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風景のレシピ | nakaban

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私たちは本当には何を見ているのか――「旅と記憶」を主題に絵を描く画家のnakabanによる、風景画へのまったく新しいアプローチ。人が世界をどう見て、どう捉え、どう表現するかという… もっと読む
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風景のレシピ #64 “自転車の男”| nakaban

風景のレシピ #64 “自転車の男” 1.どこかへ自転車を走らせる男を配置する。   彼のために、適度の起伏のある道を用意する。 2.道の左右には広大な荒地をひろげ、朝の光を全体に振りかける。 3.激しい海風を吹かせる。   風と塩に長年耐えてきたような無家をぱらぱらと配置する。 4.地平線の彼方から雲ひっぱり寄せる。その影を荒地に落とす。 5.あの自転車の男のように、道の向こうに行きたくなったら、できあがり。

風景のレシピ #63 “海岸の並木道”| nakaban

風景のレシピ #63 “海岸の並木道” 1.靄のかかった憂鬱な休日をよく練り、四方に伸ばす。   硫黄色の空には波状雲をたなびかせる。 2.どこかへと続く道を通し、低めの堤防を添える。 3.背後に高く切り立った崖をダイナミックに並べる。 4.道に沿えるように街路樹を植えていく。   できあがった並木に呼応するかのように、堤防にかもめを並べていく。 5.並木の背後に家を一軒建てる。   あなたの友人の家である。   波の音がそこかしこに鳴り響き、海風が薫れば、できあが

風景のレシピ #62 “Aquarium”| nakaban

風景のレシピ #62 “Aquarium” 1.ひとつの町をつくる。   地図を描くように始める。通りや塔のある建物、広場をつくる。   看板を飾り、街灯を立てる。   人や車は配置しない。 2.日が沈んだころ、その空間にミネラルたっぷりの海水を流し入れる。   しばらく経つと、海底となった地面から気泡が立ち昇りはじめる。   街灯や窓明かりの光源はそのまま点くにまかせておく。 3.地中海のいわしの大群を遊泳させる。 4.月を水に浮かべる。   光がいわしの背中や建物

風景のレシピ #61 “TREE HOUSE”| nakaban

風景のレシピ #61 “TREE HOUSE” 1.朝露をよく含ませた朝をひろげる。 2.無数の針葉樹を植え、朝の光をふりかける。   樹間から漏れ聞こえる鳥たちの歌を聴く。 3.多くの木を利用して足場を組む。   釘は使わないように工夫する。 4.足場の上に家を組み上げる。窓やドアを忘れないように。   ドアの前に都会から運んで来た植木鉢をひとつ置く。   デッキに穴を開け、梯子をおろす。 5.暫くの時の間を置き、森の苔で家が覆われたら、できあがり。

風景のレシピ #60 “マイクロ三輪トラック”| nakaban

風景のレシピ #60 “マイクロ三輪トラック” 1.明るい日差しに覆われた裏通りの空間をひろげる。   通り沿いに白い壁の民家を並べる。 2.モザイク模様の石畳を好みのデザインで敷き詰め、よく踏み固める。 3.旧式のマイクロ三輪トラックを路肩に停める。 4.明るい色の植物を好みの場所に一群生ける。   窓辺に花を飾り、石畳に花びらをふりかける。   休むための日陰の納屋を建て、アーチ越しにその風景を眺める。

風景のレシピ #59 “Watch”| nakaban

風景のレシピ #59 “Watch” 1.職人となって腕時計をデザインし、組み立てる。   文字盤、針、りゅうず、覆い、金属部分、ベルト…。 2.一晩寝かせておいた街角の空気を静かにひろげる。 3.時計を手首に巻き、その街角の雑踏に佇み、時を確かめる。

風景のレシピ #58 “個人史的な楽器店”| nakaban

風景のレシピ #58 “個人史的な楽器店” 1.薄明かりに覆われたアーケードの内側の空間をつくる。   足下には石畳を敷きつめる。 2.埃っぽいショウウインドーのある店舗を建てる。   ウインドーの内側には、ガラスの飾り棚を取り付ける。 3.自分の人生を振り返って、思い入れの深かった楽器を並べる。   木のやさしさ。   鉱物の透徹。   皮の哀しみ。   プラスチックのあどけなさ。

