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茗荷谷くん #2

小さなアパートに向かう。
坂を下って、それからまた坂を上って、
ぐにゃりとした先にちょこんと行儀よく立っている、綺麗というわけでもない、
色気のない建物の方へ。
慣れたものだ。5か月も同じ電車を乗り継ぎ、改札を抜け、同じ坂を下っているのだから。
全てが、付き合いたての頃と、何ら変わらなかった。
一個だけ変わったのは、一人で改札を抜けて、一人でアパートまでの坂を下って、家の玄関が開くのを待つようになったことだった。
あなたが迎えに来てくれなくなってから、
改札は、いつのまにか私によそよそしい。

色気のない建物に続く坂も、
やっぱり、りんごを転がしてみたり
したくなるような
ロマンチックな坂ではなかった。
物語が生まれる前に、
りんごは坂を下り切った下の方で
街を紡ぐ灰色の線に溶けてしまいそうで
寧ろわたしをも溶かしてしまいそう。
だからいつも、足早に坂を下るようにしている。
後ろからも、前からも、
誰も来ませんように、
あの坂を下りきった曲がり角で、
誰かに会いませんように、
そう願いながら坂を下る。

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今日も、

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あ、

赤い。
赤い電車だけは、溶けない。

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