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コーヒーの移動販売車をスタートしたのは、たまたまでした。

こんにちは。

愛知県豊川市の自家焙煎珈琲豆店「スペシャルティコーヒー蒼(そう)」です。

ハンドドリップコーヒーに特化した移動販売車から始め、現在は、2台の移動販売車でイベントやマルシェの出店を行ったり、豊川インター近くにある店舗(焙煎室)、WEBSHOPを運営しています。

前回、僕とコーヒーとの出会いについて綴りました。


「今度は自分の人生のなかで、新しいことに挑戦したい」と仕事を辞め、2013年に自家焙煎コーヒーの移動販売車をスタートした僕。

自家焙煎の移動販売車をスタートしたきっかけや当時の想いなど綴ります。

とある珈琲店と、ある一冊の本との出会い

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仕事を辞めて、好きなコーヒーに携わりたかった僕は、コーヒーの勉強をするために、神奈川県のとある自家焙煎の喫茶店と出会い、そこで期間限定で働くことになりました。

その喫茶店は僕が社会人になって神奈川に移住したころにインターネットで見つけた珈琲店で、脱サラした初老のマスターが営むお店。当時としては珍しい、国名だけでなく農園まで指定した珈琲豆を扱い、なにより珈琲豆の鮮度の大切さを教えてくれたお店です。


それが、神奈川県相模原東林間にあったお店「珈琲新鮮館」(今は同地区内で移転で80席のお店になりました)。豆売り専門店の支店もあります。


この先の人生どうしたらいいんだろうなぁと途方にくれていたころ、とにかくダメもとでも気になる珈琲店で働けないか聞いてみよう!と、ある日そのお店を訪ねたのでした。

当時はまだ今の店舗移転前で小さなお店でした。


お店の入り口には業務用の焙煎機がどんと置かれていて、焙煎したての豆がずらりと並んでいます。奥に入ると客席はカウンター席とテーブル席が4席ほどあり、自家焙煎珈琲豆の販売のほか、カフェ、ランチなどのフードメニューもあり、スタッフの方々が忙しく働いていました。



気難しそうなマスター(ごめんなさいね、マスター、その時はそう見えてしまっていたのです。)に勇気をだして、

「自分も開業したいと考えています、珈琲の勉強したいと思っています。ボランティアでもいいです。スタッフの募集はしていますか?」

と聞いてみました。

そうしたら、実は今メインで働いている男性スタッフが今週で退職予定とのこと。さらにその後のスタッフは未定。

「その気があるなら来週履歴書をもってもう一度来なさい」とマスター。

緊張の面接を終え、思いもよらずそのお店のメインのスタッフとして受け入れてもらうことになりました。今思えば、この時どこの馬の骨かもわからないものを、良く受け入れてくれたなと思います。

当時はそんなつもりはなかったですが、今思えば安直に口に出した僕の「開業したい」という一言が発端で、色んな人が自分を受け入れてくれて、自分の道を切り開く大きなきっかけになっていったのでした。

「開業したい」「珈琲店やりたい」

と口に出したものの、どんな形でどんなものを提供するのかこの時点では漠然としていました。

日々お店で働く中で、感じたのは「喫茶店という店舗を持つことって大変だ」 と。

コーヒー以外でのあらゆることに神経を使う必要があり(料理とか、サービス面など)、もっと今の自分のレベルに適したやり方でコーヒーを仕事にできないかと考えつづけました。

その時に一冊の本に出会いました。コーヒー界の重鎮でもある、カフェ・バッハ店主の田口護さんの本

「カフェを100年、続けるために」

カフェ・バッハ 田口 護 著 旭屋出版
2010年12月24日 初版発行カフェ・バッハ店主。1938年(昭和13年7月29日)
北海道・札幌市生まれ。1978年以来、数度にわたって欧米コーヒー消費国を視察。コーヒー生産国の調査、取材は40カ国に及ぶ。そのうち数カ国では、コーヒー農園を指導する。1978年、バッハコーヒーを主宰し、数多くの後輩を指導。全国各地でバッハコーヒーの卒業生が活躍している。2010年SCAJ副会長(トレーニング委員長兼任)に就任。「プロが教えるこだわりの珈琲」「田口護の珈琲大全」(ともにNHK出版)など著書多数。


