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地方広告 キャリアの自殺(後編)

(前回より続きます)

秋の気持ちのいい日曜日に休日出勤している…と言えば、広告業界です。

その日の仕事も4時ごろに終わって、あとは帰るだけ。上司のTさんと話していた時でした。「結婚の話は進んでるの?」と聞かれ、「進めてはいるんですが…」と相変わらずの歯切れの悪さで答える私。

「毎日通勤電車から神戸岡本や西宮の景色を眺めると、香川の坂出駅から見る電車の風景と全然違う。この景色に本当に慣れるのかな…と、まだ不安に思っています」。Tさんも高松出張が多く、車窓の風景はよくご存じでした。

「オカダ、行ったら?」

Tさんはいつもの真剣な顔で、私に向き合って言いました。

「仕事はこれからもいっぱいあるけど、結婚したいと思えるような人は1人しかいない。いまはインターネットもあるし、これからはどこでも仕事ができるようになっていく。」

「そんなに仕事が不安なら、うちの仕事をしてもらってもいいんだから。だから心配しないで行きなさい。」

そしてTさんは、それから私が退職するまで、

「高松の印刷会社の人に会った。広告も作っているって言ってたよ。仕事があるかもしれないから、香川に行ってから連絡取ってみたら?」と名刺をコピーしてくれたり。

高松のお客様に「オカダは香川に行きますんで」と売り込んでくれたり。

岡山県牛窓町(当時)の観光パンフレットの仕事を、「岡山も香川に近いから、この仕事してみない?香川に行っても『岡山の行政の仕事をしていました』って言えると、就職活動で有利なんじゃない?」と決めてきてくれたりしました。

この景色の中で暮らす

観光パンフレット制作では、アートディレクターの社長、カメラマンさん、ディレクターさんと一緒に泊りがけで、町役場の人の案内のもと「しおまち」と呼ばれる牛窓町を取材しました。

冬の始まりの澄んだ光の中、瀬戸内の海辺特有の黒く焼いた杉板を貼ってある家と家のあいだに、ふっと真っ青な海と空がのぞく。そんな日本の原風景のような景色をハッとする気持ちで見ていました。

「ほら、あれは豊島。あれは小豆島」と地元の方が指さす方向を見ながら、ああ、私はあっち側に行くのだ、この景色の中で暮らすのだ、と徐々に決心がついていきました。

当時お仕事をしていた香川のクライアントさんや香川出身のクライアントさんは、私が香川にヨメにいくことをとても歓迎してくださいました。香川県の西の地域ならではの嫁入りの風習を面白おかしく話してくれたり、結婚準備で「こ、この風習は必要なのでしょうか・・・」と何も知らない私に「絶対にやっといたほうがいいよ」とキモを教えてくれるのでした。

「仕事はこれからもたくさんあるけど、結婚したい人は1人」という言葉と、その後手厚く「香川で仕事をする道」をつけていただいたことに力をもらい、私はそれまでとは違う片道切符を買い、高松にやってきました。18年前の春のことでした。

Tさんの言った通りになった

この18年の間、仕事はたくさんやってきました。そして今やインターネットで、本当にどこでも仕事ができるようになりました。当時のTさんの慧眼に驚きます。
18年前の「田舎に行くなんてどうするの?」という風潮は、今や「田舎こそクリエイティブに生きられる場所」と、価値が逆転しています。

しかし18年前。メデタシメデタシ。とならないのが現実です。
「キャリアの自殺」は自殺じゃなかったと気づくまで、まだまだ何年も必要でした。

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次回は・・・
香川に来て恥ずかしいほど分かった、東京・大阪の広告との決定的な違いを書きたいと思います。

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