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温泉ライターが本気で推す温泉本#5『秘湯、珍湯、怪湯を行く!』

温泉の沼にハマり、湯めぐりを始めてから20年。その間、数多くの先人たちの書籍から温泉について学んできた。

そこで、私がこれまで読んできた温泉関連書籍の中から、特に影響を受けてきた本を紹介していきたい。

第5回は、郡司勇著『秘湯、珍湯、怪湯を行く!―温泉チャンピオン6000湯の軌跡』(角川書店)。

郡司勇さんは、温泉界のレジェンドの一人、まさに「生きる伝説」である。

まず、その圧倒的な温泉入浴数。現在、その数は7500に及ぶ。おそらく日本一の入浴数だろう。

私の入浴数は3600超で、かなり多いほうだと思うが、その倍である。3600湯に入ってきた私だからこそ実感をこめて言えるが、7500はとんでもない数であり、偉業といえる。私は一生かけても郡司さんの記録に追いつくことはできないだろう。

郡司さんは「温泉チャンピオン」の称号でも知られる。テレビ東京で放送されていた人気番組『TVチャンピオン』の全国温泉通選手権で三連覇を果たしている(1995~1998年)。

私は直接その番組を観てはいなかったが、スタッフが用意した源泉だけを見て触れて、どこの温泉地の湯であるか当てていたという。とんでもない離れ業である。

なぜ、そんなことができたのか。それは、郡司さんが漫然と湯につかるのではなく、湯の個性や特徴をよく観察しながら入浴していたからだ。

まず、温泉の「色」を見て、「匂い」を嗅ぎ、湯を飲んで「味」わう。そして、湯の「感触」を肌で感じとる。これらのルーティンを積み重ねた結果、それぞれの泉質や温泉地の特徴を把握していったのである。何事にも言えることだが、やはり継続や積み重ねが大きな結果を生み出す。

私も温泉に入るときは温泉を口に含むなど、五感で温泉を把握するように心がけているが、完全に郡司さんの影響である。

さて、『秘湯、珍湯、怪湯を行く!』を読んだのは、私が日本一周3016湯の旅に出発する前なので、おそらく2006年か2007年頃だ。

本書の中で郡司さんは、入浴環境が整っていない「野湯」、簡単にはたどり着けない「秘湯」、色や泡付きや強烈な匂いなどの特殊な「珍湯」、鄙びすぎていて温泉施設だとは見えない「怪湯」など、自身が入浴した6000湯(当時)の中から、特徴的な湯を紹介してくれている。

初めて読んだとき、こんなに温泉を愛してやまない変人(敬意をこめて)がいること、そして日本には自分が知らない魅力的な温泉がまだまだたくさんあることにワクワクと心が躍った。そして「自分ももっとたくさんの温泉をめぐりたい」という思いをさらに強くした。3016湯の旅に大きなきっかけを与えてくれた一冊である。

本書から学んだことは実に多い。最大の学びは、一つひとつの温泉には唯一無二の個性があり、その個性を体感するには鮮度が重要であることだ。本書の中で、郡司さんはこう言い切っている。

良い温泉とは、一言で言うと新鮮な温泉である。

源泉の鮮度が入浴感を左右することは、温泉好きの間ではもはや常識であるが、私は本書を読んで「温泉は鮮度が重要」と心に深く刻むことになった。それは今も変わらない。

新鮮だからこそ、湯の個性が際立つ。温泉は定義上は10の泉質に区分されるが、同じ泉質であってもその特徴は大きく異なる。

たとえば、同じ「単純温泉」という泉質でも、無色透明無味無臭のものもあれば、色がついていたり、匂いを放っている源泉もある。肌触りも、それぞれ微妙に異なる。

「単純温泉」と一括りにしては、その源泉の個性は見えてこない。郡司さんのように一つひとつの源泉と向き合い、よく観察することで初めて見えてくる個性がある。

温泉にハマる人とハマらない人を分けるのは、「源泉の泉質に対する理解にある」と考えている。

温泉はただ浸かるだけでも気持ちいいが、源泉の泉質や個性を知ることで初めて見えてくる世界がある。「もっと温泉のことを知りたい」という欲が出てきたら、あなたももう温泉の魅力にハマり始めているはずだ。

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