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ヒードランとシンオウ神話

ヒードランとシンオウ神話

火山の 洞穴に 生息。十字の ツメを 食いこませて 壁や 天井を はい回る。

これがダイヤモンドパールプラチナのメインストーリークリア後に登場する伝説のポケモン、ヒードランの図鑑説明文だ。

ダイヤモンドパールのパッケージを飾る伝説のポケモン達はそれぞれ時間と空間を司り、世界を創った神として作中の神話で語られるポケモン。
物語の終盤、本作の悪役であるギンガ団のアカギは伝説のポケモンの力を使い今の世界を消し去り新しい宇宙を創ろうとした。

時空を司るだの世界を創るだのとスケールの大きい伝説を巡る戦いの後、新たに登場する伝説のポケモンが、十字のツメを食いこませて壁や天井を這い回るヒードランだ。
同じ作品の、同じ伝説のポケモンとは思えないほどにスケールダウンしたその説明に少しがっかりしたプレイヤーも少なくないのかもしれない。

伝説のポケモンはそのほとんどが性別不明、あるいは片方の性のみ発見されているが、ヒードランは伝説のポケモンとしては非常に珍しく雌雄がそれぞれ確認されているポケモンでもある。

まるで一般ポケモンのように見えてしまうヒードランだが、ヒードランに伝説らしい逸話がない訳ではない。
ゲーム内にはヒードランにまつわる伝説を聞かせてくれる人物も存在する。

いわく、ヒードランはシンオウ地方が出来た際こぼれた火の玉からハードマウンテンと共に誕生したポケモンであり、またヒードランが目覚めるとハードマウンテンが噴火するとも言われている。
ハードマウンテンの奥地に置かれたかざんのおきいしはヒードランを鎮める為にあるものらしい。

シンオウ創世の頃からその土地の火山と共に存在し、その火山の噴火にも関わっているという逸話は紛れもなく"伝説"と言えるだろう。

つまりヒードランには伝説らしい逸話があるのにも関わらず、それはあえて図鑑説明には書かれなかったのだ

とはいえ、伝説にも登場する実在する生き物なんていうのは案外そんなものじゃないだろうか?

現実における神話とは実際に起こった歴史そのものではない。
大自然に対する人々の畏怖や敬愛、土地に根付く文化、それらから芽生えた思想から多くの土地で様々な神や伝承が生まれた。

かつてこの世界であらゆる自然現象や生き物が神や神の使いとして崇められていたように、"神話では強大な存在として語られる、現代においては生態や性別もある程度判明しているポケモン"という立ち位置は、むしろ現実における神話観に当てはめると違和感はないとも思えてくる。

そしてそれはヒードランに限った話ではない。

本当にディアルガやパルキアが時空を、アルセウスが世界を作ったなんて誰が証明できるだろうか。
神話の中で超常的な存在として語られる他の伝説のポケモン達も、今はまだ詳しい生態が分かっていないだけで、ヒードランと同じように実際は超常的な存在などではないのかもしれない。むしろそれをヒードランが示唆しているのではないか。

…………


とはいえフィクションの世界なら神話が歴史そのものであってもおかしくないし、それにもし伝説のポケモンの力が単なる"神話"でしかないのなら、神話を信じて本当に新世界を創ろうとしていたギンガ団の野望は最初から無駄だったということにもなってしまう。

ポケモン世界における"神話"とはどういう意味を持つのだろうか。

ゲームフリークの神話観

完全新作という意味でダイヤモンドパールの前作に当たるルビーサファイアでは、それぞれ大地を生み出したとされる伝説のポケモン『グラードン』と海を広げたとされる伝説のポケモン『カイオーガ』が登場し、舞台となるホウエン地方では遥か昔これらの伝説のポケモンが激しく戦った後に眠りに付き、今の世界が出来たという伝説が残されている。

ところが、本作のサウンドトラックにはそんな世界観の根底を覆すような設定が書かれている。

グラードンとカイオーガが戦ったという伝説は作り話であり、陸や海も地殻変動で出来たというのだ。

この設定はゲーム中では一切語られない。
おそらく、伝説が結局作り話だったなんてオチは語り方を間違えればただ伝説のポケモンの格を下げるだけになってしまいかねないからだ。

ルビーサファイアにおける"神話"は歴史ではなかった。
ただ作中に設定が表に出てこない以上あくまで裏設定であり、それがゲームで上手く活かされた設定かと言われると正直微妙なところである。

しかしこの裏設定を踏まえてシンオウ地方を見ていくと、ルビーサファイア本編では語られることのなかったポケモン世界における神話と伝説のポケモンのあり方がはっきりと見えてくるのだ。

プラチナで語られる神話の解釈

プラチナの殿堂入り後、カンナギタウンの遺跡でシロナの神話に対する想いを聞くことが出来る。

シロナはプラチナの終盤、主人公と共にディアルガとパルキア、ギラティナの力を直接目の当たりにした。
しかし、"大昔の人にとっては本当に時間と空間のシンボルに見えた"とあるように、それでもどうやらシロナは神話で語られる事象がそのまま事実だとは考えていないようだ。

