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第3回|犬を飼うにはまず結婚?

行動分析学を取り入れた「犬との暮らし方」にまつわる連載。犬と生きていくこととは、犬を飼うとはいかなることか。保護犬はると行動分析学者ボクの生活から、そのヒントをお届けします。*マガジンページはこちら

◎第3回◎
自分に犬は飼えないのだろうか? 一人暮らしには無理?
犬を飼うための調査を進めるも、諦めの思いが頭をよぎる。そんななか、何もせずにはいられないボクは実際に犬たちに会うべく、とある施設へ行ってみることに。

 「犬とのめぐり逢いは運と縁だから急がず気長に待っているといいですよ」山本先生からはそう助言されていた。
 それでも何もしないではいられないボクは杉山先生にお願いして、佐良先生が主宰するアニマルファンスィアーズクラブ(AFC)を見学させてもらった。AFCは那須塩原の広大な敷地に屋外・屋内のドッグランがいくつもある会員制の施設だ。こういう施設の広さを説明するには東京ドームを単位に数えるのが慣例みたいだが、ドーム30個は簡単に入りそうだ。あくまでボク個人の印象ですけど。

 AFCではオビディエンスやアジリティのトレーニングやトレーナー養成を行っている。オビディエンスは犬が人と一緒に歩いたり、指示にしたがって止まったり、座ったり、ぐるっと回ったりできるようにする訓練、アジリティは犬が跳び箱や平均台やトンネルなどの障害物をものすごいスピードで走るようにする訓練だ。どちらも競技が開催されているという。フリスビーとかダンスもありますよと、スタッフの一人でフリースタイルという競技の指導をされている秋元先生が教えてくれた。

 その日は海外からアジリティの専門家が来ていて、犬とトレーナーが一緒にフィールドを駆け回っていた。飼い主よりも専門家の方が犬をうまく走らせる。そして専門家が、犬に指示するときの腕や指の角度や一緒に走るときの足の方向など、ちょっとした仕草について解説して見本を示し、トレーナーがその通りにやってみると確かに犬の様子ががらっと変わる。感動ものだ。でもそれよりも興味深かったのは、フィールドではトレーナーの指示にしたがって走り回る、競技でも活躍しているという犬たちが、待ち時間にはクレート(「檻」とか「小屋」とはもう言わないのだ)ではがんがん吠えていて、それが飼い主さんの悩みだったことだ。

 「おうちで人と一緒に平和に暮らせるのが家庭犬にとっては一番大事なんですけどね」と、山本先生が通訳の合間にボクに漏らした言葉が印象に残った。山本先生はニューヨークでトレーナーとして修行され、現地でトレーナーの仕事をしてきた人である。英語も堪能で、AFCが海外から招聘しょうへいする専門家によるワークショップでは通訳と解説を勤められていた。

 ところでAFCの佐良先生とは知る人ぞ知るあの佐良直美さんである。『世界は二人のために』はミリオンセラーでレコード大賞新人賞を受賞され、紅白歌合戦には歌手とし13回、司会としても5回出場されている。まさに往年の大スターだ。お会いすると確かに貫禄がある。でもその凄みは芸能界の大御所というより、数百頭の犬や猫を救ってきた動物愛護の実績からくるものだった。自ら愛車の4WDを運転して日本中を駆け巡り、あちこちで捨てられた動物を救助してこられた。AFCは人と犬のトレーニング施設でもあり、佐良先生個人の巨大な保護施設でもあるのだ。

 「犬をお飼いになるならね」佐良先生はAFCの食堂で晩酌しながらこう言われた。
 「まずはご結婚なさるといいですよ。」
 そのときにはこの言葉の真意がわからなかったボクも、いずれそのことを身にしみて感じることになる。

 その後もボクは犬を飼うべきか否か、飼うとしたらどんな犬がいいか、子犬か成犬か、雄か雌かと日々考え、迷った。バセンジーという犬種は吠えないという噂を聞いて、遠方のブリーダーを訪ねたこともあった。日本では希少種らしく、3か月後に生まれる予定の仔犬ももうほとんど予約されているという。仔犬と会って少し遊んでみてから決めるのかなと思っていたが、そういうわけにはいかないという。なんか違うなと思いながら話を聞いていると「飛行機でお届けすることもできますよ」とまるでネット通販のような話になってきた。丁寧にお礼をし、おいとました。

 そうこうしていたある日、山本先生から連絡があった。東日本大震災のあと、立入禁止になった福島の避難区域では、飼い主と一緒に避難できなかった犬が数多く保護されていた。保護団体の一つ、みなしご救援隊というNPOがAFCの近くに拠点となるシェルターを開いていて、佐良先生がそこにいる犬を見に行ったそうだ。シェルターで何十頭もの犬がわんわん吠えている中、静かに佇んでいる仔犬が一頭。手を伸ばすと、少し警戒しながらも寄って来て、佐良先生の手の中に入ってきたそうだ。


 その話を聞き、山本先生もシェルターまで出かけていって犬を観察してくれた。おそらく生後4-5か月くらい。一緒に保護された他の犬が吠えまくっていても吠えずに静かにしている。人に触られても嫌がらない。

 動物愛護の先進国では犬がどのくらい人と一緒に暮らせるかを測定する適性評価という手法が確立されていて、山本先生はそうした技術も習得されている。その山本先生が「100頭に1頭の犬です」という。ボクが住んでいるマンションでは飼い犬に関する規程があり、体重は10kg以下、体長は50cm以下でなくてはならない。仔犬がどこまで育つかは足の裏の大きさでおおよそ判断できるらしく、この仔犬なら今より大きくはならないとのこと。
 写真も送られてきた。仔犬にしては大きく見えた。茶色で短毛。すっきりして賢そうにみえる。

 心は決まっていたが即答するのは考えなしのように思え、目一杯我慢し、翌日に「ぜひお願いします」と返信した。

to be continued…

★プロフィール
島宗理(しまむね・さとる)[文]
法政大学文学部教授。専門は行動分析学。趣味は卓球。生まれはなぜか埼玉。Twitter: @simamune

たにあいこ [絵]
あってもなくても困らないものを作ったり、絵を描いたりしています。大阪生まれ、京都在住。instagram: taniaiko.doodle