稲田七浪物語――とあるモラとの出会いと別れ――21回

※いままで①~⑳まで記号があったのですが予想をはるかに超える長さになったので、おいおい、全部変えていかないといけない運びになりました…今は気力なし。

前回はこちら。

21. 別れに向かって
 ついに稲田とは距離を置くことになり、暫しの穏やかな生活が続いたが何も根本的に事態が変わった訳ではない。きちんと別れ話をしていないし、表面上は穏やかであっても心の中には常に「なんとかはっきりさせないといけない」という感じがあり、心底から安らいでいるとは言えない。
 一応稲田は大学を卒業したので、大学でばったり会うという心配はあまり無かったのだが、没交渉というわけでもなかった。合宿の件でもそうであったように距離の取り方が難しい時があった。
 話が変わるようだが、その距離の取り方が難しいということが起きたのには例によってサークルが関わっている。私のいたサークルはインカレだったのだが、練習場所は常に私のいた大学だった。要するに場所の問題で、本当は不公平ではあるけれども、私のいた大学は都心にあって、学生サークル向けの練習部屋などが充実していたのだが、メンバーの半ばまでを占めるもう一方の大学は正直なところ不便な場所にあり、サークルのための施設みたいなところは少なかった(大学そのものは、「大麻を植えないでください」という看板が立っているくらいだから、きっと植えた学生がいたのであろうというくらいには広かったが)。そもそも、昔はもっと都心にキャンパスがあって、そのころからのインカレサークルだったのだがキャンパスが移ってしまい、伝統だけが残って、一方の大学のメンバーだけが遠くから高い交通費を払ってサークル活動にやってくるような感じだったのである。私が逆の立場だったら、そんな大変なことはできないので頭が下がる……。それで、もう一つの「伝統」というほどのことではないが、違う大学に通っている者同士のささやかな交流として、義務でもなんでもないがお互いの学園祭に顔を出すというものがあった……気がするが、私は自分の大学の学園祭に一度も行ったことがないので、果たして向こうの大学の学生が毎年こちらの大学の人がいすぎる祭りに来ているのかどうかは知らない。向こうの大学は、外国語を主力にしているというか、もう殆ど大学名を言っているのも同様なのだが外国語の大学なので、それぞれのコースの言語に応じた催しを開く感じで、大規模ではあるが人がいすぎて死ぬということもなく、色々な屋台が出ていて結構楽しい。この学園祭はクラスで行うような感じらしく、話に聞くところ、参加しないという選択肢は殆どないらしい(逃げたら村八分になったりするのだろうか?)ので、私みたいな、人との交際で消耗するタイプには厳しいところである。そういう学園祭に、一度目は恋人としてではなく、多分数人で引き連れられていくような感じで行ったはずだし、二度目は稲田と二人して行ったと記憶していて、三年目は行ったのかどうかあまり覚えていないが、確か稲田にもの申したI先輩などが出演する語劇『イヴァン・ワシーリェヴィチの転職』を見に行ったような気がする。四度目は一人で行った――向こうの大学の同期が主催するブルガーコフ『犬の心臓』の小規模の芝居を見に行くためだ。ここで、不愉快なことは起きた。
 私も、あまり「会ってしまうかも」と恐れていた訳ではない一方、「会わないとも限らない」という程度の認識は持っていたような気がする。とはいえ、誰かと会うことを恐れて自分の活動を控えるというのは、私には凄く理不尽に思えて、絶対にやりたくないことだ。いじめの例を出せばわかるが、いじめられた人が転校していじめた人を避けるという顛末には多くの人がモヤモヤするだろう。それと一緒ではないけれど、私が悪いことをしたわけではない以上、堂々と自分の活動をしたいのだ。今だって、サークル関係の何かがあって稲田が来るかも知れないという場合があっても、高い会費がかかるようなパターンでなければ(稲田は避けないが出費は避けたい)堂々と顔を出したいし、まあ、もうそんな過去の人間たちが集まる機会もそうないとは思うけれど、兎に角遠慮はしたくない。そういうわけで、稲田と会う危険性はあったものの、私は私である。あくまでも一個人として、堂々と観劇に行ったのだが、その同期は稲田とも仲が良い(というか、現状、ひょっとすると私よりは稲田とのほうが仲が良いかも知れないし、もう没交渉かも知れない)ので、案の定稲田と出くわした。劇自体は悪くなかったというか、舞台装置とかは教室でやるだけあってあまり手の込んだものではなかったが、殆どサークル団員からなる役者たちの演技が良かったのだ。多分、同期に感想は言った気がするが、稲田と目が合うか何かしてしまって、微妙にきまずい空気になったような記憶がぼんやりある。確か、この後、稲田が話しかけてきて、こういったのだ。