風景のレシピ #57 “歩道橋”| nakaban

風景のレシピ #57 “歩道橋” 1.季節や時間帯がよくわからない不思議な空間をひろげる。 2.空間の奥の方に歩道橋を渡す。   歩道橋の下に線路を敷き、列車を並べる。   鉄道の敷地の境界には古びた鉄の仕切りを立てる。   工事の際に用いた仕切りをそのまま…という風に。 3.歩道橋の側面には何かの標識のようなものを掲示する。   橋の上に実際に立ち、周囲の音に耳を澄ます。 4.向こう側には栄えたビル街をつくり、木を少々植える。   できあがり。

風景のレシピ #56 “水に沈んだ遺跡”| nakaban

風景のレシピ #56 “水に沈んだ遺跡” 1.見下ろした低い場所に水を流し込む。   水は陽の光をあてて適度に温め、水面をきらきらと輝かせる。 2.水に浸かった状態の、石の構造物を建てる。   それは瞬時にして古びて遺跡のような佇まいになる。 3.手前にも苔でいっぱいの古い壁をつくる。   丸みのある壁の上部を手で撫でてみる。   視界の上部は植物で覆う。 4.遺跡の向こう側には霧を漂わせる。   水の中に魚をゆったり泳がせる。

風景のレシピ #55 “Lost Corner”| nakaban

風景のレシピ #55 “Lost Corner” 1.壁に挟まれた誰もいない空間に石畳を敷きつめ、路地とする。   石畳の隙間から草が生えてくる。   しばらく佇みながら、反響する都市のノイズを聴く。 2.工事用の大きなごみ箱を置き、廃材ごみで満たす。   ごみは路上にも溢れる。 3.腰掛けたくなるような石段をつくる。   古びた壁には金属のランプシェードをとりつける。   壁に無人の窓を開ける。   窓の無い壁は番地のプレートや剥がれたポスター跡で彩る。 4.一角に

風景のレシピ #54 “キッチン”| nakaban

風景のレシピ #54 “キッチン” 1.窓のある明るい空間をひろげる。   壁と床にタイルを貼る。   すきま風でガラスが鳴りひびく窓辺に観葉植物を置く。 2.大きめの台をしつらえ、シンクをはめ込む工事をする。   ガスコンロを置きガス管と接続する。 3.引っ越してきた当日のように、食器や調理器具をひろげる。 4.ガスの元栓を開き、カラフルなポットで湯を沸かす。   蒸気が吹き出たら、できあがり。

風景のレシピ #53 “カイヅカイブキ”| nakaban

風景のレシピ #53 “カイヅカイブキ” 1.ビルに囲まれた小さな公園をつくる。   上空から鳥の声をうっすらとふりかける。   時間はちょうど昼下がり。 2.園の中心にカイヅカイブキを植樹する。    木の幹と葉を螺旋状にねじりながら、ゆっくりと育てる。 3.地面には木の影を落とし、まばらに草を生やす。 4.樹形を丁寧に整える。   ひそかな針葉樹の香りが漂い始めたら、できあがり。

風景のレシピ #52 “Airport”| nakaban

風景のレシピ #52 “Airport” 1.よく整備された旧式の飛行機を一機配置する。   飛行機の扉を開けてタラップ車と接続する。 2.アスファルトで覆われた空港の敷地を彼方まで拡げ、   さらに数機の飛行機を配置する。   向こうと手前を囲むように空港のターミナルビルを建てる。   温度を上げ、アスファルトの地面に陽炎を立たせる。 3.リムジンバスや荷物車などを配置する。 4.すぐ手前にターミナルビルの窓枠を設け、旅人の手荷物を並べる。 5.構内のざわめき、放

風景のレシピ #51 “Sun Gazer”| nakaban

風景のレシピ #51 “Sun Gazer” 1.さまざまな色の光をあつめ、よく煮詰めて太陽をつくる。 2.できあがった太陽を空に浮かべる。   太陽を中心に光の輪を重ねていく。   ところどころ輪から逸脱する動きもみせる。 3.空の広さを邪魔しないように家々を配置する。電飾灯をかかげる。 4.気がつけば、誰もいない街角に立っている。   今を記憶に深く留めたら、出来上がり。