見出し画像

ラマさんの言ってることは、音楽にも当てはまるし、どの職業にもあてはまるね。

平間和徳さんっていう方の名前を聞いたのは、数ヶ月前。少なくとも2020年に入ってからじゃないかな?プロスノーボーダー、無茶苦茶かっこいいです(直接は知らないけど)。


スノーボードと自分

海のそばで育ってちっちゃいころから波乗りしてて、学生時代はボストンのガタガタ道を毎朝毎晩スケボー(クルーザー)で滑走してたぼくにとって、スノーボードっていうのはいつかするんだろうなって思ってたスポーツだったんですよね。

といっても、小学校低学年の時に姉妹都市交流かなんかで沼田市(どこの県かもしらずに…ググりました、無知すぎ… 群馬なのね。)でスキーをした以外は雪とは無縁の生活。

でもね、よく気づいたらボストンという雪国に住んでるわけですよ。日本ほど雪山バンザイではないけど、ここで生まれ育った子たちはほぼ100%(言い過ぎかも)冬はスキー・スノーボードを小さい頃からしてて。

これって雪国あるあるかな?

で、車で1〜2時間北に向かえば、New HampshireのWhite Mountainっていうまぁまぁ有名な山ゾーンにも簡単に行けちゃうし。今はコロナで州境を跨げないからいけないんですけどね、気軽には。

そんな場所に住んでるから、まぁ友達たちは冬になると雪山に出かけていくわけですよ。しかも、仲良い2家族が両方ともどっぷりハマってて。

でも、今年はパンデミックのせいでなかなかいけないんじゃない?って思ってたら、子供の学校がリモートになったからって意気揚々とJay Peakっていうバーモント州の巨大有名リゾートに数ヶ月間の移住パッケージを買って行っちゃうっていうどハマり具合。

自然の中でするアクティビティーが大好きで、それっていい意味で自分のちっちゃさを感じれるからなんですよね。でっかい雪山を滑り降りてると、無力さというか、「委ねる」っていうことを感じられて。それを無理やりコントロールしようとするとうまく行かなかったり怪我したり。

雪面が「こっち行ったら気持ちいいよ」って言ってるのに、反対方向にいこうとしたらしんどいですもんね。波も然り。

音楽作るときもそうなんですが、それはまたの機会に。

ラマさんを知る

なんで、我が家族も始めるのは時間の問題だったわけです。で、レッスン受けたり、初心者用のちっちゃい丘(Bunny Hillっていいます。ウサギがすべる場所って意味)でビビりながら滑り(転がり)おりたり。

そうなると、雪山にいないときでも頭の中がそればっかりになっちゃって。今の時代はネットって便利なものがあるんで、YouTubeとかInstagramとかでいろいろ調べ始めてたんです。

そしてたどり着いたラマさん。

この動画でもう「これやりたい。」ってなりました。

くるくる回ってるところよりも、力を抜いて重力と雪面のちょうど間をふーっと移動していく感じ。あれを、アメリカのでっかい山でしたい!と思ったんですよね。

たぶん最初の動画はこれまたスーパースノーボーダーの谷口尊人さんって方がされてるP-Can Factoryっていうチャンネルの動画だったんじゃないかな。

最初はどうやって板立てんだろうとか、重心はどこに持ってったらいいんだろうとか技術的なところを盗もうと必死になってみてたんですよ。

だがしかし。

ラマさんのYouTubeだったりSNSの投稿をみているうちに、違うところに目が行き始めました。

彼の、モノの考え方。

オネェキャラでYouTubeとかもやってるので、目立つところってそういうところになっちゃってるんだけど、言っていることと、やっていることのベースになっている哲学というかセオリーというか…がどハマり。

