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第4回|嫁入り準備

行動分析学を取り入れた「犬との暮らし方」にまつわる連載。犬と生きていくこととは、犬を飼うとはいかなることか。保護犬はると行動分析学者ボクの生活から、そのヒントをお届けします。*マガジンページはこちら

◎第4回◎
犬と暮らす毎日がいよいよ始まる。今までの空想や妄想が一気に現実となり、準備もついに本格始動。何が必要で、お金はいくらかかるんだろう?

 犬は飼いたいけれど一人暮らしのボクに飼えるだろうか。飼うならどんな犬がいいだろうと思案していたが、決まるときは一瞬だった。本やインターネットの情報を元にしていた空想や妄想がいっぺんに現実になった。
 
 犬用の食器を買わなくちゃ。フードはどうすればいいんだろう。トイレは? そもそも家の中のどこで犬を飼えばいいのだろう。疑問は次から次へと湧いてくる。

 山本先生に相談すると、何を準備すればいいかとても丁寧に教えてくださった。まずは「クレート」である。家の中で犬が安心して過ごせるワイヤー製のケージのことだ。ふかふかのクッションを中に入れて快適に過ごせるようにする。そしてクレートの周りに柵のように組み立てる「サークル」。犬が家の中をどこでも好きなように動き回るようにしてはいけない。ここまでなら自由に行き来できるよという範囲を物理的に指定する。クレートもサークルも市販されているが、サークルは犬が家と人に慣れるにつれて大きさを変えていくので、ホームセンターで組み立て式を買うといいらしい。

 「犬が来ても触らないでくださいね」と山本先生。引越して、環境が変わって、ただでさえ犬は不安になる。それなのに知らない人に始終べたべた触られ、追いかけられたら犬でなくても落ち着けない。まずは不安にさせず、怖がらせず、安心できるようにするのが最重要事項なのだという。言われてみればまったくその通りだが、犬が来るのを心待ちにしているボクには、言われた通りに我慢できるか、あまり自信がなかった。

 マンションの間取りをメールで伝えると、クレートやサークルをどこに設置すべきか山本先生が提案してくれた。山本先生は、普段から、近所迷惑なほど吠えて困る犬の飼い主の相談にのっている。間取りと犬がいる場所を電話で聞き取り、犬が安心できるように部屋の中のクレートやサークルの位置や居場所などの環境を変えるだけで吠えが劇的に減ることもあるという。確かに、玄関の近くや窓際とか、見知らぬ人がしょっちゅう往来するところにいて吠えまくっている犬は近所でもよくみかける。

 サークルは居間に設置することにした。居間はベランダに面しているがうちはマンションの8階で車や人が往来する音はほとんど聞こえない。それでも念のため、クレートはベランダと反対側、部屋の隅に置くことにした。居間とキッチンの間には人の赤ちゃん用のベビーフェンスを置いた。
 部屋を片付け、必要なものを買い揃え、引越し準備を整えるにはもうしばらく時間が必要だ。それまでシェルターに留めるのも可哀想だからと、ボクの家の準備が整うまで、佐良先生がアニマルファンスィアーズクラブ(AFC)で預かり、その間に避妊手術もしてもらえることになった。

 ボクは山本先生から聞き取った物品やすべきことを一覧表に作成して、犬を迎え入れる準備を開始した。食器やトイレ、トイレシーツ、サークルの下に敷く防水シート、散歩のときにうんちを回収するビニール袋、ブラシや抜けた毛を掃除するコロコロ、シャンプー、おもちゃ、フードをつめて食べさせるコング、家の中で噛まれたくないところに塗布するビターアップルというスプレーなどなど。

 リードは山本先生がプレゼントしてくださるという。AFCに犬を迎えにいくときにも同行してくださり、ホームセンターで購入するものはそのとき一緒に買い物してもらえることになった。


 獣医さんにかかる費用も教えてもらった。法律で義務化されている狂犬病ワクチンは毎年1回、犬特有の病気を防ぐワクチン接種も年1回、春夏の蚊がでる時期にはフィラリア予防の薬、そして万が一の病気や怪我に備えたペット用の保険など、フードやトリーツなどの食事代の他に結構な額のお金がかかることがわかってくる。ちょうどいいと思い、日常的な出費を見直して、その頃はあまり行っていなかったスポーツジムを退会するなど、できそうなところは思い切って節約することにした。

 平日は引越し準備の計画をして、週末に買い出しに行ったり、部屋の片付けをした。サークルを設置するために、居間にあった大きな座卓と大きなソファも処分した。どちらもこれまでボクの家でホームパーティーを開催するときに活躍してきた歴史と愛着のある家具だったが思い切って粗大ごみ回収に出した。本やオーディオシステムを置いていた低いラックは、扉を閉められる頑丈なキャビネットに交換し、百均で売っている金属ネットで正面を覆った。あちこちにむき出しになっていた電源コードや接続ケーブルははみださないように格納した。これで犬がいたずらしようにもできなくなる。

 ベランダでは花火大会をみながらバーベキューをしたこともあったが、今後は犬の遊び場になる。そう考えてみるとフェンスの隙間が広すぎる。測ってみると10cmもある。興奮した犬が柵を抜け出して落下でもしたら悲惨だ。すぐに農作業用の厚手のネットを買ってきて一面に貼り付けた。
 
 ワクワクが頂点に達し、ようやくその日がやってきた。

to be continued…!

★プロフィール
島宗理(しまむね・さとる)[文]
法政大学文学部教授。専門は行動分析学。趣味は卓球。生まれはなぜか埼玉。Twitter: @simamune

たにあいこ [絵]
あってもなくても困らないものを作ったり、絵を描いたりしています。大阪生まれ、京都在住。instagram: taniaiko.doodle