見出し画像

行政とスタートアップはなぜ交わらないのか【3. 組織のインセンティブ】

前回は、スタートアップと行政が交わらない要因を、カルチャーギャップという観点から考えてみた。今回は、それぞれの組織としてのインセンティブという観点から、考えてみたい。

なお今回は、あくまで組織総体としてどこを向いているか?に焦点を当てるので、そこで働く個人のインセンティブについては、次回のテーマとする。

(1)スタートアップ組織のインセンティブ

①スタートアップサービスの特性

1.序論において、多様化する社会とスタートアップの存在について触れた。

社会の価値観は多様化しており、大量生産大量消費型のサービスには限界がある。だからこそ、多様なニーズに対応できるスタートアップ的サービスにこそ、未来があると。

これを逆説的に言えば、細分化されたニーズに対応するスタートアップのターゲットは、(少なくとも初期においては)ニッチにならざるをえない。

私の古巣であるfreeeのメインプロダクトはクラウド会計ソフトであり、これはかなり大きなマーケットを狙っているサービスである。

しかしそれでも、初期は「ITリテラシーの高い、20代~40代の社長が経営する、都市部のスモールビジネス」という、日本においてはなかなかニッチな領域をターゲティングしていた。

スタートアップ事業開発の定説は、「特定ユーザーの渇望(バーニングニーズ)」に応えるサービスを作ることであり、これは、「大多数ユーザーの何となくのニーズ」の対義語である。

もしfreeeが最初から、ITが分からない高齢経営者(日本の中小企業経営者の平均年齢は67歳)にも優しい会計ソフトを作っていたら、尖ってないので若者には見向きもされないし、高齢経営者にとっても「別に今使ってるのでいいよ」となって使われず、全く売れなかっただろう。

スタートアップは、特定領域で尖り、ユーザーを熱狂させ、深いインパクトを残すことが、必須条件なのである。その中では、ターゲット外のユーザーの声は、ノイズでしかない。

①サービス特性に起因する組織インセンティブ

特定領域のユーザーを熱狂させるためには、社員も熱狂させる必要がある。社員がユーザーに愛を感じ、心の底からその課題を解決したいと願い、サービスを開発・改善してこそ、ユーザーも熱狂するのである。

ただ、これには副作用もある。ターゲット領域への愛が深すぎるが故に、サービスコンセプトをブラす外の価値観や、反対勢力的なものに対して、目を向けなくなる傾向がある。場合によっては敵対心さえ持つことがある。

30年前、当時スタートアップであったアップルの、IBM(=IT界の大多数・既得権益の象徴)をぶっ壊すCMは、あまりに有名である。

これは極端なケースかつ時代背景もあるが、ニッチなユーザーに深く刺さるサービスを作る必要があるスタートアップは、社会の特定の層にしか目を向けない合理的なインセンティブがある、ということは言えるだろう。

(2)行政組織のインセンティブ

①行政組織の役割

では行政組織の場合はどうか。

言うまでもなく、行政組織は国民、市民全体の公益を考えることが役割であるため、社会の特定の層にしか目を向けないといったことは、許されない。

とは言え、行政側のリソースにも限界はある。目を向ける先に優先順位を付けなければならない場合、その原則は基本的には、民主主義的多数決である。

②行政サービスの特性

例えば、予約システムや申請システムのような、市民向け行政サービスを提供する場合、常に出てくるのは、「Web完結って、IT使えない高齢者はどうするんだ?」みたいな話である。

これが、「web完結サービスとコールセンターを並走させる」といった結論になる場合はまだいい。ただ現実には、多くの行政機関においては、財政や人的リソース制約の問題で、どちらかしか選択できない。

