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#7bookcovers Day2 『結婚差別の社会学』

ブックカバーチャレンジで取り上げた本の内容に触れるnote、2日目は齋藤直子著『結婚差別の社会学』(勁草書房)です。

著者の齋藤直子さんは、今や小説家としても知られるようになった社会学者の岸政彦さんの奥様でもあります。岸さんは沖縄研究をはじめ、いわゆる社会的マイノリティの聞き取り調査を専門にしておられますが、齋藤さんは被差別部落の研究を専門にしていらっしゃいます。本書は、著者が2007年に奈良女子大に提出した博士論文をもとに、大幅な加筆・修正を加え、10年の歳月を経て刊行されました。
「結婚差別」とは、被差別部落の出身者が部落外の出身者と婚姻関係を結ぶにあたって直面する差別のことです。同和教育が実施され、ヒトの流動性が高くなった社会で「部落差別なんて今でも存在するの?」「若い人には、もうそんな意識なんてないでしょう」「語り継ぐことによって、却って差別を温存することになるのではないか」というのが、「普通の人」の素朴な感想かもしれません。著者は第1章「部落問題とは何か」で、これらの言説に触れ、「実際に差別問題があるにもかかわらず、『もうない』『私はしない』『そっとしておけばなくなる』『差別は決してなくならない』と簡単に『言えてしまう』ような、マジョリティとマイノリティの非対称性もまた、部落差別の構造的なあらわれなのではないだろうか。」と結びます。ここで指摘される「非対称性」こそが、結婚に際してはじめて差別が【顕在化】する事態、つまり結婚差別の通奏低音と言えるようにも思います。著者は本章と第2章「結婚差別はどのように分析されてきたか」における配偶者選択時の選好と忌避の分析を通して、「当事者」以外には見えにくくなっている「結婚差別」の輪郭を、慎重かつ丁寧な手つきで次第に明らかにしていきます。

第3章「結婚差別のプロセス」から第10章「支援」までは、一貫して具体的な事例と考察が続く構成になっています。結婚差別は部落差別問題という意味ではパブリックな問題ですが、「結婚」に際した差別である以上、家族だったり恋愛だったりという極めてプライベートな要素を当然に含んでいます。そのため、聞き取られた事例も密度と温度の高い内容が多いのですが、著者の筆致が良い意味で淡々としているので、身構えずに読み進めることができます。著者にももちろん明確な主張や部落差別に向き合う上での「姿勢」のようなものがあって、講演会などに伺うと非常に繊細かつ熱いかたであることがよく分かるのですが、本書においては、具体的な事例を知って部落差別をどう考えるかは、読者に委ねられている部分がかなり大きいです。そういう意味で、読後感は小説にも似ています。良質なドキュメンタリー映画を観たあとのような、不思議な余韻を残してくれる本です。

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ブックカバーチャレンジの2日目ということでこちらの本を紹介させていただきました。ブックカバーチャレンジでは、内容もさることながら、個人的にはやはり「装丁」や「タイトルのインパクト」も選書にあたって大きな判断材料としています。表紙のデザインは結婚に際して花嫁がつける花冠の意匠ですが、部落差別問題に多少の知識を持つ人であれば、これが荊冠(被差別部落民の受難の象徴として、部落解放同盟の旗にも採用されているシンボル)に重ねられていることを読み解くでしょう。
水平社宣言の一節には、「殉教者が、その荊冠を祝福される時が来たのだ」というくだりが存在します。イエス・キリストの殉教に擬えられた荊冠というシンボルは、それ自体が多義的な意味を持っており、その含むところの説明は困難を極めます。いっぽう本書では、差別のために結婚が叶わなかった事例も多数登場し、またこんな時代に必ずしも結婚=幸せであるとも限りません。とは言え、言わば祝福のシンボルである花冠がこうして本書の表紙に置かれていることで、これは受難と祝福をめぐるコンフリクトの物語なのだという強いメッセージになっているのではないでしょうか。
あとがきには「本書を必要とする人にこの本が届くことを願って、少しでも手にとりやすい本にしようと考え、表紙のデザインは温かみのあるものをと思っていた。表紙の花冠はその気持ちを込めて、筆者がデザインし、刺繍したものである。」とだけ書かれています。

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