他にも、アルセウスを手に入れた後クロガネ炭鉱、ミオ図書館に訪れると現れる哲学者の男は、哲学者としての視点からシンオウ神話についての考察を語ってくれる。
2009年の映画の後に初めて解禁されたシンオウ地方最後のイベントといってもいいこのイベントは、他のどのイベントよりもシンオウ神話の核心に迫っていると言えるだろう。

世界はポケモンによって直接作られたのではなく、人に心が芽生えた瞬間こそ人にとっての世界の始まりだと哲学者の男は語る。

時間、空間もそうだ。記憶、知識が過去を形作る。感情が今を彩り、意思が未来に目を向けさせる。

知識の神ユクシー 感情の神エムリット 意思の神アグノム

シンオウ神話において時間と空間のポケモンを繋ぐ存在が心を司るポケモンたちなのは、人々に心が芽生え、時間と空間を認識した時こそ世界の始まりであるというシンオウの思想、哲学が神話に色濃く表れているからだろう。
そして人々は心の芽生えと世界の誕生の経緯を、自らの心を震わせたポケモンたちに当てはめていったのだと私は推測する。

アカギとシンオウ神話

ギンガ団のアカギは心を不完全で醜いものとして否定し、心の存在しない完全な世界を創る為に神話のポケモンの力を手に入れようとした。

アカギはシンオウ神話を科学的に理解しようとした。宇宙の始まりであるビックバンとシンオウ神話を結び付け、神話のポケモンならば新しい世界を作り出せると考えた。

しかしこれらクリア後のイベントを読み解いていくことで、むしろシンオウ神話がアカギの思想、行動のアンチテーゼになっていたことに気付く。

世界と心の繋がりを拒んだアカギだからこそ、心こそが世界を生んだというシンオウ神話の真意に気付けず、誰よりも"神話そのもの"を信じてしまった。

神話のポケモンが世界を作り出せる力が本当にあるかどうか今となっては知る由もないが、少なくともギラティナを捕まえればやぶれたせかい諸共世界が消えるというアカギの予想は外れたことからも、アカギが真の意味でシンオウ神話を理解していたとは考えられない。

アカギの計画は最初から失敗していたのだ。

変化していく神話

前述のとおりヒードランはシンオウ地方が誕生したときに生まれたという伝説がゲーム中で語られている。
そんなシンオウ誕生に関わっているほどに重要な伝説だが、ヒードランの伝説はサバイバルエリアでしか聞くことが出来ない。何故ヒードランの伝説は控えめにしか語られなかったのだろうか?これを少し考察してみる。

ここで提唱したい考えは、ヒードランの伝説はシンオウ本土には存在せず、バトルゾーン(あるいはサバイバルエリア周辺)で独自に変化していったシンオウ神話だという可能性だ。

HGSSのシント遺跡では、神話とはそこにあるポケモンや人の移動によって交わり変化していくものだと解説されている。

ヒードランの伝説も同じようにハードマウンテンという独自の土地、独自のポケモンの存在によってシンオウ神話が変化していった結果生まれたものであり、だからシンオウ本土の図鑑説明ではヒードランの伝説が書かれなかった…とも考えられないだろうか。

ハードマウンテンの伝説は遠く離れたシンオウ本土に伝わることはなかったかもしれない。
けれども、その土地で生きていた人々にとってはハードマウンテンもヒードランも確かに神様だったのだ。

伝説のポケモンとは何か

悪の組織の神話に対する考えがプレイヤーの神話観へのミスリードとなり、結果的にメインストーリーでは伝説のポケモンの力強さが分かりやすく描かれているが、伝説のポケモンの本質とは本当にその力そのものなのだろうか。

陸と海も創っていないし、互いに戦っていたこともないと公式で断言されたグラードンとカイオーガだが、ルビーサファイアの図鑑説明では、かつて洪水に苦しむ人々と干ばつに苦しむ人々を救ったとも書かれてある。

伝説のポケモンの力を目の当たりにし、救われた人々、あるいは洪水や干ばつといった災害に苦しんだ人々、そんな人々の心が伝説のポケモンに対する強い想いを生み、いつしか伝説が作られたのではないだろうか。

伝説のポケモンは語り伝える人がいて初めて伝説のポケモンになる。実際に伝説通りの力を持っているかどうかは重要ではない。

確かにヒードランは十字のツメで壁を這い回っているが、グラードンとカイオーガも陸や海を創ってはいないし、ディアルガやパルキア達も神話が残されているのみで本当の事は誰にも分からない。

人とポケモンの関係性を描き続けてきたポケモンという作品にとっては、神話のポケモンが本当に神様であるかどうかよりも、伝説のポケモンの存在が多くの人々の心を震わせ、世界を生み出したとまで形容させた神話を生んだ歴史そのものこそ、人とポケモンの深い繋がりを示すものであり尊いものだと私は感じる。

そして、ヒードランはシンオウ地方において伝説のポケモンが単なる超常的な存在ではないと私達に気付かせる為に必要な存在だったのだと私は思うのだ。

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