この本は、カフェ・バッハの始まりや、カフェを始める人たちへ、地域の人たちに愛される店づくりなど、コーヒーやカフェに対する想いなど、田口護さんの視点で多く綴られていました。

その本の中の第三章の最後のページにあったのが

小資本で始めるための開業相談Q&Aでした。そこで見えたことが


背伸びする必要はない

お店をしっかり構えなくても電話だけあれば良い

少しずつやっていけばいい

僕の心は晴れやかになりました。

そして自分の中の方向性としてきめた事。

飲食店での経験も少なければ、ましてやコーヒーの知識、技術だけでもまだまだ未熟な自分がそれでもできそうな事。

いきなりお店を構えなくたっていいし、
立派なカフェメニューをそろえなくてもいいし、
まずはコーヒーのことだけを考えて、まずはコーヒーだけのお店でいい。

店舗型営業にこだわらず、可能性のある限りあらゆる方法で珈琲を提供するコーヒーだけのお店。


まずはそこを目指そう。
自分にはコーヒーしかないのだから。

そして、そのとっかかりとして考えたのが、当時まだ世間では認知がなかったコーヒーケータリングサービスでした。

「どんな形でもいいから始めてみよう、コーヒー屋さん。」

神奈川の喫茶店での仕事を辞めるころはそんな思いで、
地元・愛知県豊川市に戻ってきました。


ロケーションとシチュエーションの価値

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僕の中で大切にしたいことがあります。

それは、 ロケーションとシチュエーションの価値  です。

昔からコーヒー道具をもって色んな先で自分で珈琲を淹れたりしていました。
山に登った時に一杯のコーヒーで感動したり、綺麗な海を眺めながら美味しいコーヒーを飲む。

それだけで心が豊かになります。

だからこそ、田口護さんの本にも綴られていたように、背伸びせず、自分らしく、大きな店舗を構えなくても。という言葉が響き、スタートしたのがコーヒーケータリングでした。

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コーヒー屋さんとしての最初の仕事は、昔の仕事のつながりで住宅メーカーさんの商談スペースでコーヒーを淹れました。住宅の商談中、ショールーム内で打ち合わせされるお客様にお出しするコーヒーをハンドドリップで淹れるのです。


住宅の商談というのは、お客様にとって一緒に一度あるかないかの大切な商談です。その大切な商談に見合うコーヒーの提供。シチュエーションに対しての価値を珈琲で更に上げる。


丁寧に淹れた珈琲、香り、味覚、視覚的にもお客様の緊張感をほぐし、おもてなしする側の企業さんに対するお客様の印象度も変わります。

まだまだマルシェ・イベントという言葉も少なかった当時。開業初期のこのころは、ケータリングサービスが僕の仕事の中心でした。

次は素敵なロケーションで淹れることができたら・・・そう願いながらも、少しずつ少しずつ、大好きなコーヒーに関われるチャンスを探っていました。


移動販売車ってなんですか?!

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ケータリングサービスの仕事を進めつつ、屋外や景色のいいところなどロケーションの良い場所でのコーヒー販売をしたくて、とりあえず露店(テントで飲食物を提供する携帯)の許可をとりました。

開業してすぐ申し込んだ豊橋駅の中心エリアの「まちなかマルシェ」。

テントで出店をしようと思っていたところに主催の方から、
「テント(露店)でのドリップコーヒーの販売は愛知県ではできないよ」と連絡がありました。
保健所にも改めて確認したところ、同じようなことを言われてしまい、焦る・焦る・・・。

各自治体の方針にもよるのですが、当時の愛知県ではテント(露店)で珈琲を淹れて提供するというのはNGだったのです。
保健所から頂いた答えは「移動販売車」という形ならあなたのやりたい事(目の前でハンドドリップした珈琲を販売すること)はできますよ。とのこと。

い、移動販売車?
すごいお金もかかりそうだし、
なんだかすごいことになっしまったかも。。

これが僕と移動販売車との出会いでした。


そう、移動販売車をやりたい!と思って実現したのではなく、
自分の思い描いた好きな場所へ行ってコーヒーを淹れて販売するためには、
そうするしかないという事を僕は開業してから知ったのです。

