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小噺 男と女、カレーライス

ある日の木曜日の深夜1時、15年前の小学校の同級生から突然、

「今何してる?」

とLINEが来た。

突然と言ってもそれまでちょくちょくやりとりをしていて、未だ地元に住んでいる人間も数少ない中で今度飲もうよ、と何度も言っては実現できずにいたので、別に特別な意味もそこにはないのだが、

ひとしきり社会に使い倒された身体を引きずっていた平日の深夜には、不意をつかれた出来事だった。

「今風呂から出て髪乾かしてるw」

なんなら掃除しようと思ってバスマジックリンを付け置いているところだったので、必要最低限の布だけ纏い、癖毛の髪(本当に酷い)も相まって山姥とも形容し難い、とてもすぐ出ていける格好ではない。

しかしその日、次の日が梅雨明けとはつゆ知らず、久々に終日晴れた日だった。
平日と雨に溜まった鬱憤を晴らすべく、1杯だけならと「全然行けるよ!」と返したところでふと我に帰り、かかってきた電話で人に戻るのに時間を要する旨を伝えた。

「私癖毛なんだよね」

「うん、知ってる。別によくね?」

人に戻る工程があることすら知らない現在の友人に比べ、小学校の友人とはなんと気楽なのだろうか。

15分で辛うじて出ていけるおなじみのサマソニのTシャツを着て、一応大人なので髪を整え、深夜の外気を吸いに出た。

夏の湿った空気と深夜に満ちている潮の香りで、ああ海沿いなのだな、ここは、と何度目かの住んでいる場所の確認をして、自分を確かめていると、電話の相手が、こちらもまた似たような格好で暗闇と鈴虫の声を背景に、サンダルを鳴かせながらやってきた。

そして我々は海沿いの、割と最近に出来た公園の屋根付きベンチに腰掛け、昨今の情勢もあって誰もいないことを確認してから静かに缶ビールを開けた。

「で、どうよ、新居は」

最近、同じ地元内で一人暮らしを始めた。

「いやーなんかやたら工事が多くて、仕事に支障が出てて困っててさ、、」

本当に工事が多くて困っているのである。芝刈り、空き部屋の工事、インターネット遮断、水道遮断、、、。

そんなどうでもいい話をして、15年の空白の月日を埋めようとしていたが、次第に不可能なことに気づき、ただたわいもない話をすることでお互いの本質は変わっていないことを無意識に確認していた。

そして、しばらくすると(気がついたら午前3時だったが)恋愛の話になるのは人間の性なのだろう。

「、、、でさ、もうそろそろ彼女いなくて2年ぐらいになるんだけどさ、俺、思ったんだよね」

「2年か、、、(私なんか6年いないぜ、、と謎のマウントを心の中で取りつつ)」

「もうね、感覚が合わないんだよ、全てが矛盾してるの」

「そもそも価値観違うしね、、、わかる、、」

「男なんて、女が本気で好き好きってアプローチしたら絶対落とせるんだよ、刷り込みで。本気でってのは、もう自分を捨てて完全に相手の好みに合わせるとか、本当に全力でやったらね。でも、そうでもしないと絶対に追いつかないんだよ。男は好きになって出来たらゴールだけど、女は出来てからがスタートだから。永遠に噛み合わないの。どちらかが妥協しない限り。もう、そしたら疲れちゃって。」

通説と言えばそうなのだが、これを聞いた時、猛烈に響いた。

そりゃあこの矛盾が解消できない限り、あの子も浮気するし、あの先輩も不倫するし、付き合ってしばらくしたら彼氏は冷たくなるし、こちらは時間が経てば経つほど情が芽生えてくるわけだ。あの人に限らず、どんな人も同じではないか。

どうして、同じきっかけで、同じ景色を見て、同じ時間を過ごして来たのに、出来上がって昇華した物がこんなに異なるのだろうか。

「そこを乗り越えるのが本当の愛なのかなとも思うけど、そんなの実現できる人ってどのぐらいいるんだろうね」

「妥協、無償の愛、、、」

「もう生物学上、しょうがないんじゃない?お腹が空いたらご飯を食べる、トイレに行く、眠いから寝る、と一緒で男性にしかない条件なだけで」

「そしたら女性にしかない条件は感情が豊かとかになるのかな、、子供育てるのに必要だし、、、複雑。」

「もう少なくとも男は全員単純だよ、、とか言っちゃうと愛なんて存在しなくて、それも矛盾だから確かな物が何もないね、、苦笑」

確かな物は何もない、か、、、としみじみしていたら、ふと見てみると時刻は午前4時だった。向かいのマンションの灯りがついていたので、完全に油断していた。

今日も社会の歯車となるべく、9時から会議だったので、寝た後脳を起こすためのバッファを見ても3時間しか寝れないじゃないか、、!

「うわーーーこんな時間まで灯りつけてみんな何やってんのかな、仕事??」

先程まで湿気が凄かったせいか、折角整えた髪の毛は完全に元の癖毛に戻ってしまったのだが、微かにひんやりした風が腕を掠めたので、この時期は夜と朝の境の1時間だけ夏ではない季節を感じることができることを学んだ。

「さむ、、そろそろ帰ろか、明日仕事だし。今日だけどw」

「あれ、今日金曜日じゃなかった?」

「いや、昨日木曜日、今金曜日」

「うわーーーまじかごめん、次の日休みだと思ってた」

なんでやねん!!別にいいけど!!と心の中でツッコミを入れながら、うっすら明るくなる空に「寝れなくなるからまだ暗いままでいて、、、!!」と懇願しながら帰っていったのであった。


午前4時、家に着き、この深夜の、静けさの中でした会話をずっと反芻していた。

流石にお腹が空いてしまい、どうせ3時間寝た後には何も食べれないだろうから、と冷蔵庫にあったカレーを温めることにし、ふと思い出した。

あの、小学校の校外学習で作ったカレー、本当に美味しかった。
あの、中学校で食べた調理実習のカレー、誰か布巾燃やしてたけど、焦げ臭くてそれも美味しかったな、、。

作る材料、工程が一緒なのに、なぜこんなにもそれぞれに思い出があり、記憶している味も異なるのだろうか。

今と言えば、仕事に追われた自分のために作ったカレーを自分のために温めていて、それはそれで美味しいのだが、所詮お腹が空いたから食べているだけでしかなく、それが続くと虚しくなるのである。

きっと時間が経ってからの、記憶が育ってからのカレーの方が美味しいのだと思い、
所詮、私も女なのだな、と思った。

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