俺と会いたくないだろうから、来ないかと思ってた

 モヤァッ


 兎に角、モヤァッとした。なんで?と思う人もいるかも知れない。できれば、説明抜きで理解してもらいたいのだが、稲田と同じではなくても稲田寄りの感性の人もいるかも知れないし、私の考え方はさっぱり分からないという人もいるだろうから、説明しておくことにする。
 まず、既に書いたが、私は私だ。都合の悪い人物との遭遇を恐れて、自分の活動を狭めるなんて屈辱だ。冗談ではない。何なら、向こうが遠慮すれば良いのだ――しかし、稲田には自分こそが遠慮したら良いという発想はない。いつでもそうだ。私に会ったらきまずくなると考えているのなら、そもそも自分が来なければよいのに来て、わざわざ私にそれを告げるとはどういう了見なのか?これは推測だが、彼の中では自分がサークルの重鎮で、私はヒラなので、自分は顔を出す必要があるが、私の方はそういう必要はないと考えていたのではないだろうか。とある人が後に「先輩には良い顔をするが、後輩には傲慢なところがある」といったようなことを言っていたのだが、上下関係とか損得とかで稲田は考えていて、自分をその稲田的カーストの上位に置いていて、例えば私のような、自分の囲いから逃げ出そうとしている女後輩などは遠慮して然るべきものだったのではないだろうか。あ、書いていて腹が立ってきた。やっぱりその内現実で徹底的にやっつけようと思うが、今はネットで憂さ晴らしがせいぜいなのが悔しい。兎に角あれだ。

 なんで、常に私がお前を中心にして行動を選ばなきゃならないんだよ!

 ……しかし、これは多少は自業自得だ。稲田をそのようにつけあがらせたのは、大人しく奴隷になっていた私のそれまでの生き方でもあるだろう。稲田にしてみれば、距離をおいていようが、私は常に稲田のケアをして、稲田を中心に物事を考えているはずだったのだ。冗談じゃねー、ホント〇ね!!ファッ〇!

 少し興奮してしまったが、私はその場で稲田に反論できなかった。いつもそうで、稲田は私がびっくりするような的外れで失礼なことを言うので、私は即座に反応することができない。バカ!と突然罵られた時も、かしこぶるなと言われた時も、すぐに言い返せなかった。言い返すには、相応の自尊心と、自分を他人に絶対に委ねない覚悟とを日ごろから持ち合わせていないといけないし、そういう姿勢でいるために助けとなるのがフェミニズムだったりもするのだろう(だから、「女の幸せ」に繋がるような、男ありきの「フェミニズム」は似非だし、役に立たない)。女が一人で、堂々と、侮辱を受け入れることなく生きていくハードルはとても高い。当時の私に、毅然として彼の言葉の浅はかさ、無礼であることを詰問し、私の在り方へ介入してくることを拒絶するのはまだ難しかった。