なんという行き当たりばったり。

当時のFACEBOOKにはこんな記事も。

移動販売車を取得する事にしました。しかも急遽。。予定のなかった動きに翻弄させられてます。。愛知県民なのに、友達は皆車詳しいのに、俺はさーっぱりわからない。
陸運局に行ってナンバープレートの種別を基本的な事から教えてもらいました。。四No.と五No.の違いとか。。
普通の人なら普通に知ってることだろうか。。(当時のFBより抜粋)

2012.12.某日


そしてすぐに車を探しに出かけました。

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そして出会ったのがこの青い車。今では蒼のメイン看板カーとしても活躍していますが、偶然浜松の車屋さんで出会ったのがこの車でした。

昔同じような車に乗っていたこともあり、仕様感もわかるし中も広い。そしてクラシックな見た目なので、見た目を変えることをしなくてもいい(緊急で欲しかったしお金もなかったので笑)。
まよっている時間はない、これを自力で改装し、移動販売始めるんだ。
ロケーションの良い場所で、コーヒーを淹れるんだ。

当時の僕のFacebookには

一週間ほど前に、
車を購入しました。
僕は車の事はまーったく知らないのですが、
スバルのサンバーディアスクラシックの40thアニバーサリーというなんだか御機嫌な感じの車です。
状態も良く(て車の事わかんないですが、、)こいつと今改造に向けて奮闘中です。。

2012.12.某日



当時、僕の中で移動販売車の知識も全くなし。
この愛知県で「移動販売車」「キッチンカー」という存在がどんなふうに活躍してるかなんかも全く知らず、開業資金も焙煎機とこの車代でふっとんでしまい、

とにかく車の改造はDIYでお店っぽくしなきゃ!まずは手書き看板でとりあえず!!という全くの手探り状態でスタートしたのが、蒼の移動販売の歴史のスタートなのでした。


僕なりの「開業論」~行き当たりばったりでもOK?~

今思えば、
珈琲店に勤めるきっかけも行き当たりばったり。
移動販売車を始めるきっかけも行き当たりばったり。

「開業したい」と軽口をたたいてしまった。
その一年半後には移動販売車という形で、いろんな物事が行き当たりばったりで進んでいきました。
この時のご縁の数々と、偶然の積み重なりで手にした移動販売車。その偶然の移動販売車が、今の蒼の活動を大きく支えています。

今、思えば方法はどうでもよかったのです。

コーヒーをいうものを通じて、
「自分の人生を豊かに、そしてお客様の生活を豊かにする」
そうやって自分の生業が成りたてばよかったのです。

いつだってどんな状況だって、
「自分はこれでいいのか?」という不安はつきもの。

「立派な店構えにしなくていいのか?」
当時の僕もそんな不安におそわれながら、田口さんの言葉を参考に、まずは「今の自分にできること」を優先し、
「どんな形であれ、コーヒーを生業にする」という夢はしっかり持って、そこにたどり着く方法は柔軟に(成り行きまかせ笑)で進んでいたように思います。

開業する、
新しいことに挑戦する、
チャレンジの瞬間におとずれる不安、
「誰かと比べて自分がどうであるか」、
「自分なんかにできるかどうか」。

他人の価値観に左右されず、
自分をよく見つめ、「今の自分にできること」をちゃんと見出す。
その背丈に合ったことだったら、いつでも開業はできるんじゃないかと、
僕はそう思います。

開業してみたいなという方は、ついつい開業やお店のオープンそのものがゴールのように思えてしまうかもしれません。

ですがそれは単なる「方法」の一つで、「通過点」の一つです。

本当のゴールはその先の「幸福度」
その仕事や挑戦を通じて、どんな幸福度を得たいのか?

それを意識して前向きにコツコツやれば、方法はどんなでも少しは自分の理想の「幸福度」にたどり着けると僕は信じています。


次回へ続く。

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スペシャルティコーヒー蒼
住所 〒442-0005 愛知県豊川市本野ケ原1-35
TEL 0533-74-3194
営業時間 11:00-18:00
営業日 毎週水~土曜日

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