまざまなリサーチ手法を用いて探す必要があります。
2つめのステップでは、最初のステップで定めた目的に合わせて調査手法を検討します。この時に考慮しなければいけないのは時間軸です。
調査は丁寧に行うほど、時間がかかります。また「季節性があるので時期を待たなければならない」など、制約が発生することもあります。一方で初期段階の調査には、あまり時間の余裕がないことも事実。与えられた期間に合わせて、より適切かつ実現可能な手法を選択する必要があります。工数の計算と、期待されるアウトプットのバランスには注意を払いましょう。
最後のステップとして、実際に調査を開始する前に、その調査を行うことで「次のステップとして、何が起きるか」も検討しておきましょう。調査内容を踏まえて次のアクションに移ることは当然ですが、調査内容をすべて待つ必要は必ずしもないと私は考えます。予想される答えを何択かは持ち、工程間で時間がかかってしまうことは避けましょう。
テクノロジーのキャッチアップ
最後に抑えておきたいのは、事業やサービスにまつわる技術の現在・未来の動向です。
Chat GPTに代表されるように、近年のテクノロジーの発展は目覚ましく、短いスパンで過去の常識は捨て去られていきます。そういった技術の動向を把握し、予想して動くことを忘れてはいけません。ニュースにくまなく目を光らせる必要まではないかもしれませんが、アンテナを張っておくことは忘れないようにしましょう。
まとめ
ここまでの記事を読んで「特効薬はないのか」とガッカリした方もいるかもしれません。私自身もわかりやすい答えを求めた時期もありましたが「苦しくても正攻法で挑む」が正解ではないかと、最近では考えることが増えました。これは体の健康を保つことにも似ています。まずは食事内容をバランスよくし、適度な運動を行うことが健康への第一歩で、最高の成功パターンです(※余談ですが私はここ半年で15キログラムの減量に成功しました。特別な薬でなく、日ごろの節制の賜物です)。
新しいサービスを生み出すためには、その場しのぎではなく総合的な力が必要。そのためにも創出するプロセス自体を、より細かく吟味・把握して、ベストではなくてもベターな手が打てる努力を続けることが大事になるでしょう。