「ダメをしないために○○してない?」

ってフレーズを聞いて、これってどのジャンルにも当てはまる言葉だよなと思ったんです。

まず、ルールは守んなきゃダメですよ。なんでもかんでもやるって意味じゃなくて。

だけど、海外にずっと住んでて、日本の特徴として目に見えてくる「迎合」する能力(良くも悪くも。忖度ですわな)のせいで「あれしたらダメかな?」「これしたらダメかな?」ってなっちゃう。それは日本で生まれ育ってるからボクの血にもたっぷり流れているものだから、響くものがあった。

なんのためかを考える

世の中の仕事だったりアクティビティーっていうのは、必要に迫られてスタートするものと楽しいからやりたくてするもんに分かれると思うんですよ。それが楽しいまま仕事にできたらそれに越したことはないし、仕事とは切り離して趣味として生きていくのもよし。

ただ、どちらにしても「楽しい」からしているってところを忘れがちだな…と。「あれしたらダメ」っていうのは、最初はその先に「このダメって言われたことをやめればもっと楽しくなるかもしれない」っていう気持ちがあったと思うんですけど、だんだんそこに縛られて窮屈になっていく。

これって、音楽の世界でも一緒なんですよね。蹴落とし合いがあるこの世界。(スノーボードもあるんだろうな。どの世界もか。)「あいつのあれはここがダメだ!」とか、「それをするとよくない」とか「まだそんなことしてんの?」とか。

細かい話をすると、「そんなEQのかけ方してんの?」とか「それじゃコンプ使ってる意味ないよ」とかってほんっとよく聞くんです。

いいんだよ、自分の決めたゴールに1mmでも近づけるためにしてることだったら。

ただ、意味のあるゴールを定められるだけのスキルは必要だから、そこは磨いていかなければならないんだけど。そしてそこは人に教えてもらって「わかった!」ってなることではないんでね。

ラマさんの説教タイム

SNSでいっぱいフォローアーいる人なんで、DMがいっぱいくるみたいなんですよね。で、多いのが「今日はどこのゲレンデがいいですか?」とか「いいブーツってどれがいいですか?」とか。

こういうDMへの返信って、普通の人は無視するか「これがいいよ」とかって適当に返して終わらせると思うんだけど、ラマさんは

「自分で考えないと、他人のせいにして終わっちゃうよ。」

ってものすごい長文で返してあげてたんです。そこまでの時間を他人に投資できる、その気合と気持ちがすごいな‥と。

その長文リプを受けとった学生(?)が、どう受け取るのかなってすごく思いました。めんどくさいって思うのか、衝撃を受けて目が覚めるのか。

ボクもよく聞かれることのうちの一つが「音楽作るの、どのアプリが一番いいですか?」とか「どの学校がいいですか?」とか。

ラマさんの言ってたように、人によって、経験によって、そして生きてきた文化によっても何が「一番」いいのかは違ってくるんです。

インプットを増やして、その中から情報を精査して、自分で試してみて、そして自分だけの「一番」を作っていく。その作業を進めていくしかない。

こんなことをずっと考えてるって、年取ったのかな…

Alexに教わった変化へ飛び込むこと

さっき言った、バーモントに家借りて雪山に行っちゃった友達の1人がAlexっていうんですけど、Alexも尊敬する人の1人。
小さい頃からスノーボードをしてきて、競技もしてて。Romeかなんかのボードのライダーだったのかな?だからプロだったってことかな…?

なんですが、仕事中に事故に遭って大怪我しちゃったんです。その経験があって、この先の人生を考えて新しい道を歩き出した。自然環境、特に雪山のことを考えて伝えていく仕事をスタートするみたい。

何歳になっても、自分がなんのために何をしてるのかっていうのを考えて、インプットを増やして、変化が必要なのであれば怖がらずに新しいゴールに向かって進んでいくのはアリなんだよなー…と思った話でした。

プロスノーボーダー目指すか…(嘘
息子たちがそこにたどり着くかな?楽しみ続けたらあり得るかもね。


この記事が参加している募集

最近の学び

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?