そして多数決を取った場合、超高齢化社会の日本においてどちらが選ばれるかは、推して知るべしである。

③政策意思決定の特性

政策の意思決定においても同様である。

例えば、「スタートアップを振興しよう!」という政策も、単体では誰も否定しないが、一歩踏み込み、全体とのバランスを取る段になると、喧々諤々である。

規制改革のような議論の場合、必ずそれは、(多数派である)既得権益者を脅かしたり、(多数派である)他の価値観を重視する人の反感を買う。

タクシー業界の反発で道路運送法の緩和が進まず、uber的サービスがいつまで経っても日本で広がらない。安全神話の信奉により、革新的な新薬の承認が日本は先進国最遅である。といった例が分かりやすい。

もっと言えば、行政は法令の執行者であるため、法令を作る議員の意向に極めて敏感である。そして議員は選挙を通じた世論に敏感であるため、自ずと、行政機関の意思決定は、大衆にウケる分かりやすい政策を優先することになる。

このように、構造的に行政機関は、多数が求める政策を選択するというインセンティブがある。

(3)溝を埋める処方箋

大多数の声に寄ることが合理的である行政組織と、大多数の声はむしろ聞かない方が合理的であるスタートアップ。その間に溝があるのは必然だろう。

既出の例で言えば、「Web完結」の行政サービスを提案するスタートアップと、「IT使えない高齢者はどうするんだ?」と主張する行政。規制改革を提案するスタートアップと、既存業界や別の価値観とのバランスでなかなか物事を進められない行政、という構図である。

この構造的課題を打破するためには、どのような処方箋があるのだろうか。

①大きな波を捉える

行政機関が多数派の声に寄る、というのはあくまで一般論である。社会環境の変化、世論動向等々によって、特定のトピックが一気に最優先課題に浮上することもある。

最近で言えば、新型コロナ起因のデジタル改革の流れである。

「デジタル田園都市国家構想」の下で、1,800億円の交付金が地域のデジタル化のために確保され、各自治体はその使い道を模索している。

そんな中、例えば市民向け行政サービス(申請、予約等)のIT化を手掛けるGraffer社は、行政デジタル化の波に乗ってサービスを一気に拡大し、現在では136の行政機関にサービスを導入している。

またデジタル規制改革の中で、ハンコは廃止され、オンライン診療は解禁された。私が携わっていた電子帳簿保存法も、大改正(=中小企業が領収書、請求書等をデジタルで保存すればOKとなった)が実現した。

このように、社会の大きな波を捉えることができれば、これまで全く進まなかった行政との連携や規制改革を、一気に進めることができる。

②「大多数」の認識を変える

また、行政組織が「大多数は●●だ」と言う時、それは行政が「よく話を聞く人が、よく言ってること」に過ぎず、本当に社会全体のリアルな認識かと言えば、怪しいケースも多い。

例えば、「世の大多数は高齢者であるため子供に予算は割きづらい」と、まことしやかに言われているが、「教育費の無償化」に対して70代の半数、60代の6割は賛成しているし、70代の半数は、現状は「高齢者が優遇されすぎ」と回答している。

ITサービスは、大多数である高齢者が使えないと言うが、実際には何%の人が使えないのか?LINEは使ってるのに??

請求書や領収書のデジタル保存に多くの零細企業が対応できないというが、本当に何%ができないのか?殆どの会計ソフトが、デジタル保存に対応しているのに??

このような定量的な数字を示しながら、行政の話の分かる人と真正面から議論していくのも、正攻法の1つであろう。

③大多数とニッチが二者択一にならない設計

そもそもスタートアップ側が、(自社で実施するかは置いておいて)大多数も対象としたサービスをパッケージ提案できれば、問題は起こらない。

既出のオンライン申請サービスを提供するGraffer社は、行政の「IT使えない高齢者はどうするんだ?」という声に対応し、「郵送・コールセンター」業務を請け負うパートナーと提携して、パッケージでサービスを提供していた。

また、例えば行政職員の事務効率化のような、市民向けでないサービスの展開に舵を切れば、大多数かニッチかという議論から解放される。

このように、組織としてのインセンティブの違いは、構造として深刻ではあるものの、社会情勢、説明の仕方、提案の工夫によって、ある程度乗り越えられる。

むしろ根深い問題は、それぞれの組織に属する個人のインセンティブである。これは、次回のテーマとする。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?