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クリスマスの闇

今日はクリスマスだが
これもまたフェイクニュースの宝庫である。

僕は、個人的にはクリスマスの煌びやかで楽しい雰囲気は大好きなのだが、その雰囲気を壊したくない人は、ここから先は読まないほうがよいだろう。

クリスマス(Christmas)とは、毎年12月25日に行われるキリスト(Christ)のミサ(Mass)に由来するキリスト降誕祭とされている。

多くの人々はこの日がキリストの誕生日だと思っているが、実はそうではない。

聖書によれば、イエス・キリストの誕生日はティシュレーの月、すなわち9-10月なのであるが、なぜか毎年12月25日にクリスマスと称して全世界でキリストのミサをすることになっている。

どうしてこのようになったのか、その起源を辿れば、今から約1,700年前のローマ帝国に行き着くことになる。

もともと、ローマ帝国のカトリック成立以前の宗教はミトラス教(西方ミトラ教)であり、このミトラス教の最高神は太陽神ミトラであった。

実はこのミトラの誕生日が、12月25日であり、ローマ帝国の国教がミトラス教からキリスト教(ローマ・カトリック)に政治的に移行していくにあたって、ローマ教皇リベリウス(在位後352-366年)が紀元後354年に、12月25日を「キリストの誕生日」であると定めたことから現在のクリスマスは始まったのである。

さらに、ローマ帝国で毎年この時期に開催されていたサートゥルナーリア祭や、冬至の祝祭の習慣(贈り物やご馳走)を継承してクリスマスのお祝いとしたのだが、これは本来はキリストの誕生ではなく「太陽神ミトラの復活」を祝う祭りであった。

すなわち12月25日とは、本来はローマ帝国における太陽神の復活祭なのである。

冬至(旧暦では12月25日)の時期は日照時間が一年間で最も短いので、ここから再び太陽エネルギーが強まっていくという自然現象を、太陽神の復活になぞらえたわけだ。

ローマ・カトリックでは、「イースターエッグ」と呼ばれる卵を復活祭の礼拝で用いるが、これは聖書とは無縁であるばかりか、古代エジプトや太陽神ミトラ神話に遡る「世界卵」を起源とするものである。 ミトラ神話では宇宙創成時において、ミトラは世界卵から誕生している。

また、ローマ教皇が被る司祭冠は「ミトラ」と呼ばれており、司祭冠にはイエス・キリストが世界卵に乗っている絵図のものまである。

(参考:樺山紘一, 礪波護, 山内昌之 編「世界の歴史 5 ギリシアとローマ」1997.10, 秦野啓「秘密結社」,ヘンリー・ハーレイ「聖書ハンドブック」2009, ジョスリン・ゴドウィン「図説・古代密儀宗教」1995,「死者の書:古代エジプトの遺産パピルス カラー版」1986, アリス・ベイリー「光線とイニシエーション 下」2013, 東條真人「ミトラ教の歴史」2019,東條真人「ケウル-ミトラ聖典」 2006, 東條真人「星の物語」2018, 野田恵剛 訳「原典完訳アヴェスタ : ゾロアスター教の聖典」2020.9, 青木健「新ゾロアスター教史 : 古代中央アジアのアーリア人・中世ペルシアの神聖帝国・現代インドの神官財閥」2019.3, 平藤喜久子「世界の神様解剖図鑑」2020 他)

ローマ・カトリックの話をするとあまりにも長くなりテーマから逸れるので割愛するが、カトリックがどれほど反聖書的であり太陽神を愛しているのかは、またの機会に譲ることとする。

クリスマスにおいて特徴的なものといえば、クリスマスツリーであるが、このツリーというのもやはり聖書起源ではない。

クリスマスツリーの起源は、ドルイド教が尊んでいた樹木(オーク)である。

ドルイド教とはイギリス諸島すなわち、ブリテン、アイルランド、ヨーロッパの一部に広がる土着の信仰伝統のことであり、ドルイドとは三階級(ドルイド 、ベイルド、ブランド)の最上位階に君臨する宗教指導者である。

インド・ヨーロッパ語のdruはオークを意味し、widは智慧を意味するが、ここからドルイド(Druid)という語が生まれたとされている。

ドルイドは非常に身分が高く、形式的なだけの王を差し置いて、社会において実質的な権力を握っていた。

このドルイドは、樫の木を至高神の象徴として崇拝するのだが、彼らの宗教的起源は古代エジプトの魔術であると考えられている。

ドルイド教の主神は、フーとケリドゥウェンの二神であるが、これはエジプトにおけるオシリスとイシスのようなものである。

神話の中でフーは殺され、その後復活するのだが、ドルイド教の密儀への参入志願者は、太陽神の死を象徴して棺のなかに埋葬された。三段階の通過儀礼を通過したものは、「再び生まれた者」と呼ばれた。永遠のいのちの擬似獲得である。

ドルイド教でもまた、12月25日の夜明けには太陽神の誕生が祝われていた。

彼らはケルト十字というシンボリズムを使うが、この十字はイエス・キリストの十字架ではなく、彼らの至高神を表す象徴であり、太陽十字(サン・クロス)とも呼ばれている。
(参考:ケルトのスピリチュアリティ,象徴哲学大全 古代の密儀,イルミナティ悪魔の13血流,古代エジプトの魔術 : 生と死の秘儀,E.A.ウォーリス・バッジ ,1982.5)

