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温泉ライターが本気で推す温泉本#1『列島縦断2500湯』

温泉の沼にハマり、湯めぐりを始めてから20年が経つ。その間、数多くの先人たちの書籍から温泉について学んできた。

そこで、私がこれまで読んできた温泉関連書籍の中から、特に影響を受けてきた本を紹介していきたい。

初回は、松田忠徳著『列島縦断2500湯』(日本経済新聞出版)

この本が出版されていなければ、今の私はまったく違う人生を歩んでいたーー。そう言い切れるほど、私の人生に影響を与えた一冊である。

私が温泉ライターとして活動するようになったのは、2008~2009年の386日間にわたって日本一周3016湯の旅を敢行したのがきっかけだ。この旅のダイジェストを綴った紀行文が『日本一周3016湯』(幻冬舎)として出版され、メディア出演や原稿執筆の仕事が舞い込むようになった。

1日に10湯近くをまわるという無謀な温泉旅は、「温泉教授」こと松田先生の『列島縦断2500湯』の影響をモロに受けている。

本書は『日本経済新聞』に連載されていた記事を一冊にまとめたもので、旅の過程は逐一新聞紙上で発表されていた。松田先生は旅先で執筆した原稿を携帯FAXを使って編集部に送信していたという。携帯電話が普及し始めたばかりの1990年代後半の話である。

松田先生はハイエースを改造したキャンピングカーで湯めぐりをしていたが、当時はカーナビなどないし、インターネットの情報も限られたものしかなかった。温泉ブログも皆無の時代である。

私が日本一周をしていた頃は、カーナビもあったし、丹念に検索すれば一つひとつの温泉に関する情報も得ることができた。

松田先生の時代は、その道中は不便で苦労も多かっただろう。そんな時代に1年8カ月を費やして踏破した2500湯。そのドキュメントは、温泉に興味を持ち始めたばかりの私の好奇心を大いに刺激することとなった。

本書は、日本には自分が想像する以上に多種多様な温泉が存在することを教えてくれた。そして、「源泉かけ流し」という概念を知ったのも、本書がきっかけだったと記憶している。

当時は温泉ブームといわれる時代だったが、一方で日本の温泉には循環ろ過されて、「死んだ」湯が急速に増えていた。そこで、温泉文化の再興のために、著者は自らの五感を頼りに全国の温泉をめぐり、当時の温泉が抱える問題をあぶりだしていったのである。

今では「源泉かけ流し」という言葉が当たり前のように使われているが、その概念を世間に広め、温泉のあり方に警鐘を与えた著者の功績は大きい。

本書は長らく、私が湯めぐりをするうえでのバイブルであった。まだまだ源泉かけ流しという概念が浸透していない時代にあって、本物の温泉を見極める際の羅針盤の役割を果たしてくれた。

私が会社を辞めて日本一周の温泉旅を決断したのも、『列島縦断2500湯』の影響が大きい。日本全国の温泉をもっと知りたいという欲望が高まっていた当時の私に、「日本一周で全国をめぐれば、短期間で日本の温泉を網羅的に俯瞰できるのではないか」という着想を与えてくれたのは、まぎれもなく本書の存在である。

『列島縦断2500湯』のほかにも、松田先生は数多くの著作を執筆している。その多くを読んできたが、その切れ味鋭い温泉批評は、私の温泉観に大きな影響を与え続けてくれた。

2021年、私は札幌市に移住してきた。北海道出身の松田先生も札幌を拠点としており、洞爺湖温泉が産湯だったという。移住の決断については、おもに子育てやライフスタイルの面を考慮した結果であるが、もちろん松田先生の存在が頭の片隅にあったのは間違いない。

私の人生に大きな影響を与えてくれた『列島縦断2500湯』は、今も手元に置いておきたい温泉のバイブルである。

※残念ながら『列島縦断2500湯』は絶版だが、amazonで中古を購入できる

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