・別れ話

 この学園祭から、別れ話に至るまでの間隔は短かったように思われる。どちらも秋だったということは確かだ。学園祭での稲田の態度が、別れへの意志を固めさせたのかも知れない。ただの後輩と喋っていたのに「その男誰?」なんていう、男と女が一緒にいれば即ち色事だと解するダサさにもいい加減うんざりしていたのだろうと思う。
 別れ話は、こちらから連絡して設定した。勿論、別れ話をします!とは言っていない(言ったらスタートにもこぎつけない気がしていた)。とはいえ、当然のことながら稲田も察してはいただろう――何せ、距離を置こうとメールをした時点で、稲田は「このままではあなたを失うとおもっていた」「でも、誰にもあなたをやる訳にはいかない」といったような、完全に私を所有物扱いしている件については今更なので多言を要さないけれども、別れを恐れていることを隠さない返事を寄越していたのだから。高田馬場駅近くの喫茶店で会うことにしたのは、色々と人目がないと心配だからだ。
 稲田の名誉の為とかそういうのでは全然ないのだが、一応、彼に直接暴力を振るわれたことは一度もない。モラハラという概念に異論を唱える人たち、つまり家父長的価値観に親和的な人たちがモラハラを軽視するのは(というか、自分たちがやっていることを悪く言われたくないのは)、直接的に殴ったり蹴ったりするのではないのだから問題ないじゃん!という根拠からであって、体さえ無事なら直接的に命の危険があるわけでもなし、愛があるなら言葉がきつかろうが、束縛してしまおうが大したことではないという考えは確かに存在する。しかし、私自身の体験からの実感でいえば、心無い言葉をぶつけたり、個人の尊厳を軽視するようなことは心を蝕むし、やがては体の不調にも現れる。実際、稲田が私を軽視する余り演劇の約束を反故にした件では、私は食事が喉を通らなくなって毎日頭痛がしたし、持病が悪化したのだって、そういうストレスの積み重ねだった可能性は否定できない。パワハラを受けている人が、必ずしも叩かれたり唾を吐かれたりしているわけではないだろう。甘えているとか、仕事ができないとか、言い回しがソフトであったとしても日々自分を下に見て、平気で自尊心を削るような言葉をバンバン投げかけてくる相手が近くにいれば、体も壊れていく。命の危険がないなんて、誰が保証できるだろう。そもそもなのだが、恋人だろうが配偶者だろうが友人だろうが、人間は社会で共生せざるを得ない生き物ではあるにしても、誰かと交流する義務はない。一人で寝起きし、一人でご飯を食べたって良いのだ。「命の危険」がないとしても、不快な点のある相手と無理に一緒にいる必要はないのだから、仮にモラハラが不快なだけであったとしても、十分に離れる理由にはなっている。ぶっちゃけ、顔が嫌だと思ったら離れてもいいのだ、人間なんて。兎も角、そういうわけだから、モラハラくらいで離れるなんて許せん!という人たちは、単に農奴解放に反対しているだけで、人と人の繋がりに重きを置いている訳でもないし行為の内容を問題にしているわけでもないのである。人が人から離れるのはそもそも自由だが、彼らにとっては奴隷が主人から逃げるなんて許せん!というだけのことなのだ。――長くなったが、要は、言葉の暴力や傷つくような態度をとるだけで、人が人から離れるには十分すぎる理由なのである。もっと言えば、人が誰かから「離れたい」と思ったのなら、その相手が優しい人だったとしても、離れる自由は最初から持っているのだが。
 だから、くどくどと書いたが稲田の精神的DVに傷ついてはいても、暴力を振るわれると本気で心配していた訳ではない――でも、別れ話が拗れて殺されるなんていう話はよく聞く。大抵、別れ話が拗れて相手を殺すのは男だから、やはり男が女を自分の奴隷だと見なしていなければ、そんなことにはならないはずだ。決して少なくない男が、女の自我を認めていないのだ。大事な人が去りたいというのなら、自分が寂しかろうが相手の意志を尊重できるはずである。それが出来ないのは、相手の意思や都合なんてどうでも良いというのが本音だから――当時は、ここまで男女の不均衡を言語化できていなかった私だけれど、薄々そういう現実を漠然と理解し始めていたのかも知れない。去ろうとする奴隷であるはずの私を、主人のつもりでいる稲田は許さないかも知れない。今までは言葉で傷つけるだけだったが、人が見ていなければ首を絞めたりくらいはしてくるかも知れない。だって、奴隷に優しくするのは、奴隷が従っている限りにおいてだからだ。従順にしている限り、良い待遇をしてあげますよというわけで、「時々嫌なこともあるけれど、普段は主人はとても優しくしてくれます」みたいなのをツイッター辺りで見かけると、弁えた奴隷はなかなかに幸福なのかも知れないと確かに思う。同じレベルになりたくはないが。
 そういうわけで、気まずいながらに話し合いを始めたのだが……だが……。
 ぶっちゃけ、あんまり細かく覚えていない。早く帰りたいなーと思っていたことだけは確かだが。
