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転石苔むさず、その2。

前回より、続き。


「そうっすよ、Mさん。仲良しっすよ、間違いなく超仲良し」
「そうかなぁ、、、」と言いながら、店内に飾られた無数のレコードジャケットをしげしげと眺め、やはり合点がいってないようなMさんに訊いてみた。
「じゃあ、Mさんはどうして『友達みたいな親子』を否定するんですか?」



ファミレスでメニューひとつ決める時も、それまでの母なら「何にするか決めたの?早く決めなさい。決めたら、自分で言いなさいね」と、どこか叱られているような感じだったけど、「ねぇねぇ、二人は何にするの?もう決めちゃったの?母さん、イタリアンハンバーグにしようか、若鶏の唐揚げ御膳にしようか、迷ってるのよ。ねぇ、どっちがいいと思う?あ、シーザーサラダ食べたくない?二人が食べてくれるなら、ラージサイズを頼んじゃおうかな?どう?どうする?」と言ったりした。ボクら子供たちに合わせて無理にはしゃいでいる、って感じじゃなくて、素直に楽しんでるみたいだった。休日、親に内緒で同級生とだけで外食をしているような、少し悪い事を一緒にしている共犯者同士の絆を確かめるような、そんなワクワクした気持ちを隠さずに出してたみたいに。確かにあの二年間の母とボクら姉弟は、それまでよりも親密な関係になったような気持ちだったけど、それは「友達みたいな親子」だったと呼ぶのかな?


「うぅぅん、何故だろう?考えたことはないんだけども、、、」とMさんは言い、少し考えた様子で、しばらく沈黙してから一言。



「『友達みたいな親子』って、なんだか気持ち悪いから」



Kさんもボクも返す言葉に詰まり、一瞬黙ってしまった。


でも、ボクはその一言で色んなことに合点がいった。腑に落ちた、という表現がピッタリなほど、ボクのカラダの端々に滲みていった。
確かに母とより親密になったような気持ちの、あの二年間はボクには楽しい時間だったはずなんだ。特に同性だった姉は、色んな好みが近かった母とよく連れ立って買い物に出かけたり、洋服の貸し借りや化粧品の貸し借りまでしてたんじゃないかと思う。テレビドラマや男性アイドルの話題で二人が大声で笑ったりして、ボクが爺ちゃんと一緒に観ていたテレビの時代劇の音声が聞こえないことも珍しいことじゃなかった。そんな二人を爺ちゃんは「なんだか、かしましいのぅ」と嬉しそうに呟き、婆ちゃんは「いいねぇ。マキコはアーちゃんと友達みたいに仲良しで」と、とても眩しそうに眺めてたなぁ、と思い出す。
でも、ボクは何だか少し嫌だった。一人だけ時間が逆戻りして、どんどんと若返っていくような母を見るのが、なぜだか嫌だった。姉ちゃんと一緒の香りがする髪の毛も、姉ちゃんとイヤホンを片耳づつ分け合って音楽を聴いている姿も、姉ちゃんと同じようなイントネーションになってきた話し方も嫌だった。楽しそうに笑っている母と姉ちゃんを見るのは、爺ちゃん婆ちゃん同様、ボクにも嬉しい光景だったはずなのに、なんでそれが、日々活き活きしていく母を見るのが嫌なんだろう?、と毎日、心のどこか片隅で落ち着かない気持ちで見ていた。
ある日、学校から帰ったら珍しく姉のが早く帰ってきていたのか、冷蔵庫の中を覗いていた。「お姉ちゃーん」と声をかけて振り向いたのが母だった時、ボクは思わず言ってしまった。


「お母さん、なんか気持ち悪いよ」


そっか、なるほど。

音楽に詳しくなく、洋服にも、ほぼ無頓着。アイドルの名前も顔も知らないし、ましてやSNSとは無縁で、娘との関係は可もなく不可もなくという自覚でも、何も後ろめたさを感じない。自分のペースでコロコロコロコロと転がっているような生活。でも、それは流されてるんじゃなくて、自分で決めて流れてるんだな、って。

さっきのMさんの一言で固まりかけた雰囲気はなかったかのようにKさんは、その後も「ロック」についてボクとMさんに色々と語ってくれた。俺にとってローリング・ストーンズがビートルズよりもロックである理由。権威との闘いこそがロックだと言い切る理由。自分が会社内で変えようとしている体制や、だからお前はロックじゃないんだとボクを叱咤し、Mさんもそれじゃダメっすよ、もっとロックに考えないと老けちゃいますよ!と、全てをロックか、そうでないかで切っていくKさんはとても誇らし気で楽しそうで、ボクよりもボクら世代の色んなことに詳しいKさんはカッコいいかもな、と矢沢永吉みたいに見えてきた。
そっか、これがロックなのかも。矢沢永吉に見えるんだから、これがロックかもしれない。
手元に置かれたおしぼりを投げ上げて「アー、ハー!」って言ったら怒られるかな?と少し思ったりもした。

「じゃあ、モモクロはロックですよね?今までのアイドルという概念や体制に反抗してません?」と訊くボクに、
「モモクロ?あの子たちはロックじゃないよ。アイドルは何やってもアイドル。可愛いという時点でロックじゃない。俺、百田の顔は好きだけどねー」
「じゃあ、スティーブ・ジョブズは?」
「ジョブズは、もちろんロックでしょ!Macが出てきた時も、ジョブズがアップルを追い出された時にも『おー!ロックじゃん!』って思ったね。そう思うでしょ?でもさ、アップルコンピュータがアップルって名前に変わった時、アップルは死んだねー。Macユーザーなら判るよね?」
「いや、まぁ、なんとなく判るような、、、判らないような、、、スイマセン、判りません」
「ジョブズのロックさが判らないようじゃ、Macユーザー失格だよー!ジョブズもあの世で怒ってるよー、『オメェに差させるUSBはねぇ!』ってね!あはははは!あはははは!俺、今いいこと言った!あはははは!」
「そんなら、ビル・ゲイツはロックですか?」
ほんの少しだけど、イラっとした気持ちが語気に出ちゃったかも?と、一瞬不安になったけどKさんは、これといって顔色もを変えずに、
「ビル・ゲイツはロックじゃないよ。マイクロソフトはロックじゃない。体制への反抗も思想もない、便利だと謳うだけのソフトはツールとしても、企業としてもロックじゃないよ。ロックじゃないし、ロクでもない。あはははは!俺、またいいこと言った!あははははー!」

そっか。
「Mさんは、どう思います?モモクロとかスティーブ・ジョブズとか」
「申し訳ない。色々判らないから訊きたいんだけども、そもそも僕が使っているDELLのパソコンって、どっちなの?アップルなの?モモクロソフトなの?」
と、訊き返すMさんは真面目そのものだった。

隣ではKさんが、BGMの「レイラ」に合わせて、長髪を乱しながらギターを弾く真似をしていた。KさんはKさんの意志で転がり続けてるんだろうな。石みたいな意志で。
どちらのオジサンも、なんだかカッコいいな、と思えた。

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