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転石苔むさず、その1。

「ロン・ウッドが入ってからのストーンズはロックじゃないね。ブライアン・ジョーンズが死んだ時、ストーンズも一緒に死んだねー」
入り口に『ロック居酒屋 HEAVY GAUGE」と書かれた看板を掲げ、BGMのOASISがそこそこ大きめの音量で流れる西麻布のお店で、ロッド・スチュアートみたいな長髪のオジサンが定義するロックって何だろう?


「そんなの決まってるよ。『体制への反抗』だよ。それがロックじゃん」


そっか、なるほど。

「Kくんが言うなら、それがロックなんだろうね」
と、スチュアートオジサンを「Kくん」と呼ぶ、白髪混じりの「Mさん」は、ロックって何だと考えているんだろうか?


「僕は、そこまで音楽に詳しいわけじゃないからなぁ。そもそも、ロックと呼ばれる音楽は、それほど聴いてない方じゃないかな」


そうなんですね。


「うん。Kくんみたいに恵まれた環境じゃなかったから、学生時代はずっとアルバイトに没頭してて大学にもほとんど出席してなかったし、レコードとか洋服とか、そういう趣味に使えるお金も時間もなかったからね。とにかく時給の高い業種ばかり探してて、まぁ、あんまり他人様に言えないような、ね」


そうなんだ、Mさん。


「え?Mさん、そうなんですか?そういや初めて聞いたかも、Mさんのそういう話。でも、その割には音楽も洋服とかも、けっこう新しいの知ってるじゃないすか」
「そうかなぁ?何が新しいのかさえも知らないけどね。今のアイドルは誰一人として名前も顔も判らないんだよ。それにKくんみたいにオシャレじゃないから流行も知らないし。音楽にしたってKくんみたいにプロミュージシャンが友達に居るわけでもないし、自分では別にこれといった主張があって洋服を選んだり、音楽を聴いたりしてきたわけじゃないから、、、ホントによく判ってないと思うよ」


確かに、そう語るMさんはKさんの服装に比べれば、お世辞にも高そうなブランドものではなさそうだし、こだわりとは無縁そうな出で立ちだ。何と言ったっけかな?そういう、服装に無頓着な人のこと、、、、
でも、何だろう?
言葉では上手く表せないんだけども、ボクが初めてMさんに会った時から何となく感じている「ノンジャンル感」というか、「浮世離れ感」というか。生活感は見えないのに、やたら現実味がある空気感とボクには見えない確かな答えを持ってるような佇まいは、、、


「でもMさん。ほら、この前の取締役たちとの食事会の時、あの話題のコラボ着てたじゃないすか。あれ、わざわざ並ばないと買えなかったでしょ?」
「ん?何だろう、それ?僕、そんなもの着てたかな?」
「着てたじゃないすか、もう。ほら、あのセーターですよ。メゾンブランドがファストファッションとコラボして話題になった」
「え?あのセーターは、そういうものなの?そんな苦労をしないと手に入らないものだったの?それは知らなかったなぁ、、、、じゃあ、後で娘にお礼言っとかなきゃいけないかな。でも、『高くないから、全然心配しないで』って、娘は笑ってたよ?」


詳しく知りたい箇所が、いくつもあるんだけど、ここは一旦流そうと思う。


「え?Mさん、知らないでアレ着てたんすか!?なんかロックっすね、スゲぇな、それ」
「そうなの?そういうのがロックなの?じゃあ、ロックだね。なんだか嬉しいなぁ、Kくんにそう言われると」
と言いながら、Mさんはニコニコしている。


「でも、そもそもコラボとかが、」
と言いかけたMさんに


「自分もアレ、同じの持ってるんすよ。あのブランドのプレスが知り合いっていう友達が一人いたんで、頼んでおいたら発売日に手に入りました。オシャレな子たちが驚いてましたよ。『Kさん、ソレってアレじゃないすか!?超欲しかったヤツだわ、それイイっすね!』って。インスタでもいいねが40超えましたからねー。自分じゃ別に動いてないっすけどね。LINEで頼んだだけなんで、移動距離も待ち時間もゼロっすよ!」
「それは凄いね。さすがKくん、顔が広い。羨ましいなぁ」


と答えるMさんは、本当に羨ましそうにKさんを見ている。
その顔を見ていたら、小学生の時、お金持ちの家のユウマが買ってもらった最新ミニ四駆をキラキラする目で見ていたタダアキを思い出した。
そういえば最近、地元の友達から聞いた話だと、実家の鮮魚問屋を継いだタダアキは事業を拡大して、かなり成功しているみたいだった。
「ベントレーのSUVに乗っててさぁ」と、その友達は電話の向こうで羨ましがっていた。
「タダアキのインスタ見たら、クルマと写ってるポストに200以上いいねが付いてたぞ」

そっか、なるほど。

電話を切った後、そのクルマを検索したら2000万円くらいして驚いた記憶はあるが、もうすでにボクはそのクルマの名前を忘れちゃってる。
あの時、ユウマが自慢していたミニ四駆の名前も思い出せないや。
タダアキのインスタはアカウントを知らないなぁ。


「いやいや、Mさんの方が羨ましいっすよ。そんな、今どき、娘さんがわざわざオヤジのために並んでまで洋服なんか買わないっすよ。うん、並ばない。つうか、買わない。つうか、喋らないっしょ。超仲良し親子じゃないっすか。いいなー、そういうの憧れるっすよ。『友達みたいな親子』ってスタイル」
「いやぁ、僕と娘は決して特別仲良しの親子ではないし、ましてや『友達みたいな親子』ではないよ」

照れ臭いのかな?そう、やんわりとそう否定するMさんは笑っているのか、困っているのか、ボクには判らない表情だった。


「そうっすかー?超仲良しだよね?どう思う?Mさんとこ、超仲良しだよね?」
「そうですねー。仲良しの親子だと思いますけどもー」
「だよね?仲良しだよね。『友達みたいな親子』だよねー?」
「少なくとも『仲良しです』とツイートできるかもしれませんねー」
「え?仲良しです、ってツイートするの?ウケる。それ、いいわー。ウケる」



当時、小学二年生のボクと7歳年上の姉ちゃんと母の三人は、両親の不仲がボクら子供の目にも判るようになってから離婚が決まるまでの期間、いわゆる「離婚調停中」の約二年間は、割と近くに住んでいた母の実家で暮らしてた。その二年間、母はそれまでの「母親」というポジションを忘れ、なんだか「同級生」と思えるような雰囲気だったなぁ、とぼんやり思い出した。


つづく

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