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芸術行為とは何か?【Part7/8】

カフカの晩年

『「彼」の為の戦い』
 晩年のカフカは自己救済のための戦い、未知なるものとの戦い、しかしまた自分ではないもののために戦う「彼」のための戦い、書く行為のための戦いの葛藤のなかにいた。

 カフカは文筆が作品として結実する地である耕作地からも、文筆が不毛なまま続行される砂漠からも排除され、その境界領域でさまよっていた。
「この世で生きたい」という意志と「この世から見捨てられた」と実感するカフカであったが、そのような彼の強烈な生命力の源とは「書く行為」の世界であり、作品の要請を超える世界である「異世界」であった。



『「彼」の世界とは』
 「観察」と「実践」は対立するものとして捉えられているが、カフカはこの対立が解消する境地を生きていた。この二元的対立は「私(1人称)」の視点から捉えて初めて成立するものである。
 それに対して「彼」の境地は自分中心の見方が破綻する新たな境地である。
ここからニ元的対立が消える境地へと至ることができる。

 しかし「彼」とは「私の前に立つ第三者」のことではない。
ブランショの言う「彼」とは実体化できない暖味なものであり、それが本当の我々の外部なのだ。
「彼」の世界とは私に確かに働きかけるものであり、私という要素も入っているが操作できないもの、すなわちフロイトの言う「無意識」であり「それ(Es)」である。
「彼」は私を滅ぼす何かで、わたしの中に確かに存在するがわたしとは言い切れず、他者化も出来ない。
故に「He」ではなく「Someone」なのである。
それには人称性が無く、神でも人でも無い。

 例示するなら「like」ではなく、「love」の段階である。
「like」の段階ではまだ「~だから好きだ」「~だから嫌いだ」などと理由付けなどによる感情操作が可能であるが、「love」は操作不可能である。しかし私の中に確かにそれは存在している。
この「彼」の世界から観察したとき、はじめて彷徨いにおける視点の移動が可能となる。



『西洋美術から見る人称世界の解体』
 西洋美術においても世界をこの視点から観察したポール・セザンヌ(1839-1906)や、ジョルジョ・モランディ(1890-1946)のような画家がいる。
彼らの作品は一見してパースが壊滅的で、理性的な視点からは考えられないような構図の作品である。
 しかしそれらは「彼」の世界から観察したときに立ち上がる視点であり、「私」が確立していないからこそ、様々なものの側面が一度に見えてくる。
時の移り変わりやものの存在様態を「彼」の世界から浮き彫りにしている。

 このような彷徨いは「私」の世界から見ると「優柔不断」や「婚約破棄」のように間違いに映ってしまう。
しかし「彼」の世界からは個が解体されて色々な視点が浮き上がってくる。
視点の変化とは単に景色の移り変わりのことではない。
同じものでも違って見えてくることであり、「私」を失いつつ観察することである。
この点でカフカは彷徨いの観察者であった。

 「我思う故に我あり」のようなデカルト的視点は私を絶対的なものとして固定する立場である。
この視点からは理性的な世界しか立ち上がってこない。
さまよいの観察は色々な視点、個の解体によって可能になるのだ。
その意味で文学空間とは我々が自己から真の外部へ展望の変化とともに移行する所である。



『なぜカフカにとって「彷徨い」は過ちとなっていったのか』
 通常の近代生活からはみ出してしまっていた自分の過去をカフカは過ちとみなしていた。
なぜカフカにとって彷徨いは過ちとなっていったのか。
カフカは自己救済、つまり「私」のためと、自分の中に確かにいるが私とは言い切れない誰か、つまり「彼」のために戦っていた。

 「私」の世界は近代の社会である。
作品が完成する、実が成る耕作地である。
 それに対して「彼」の世界は彷徨いの世界、砂漠である。
カフカはこの「私」の世界であるユダヤ人市民の世界から出ていこうとしたという点において過ちであった。
この世界からは書くことの世界からの要請である彷徨いは間違いとみなされるのである。
 
 また、彼は同時に掟などの狭い構造から離れていく自由奔放なカテゴリーに従ってもいった。
それは主体と客体の対立の構造の崩壊を意味した。
彼が近づこうとしたのは主体も客体も超えていく、「誰かしらの社会」であった。
しかしそこに留まっている事は出来ない。
それは反対にそこの世界を裏切ることになるからである。
実体化できないものを実体化してしまうとその世界は「私」になってしまう。
彼は「彼」の世界と「私」の世界のどちらにも拒絶されながらもどちらにも近づこうとして、その間を彷徨っていた。


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芸術行為とは何か?【Part8】|旅思想日記|note


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