ヨーロッパ諸国の国旗になぜ十字が多いのか、お分かりになるだろう。

サン・クロスなのか、サンタ・クロースなのかサタン・クロースなのか、紛らわしくてよく分からなくなってくるのだが、いずれにしても、クリスマスツリーというものは、このドルイドの樹木(オーク)崇拝が起源であり、先述した語源の通り、このツリーは「知恵(智慧)の樹」を象徴しているのである。

知恵の樹とは、聖書において創世記2〜3章における原罪の場面で登場するものであり、最初の人類アダムとエヴァに対して、神が「食べてはならない」と命じていたものである。聖書では知恵の樹とは罪や悪、死の象徴なのである。

'しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。"
(引用:創世記 2章17節 新改訳第三版)

ちなみにこの知識の樹から取って食べろとエヴァをそそのかしたのが蛇(サタン)である。(創世記3:1-5)

スピリチュアルの源流である神智学教会の創立者ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー(Helena Petrovna Blavatsky, 後1831–1891年)は、代表作シークレット・ドクトリンの中で教会を批判し、サタンの別名であるルシファー(蛇)を弁護して、知識の実を食べることを創世記のサタンと同様に、人類に対して勧めている。

'両異性具有という潜在的な状態から男女に分かれて行くと、初めて人間は意識的、理性的、個人的な魂(マナス)すなわち"エロヒムの本質すなわち知性"を授かる。それを与えられるためには、彼は善と悪の樹から知識の実を食べなければならない。"
(引用:シークレット・ドクトリン 宇宙発生論 上,H.P.ブラヴァツキー 著, 田中恵美子, ジェフ・クラーク 訳,神智学協会ニッポン・ロッジ, 1989.10, p362)

クリスマスツリーの頂点には、キリストの降臨を告げた星(ベツレヘムの星)が祀られているが、これは天文学や占星術に長けていた東方の博士達が拝んでいる神(太陽神ミトラ)の御使いティシュトリヤ(星)であり、マジックmagic(魔術)の語源となったマギ達(マゴス神官団)の宗教的シンボリズムであると推測される。

ミトラ教では、ミトラのミール(分霊)が、受肉したのがキリスト(キリストなるミトラ)であると解釈されているため、東方の博士達がマゴス神官団のことであるとすれば、幼子であったキリストを拝んだ博士達は、イエスを通してキリストなるミトラを拝んでいたこととなる。そしてそれを指し示した星であるティシュトリヤのシンボリズムをツリーの頂点に祀るとは、きわめて非聖書的であるといえる。

ローマ・カトリックはミトラ神殿(ミトレーアム)をキリスト教会堂に変更して継承したが、ミトレーアム内部の天井にはこの星がプラネタリウムのように描かれていた。

獣666(反キリスト)を自称し、ニューエイジ、スピリチュアルにも多大なる影響を与えた魔術師アレイスター・クロウリー(後1875-1947年)もまた、彼の代表作である法の書の中でこのように言っている。

' 法の書Ⅱ:21
太陽、力、視力、光、これらは星と蛇に仕える下僕たちのためにあるのだ。"
(引用:アレイスター・クロウリー「法の書」)

星と蛇に仕える宗教は古代バビロニアを起源とするものであり、聖書的にはサタンや悪の象徴であるのだが、彼らはこの星に仕えていた。
(参考:新約聖書マタイ2:2,ペルシアの女神アフロディテ, ミトラ聖典ケウル及びその他関係資料)

北欧では、クリスマスはユールと呼ばれており、この日は太陽神の復活を祝い、オーディンに豚や猪が捧げられた。これはゲルマン民族の祭りであるが、キリスト教との折衷により、現在はこの風習がブッシュドノエルやチキンを食べる習慣などに継承されていると考えられている。

毎年12月25日、クリスマスと称して世界中で太陽神の復活を祝い、太陽神に礼拝を捧げ、知恵の樹を世界の隅々に打ち立てるとは、何という反聖書的行為だろうか。

もちろんキリスト教の仮面を被った神秘主義者である、ロックフェラー家のロックフェラー・センターの正面にも、ギリシャ神話の神プロメテウス(ルシファー)と共に大きくて美しいクリスマスツリーが飾られているが、知恵の樹に散りばめられた知性の光(イルミネーション)を受けることにより、人々もまた支配者達と同じ新時代の霊的な生活に入るよう促されている。

彼らのいうキリスト(救世主)とは太陽神であり、聖書がいうイエス・キリストではない。

12月25日をクリスマス(キリスト降誕祭)と称して、全世界の人々に支配者達の神(太陽神)を礼拝させるとは、本当に巧妙なフェイクである。

このように、支配者達は聖書とイエス・キリストを否定して、どうしても全世界の人々に太陽神を拝ませたいのである。

最近は少しずつ支配者のオカルトっぷりを書いているのだが、彼らは決して無神論者ではないということが徐々にわかってくるだろう。

ここまで書いた後で言うのもあれだが

太陽神を拝むのではなく、イエス・キリストの誕生を祝ってクリスマスを楽しく過ごすのは良いと思います。それぞれの素敵なクリスマスをお過ごし下さい。

(画像はロックフェラーセンターのツリー
天使がラッパを吹いて反キリストの来臨を待ち臨んでいます)

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