 まず、覚えているのは、別れたいと言った後か前か分からないが、稲田がガンガン私の家に置いていった本をまとめて持っていき返そうとしたら怒られたことだ。稲田は良かれと思って私の為に置いていったらしいし、厄介払いみたいに(まあ、そうなんだけど笑)こうやって突き返されて傷つくみたいなことを言っていたような気もするが、しかし、私の家だって広くはないし、物置ではないのだ。頼んで本を持ってきてもらった訳ではないので、彼の独善で勝手に置いて行って、迷惑がられて勝手に怒っている訳である。迷惑だと此方だって言いづらかっただけで、なんで頼んでもないのに持ってくるのかと思ってはいたが気を遣って言っていなかっただけのこと。気を遣う関係性を終わりにするのだから、まとめて突き返すのは当然だ。それとも黙ってブックオフに売れば良かったのだろうか?本来なら、彼がわざわざ自分から取りに来るべきであって、持って行ってあげた私は超親切だ。マジ天使なのだが、稲田は感謝すべきところを不貞腐れてぶつくさ不平を垂れていた。これだから、モラは嫌なのだ。道理もクソもない。今思えば、私はそこで怒ってさっさとさようならしても良かったはずなのだが、モラハラ加害者と被害者の間には奇妙な暗黙の協定があって、被害者はどれだけ自分に非が無くても加害者を納得させられない限り自分の好きなように行動してはいけない仕様になっている。加害者は加害者で、どれだけ自分に理が無くても被害者の言い分を聞く必要はないというアドバンテージを持っているので、とんだクソゲー仕様である。そういうわけで、何かあるに決まっている廃工場かなにか、ろくな目に遭う訳がない場所にどういう訳か入っていかざるを得ないホラゲのプレイヤーの如く、否応なしにクソモラゲー最大の難関、別れ話を時間をかけてプレイしなくてはならなかった。
 さて、どうやって攻略したのか、あまりにも起伏の少ない展開だったからなのか記憶が酷く曖昧だ。罵られた訳でもなかったと思うが、それでも彼の顔色を伺いながら、粘り強く「別れたい。もう好きではない」という主張を繰り返したような気はする。本を返したことについて説教されたとかは覚えているのだが、私は私で主張を繰り返すだけ、稲田は稲田でどうにか話を進めないために黙りこくるとか不機嫌な応答をするとか、私の考えがおかしいと根拠もなく指摘するとか、多分そんなことだったのではないかと思われるけれど――そうこうしている内に、なんでそうなったかは分からないが、私たちは店を変えた。具体的に言うと、ルノ〇ールに行った。個人的見解だが、ルノアー〇は明るすぎるので別れ話にはちょっと向いていないかも知れない。そもそも稲田を納得させるというのが無理ゲーなのだが、取り敢えず納得してもらおうとしていた私の認識が甘かったと言わざるを得ない状況で、結論からいうと、ここで別れ話は一応成立したのだ――正確には、「したはずだった」だが、このニュアンスの違いについてはまた後に書くことになるだろう。
 ここで稲田に言われたことは少しだけ覚えている。私は、彼の所業を責めることはしなかった――モラハラなんて知らなかったし、理由は分からないが兎に角もう彼と一緒にいたくないという感覚だけが私の篝火だったから、なぜ辛いのか、なぜ彼を愛せないのかは自分でも言語化できていなかった。兎に角、もう一緒にいたくない。以前のようには愛していないと繰り返すのみの私だったから、稲田は、彼なりの精いっぱいの捨て台詞だったのかもしれないが、私にこう言った。
「俺だって、前ほど好きってわけじゃない」
 そうか、それは良かった!Win-Winじゃん!お互い好きじゃないなら、一緒にいなくていいね!良かったぜマジでー!!
 ……となるはずの所だが、稲田の不思議理屈ではそうではなかった。彼によると、お互い前ほど好きではなかったとしても、一緒にいるべきだというのだ。なぜかという説明は特になかった気がするが、多分、稲田の視野には、前にも書いた通り、彼なりの「婚期を逃す」不安があったからではないだろうか。私はそもそも結婚なんてつまらんことはしなくて良い派だけれども、稲田は何がなんでも絶対結婚したいマンだ。私への愛の増減は知ったことではないけれど、多分、あの時点で私への執着は全く減っていなかったのだと思う。元々、彼の愛は支配欲に依拠したものだったのだろうから、そういった意味での愛ならば減るはずはない。逃げ出そうとする奴隷を前に、歪んだ執着心の分だけ憎しみも募っただろう。
 そして、長い長い話し合いの末、意志を曲げない私に対して稲田は、重々しく切り出した。もう帰りたい、と私が言った後かもしれない。
「お願いがあるんだけど……」
 うん、と私は耳を傾けたはずだ。最後の最後、これからはお互いを憎みあわず友人として仲良くしていこうとかそういうことかと思ったし、応じようと思った。しかし、稲田の発想は私のような凡人の想像力を遥かに超えている。
「別れないで欲しい」

  あのぉ!!!話!!!聞いてましたか?!カフカの『城』じゃねーんだから、終わらせようぜ!!

 「……ごめん、それはできない」とか、多分、度肝を抜かれて呆気にとられた私が口にできたのはその程度のことだと思う。そして、一応別れ話はここで成立していると思うのだけれども、私と稲田は辺りの夜道をうろうろうろうろと彷徨い歩いてから別れた。私も何だか感傷的になって、情が残っていたからか、一度くらいは身を寄せ合うようなこともあったと思う。何しろ、あんな男でも一度はとても好きだったのだ――今思えば、私の愛情も子供じみたものだった気がするが。

 これで、稲田とも別れ、この連続記事ももうお終い……だったらよかったのになぁ

 続きます。


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