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東京事変的ハレの日を祝って―『緑酒』MVに見る和の文化的美しさを貴ぶ【音楽文移植その15】

実に10年振りのオリジナルフルアルバムリリースとなった東京事変『音楽』。
アルバム発売前に公開された収録曲『緑酒』のMVは、これまでの東京事変のキャリアの、まさに最高到達点と呼ぶに相応しい映像ともなっている。
映像監督は東京事変、ないしは椎名林檎の好事家達にとってはもはやお馴染みの人である児玉裕一氏。これまでにも数々のシーンで彼ら5人を撮影してきた監督による本楽曲の映像は、「東京事変的ハレの日」という非常に明確なコンセプトを据えたムービーとして仕上がっていた。

屋敷の入口に飾られた幕、縄飾り、国民の祝日を示すカレンダー。御客人を迎えるべく打ち水を施し、食事の準備や自らの支度に奔走する椎名林檎。
次々と邸宅を訪れ思い思いの時間を過ごした後に、黒の紋付袴へと召し替える男性メンバー陣。どことなく厳かで、一方で非日常感、特別感にそわそわと浮き立つような。正月や祝言の親戚一同の集まりを彷彿とさせる、まさに日本の古き良きハレの日の一幕を切り取った息遣いを感じさせる映像だ。
画角に写り込む、日本の伝統や格式を感じさせる様々な光景。一方で、妙齢の大人のお姉さんの支度を覗き見るおませな子どもたちに、どっかりと縁側に座り一人先に「始めている」叔父様や、階段の下からひょっこりと挨拶を交わし下に居る事を手で指し示す叔父様。
これらは今でこそ希少な光景かもしれないが、一部の年代以上の人々の幼少の記憶を思い起こさせる、日本のイエ社会における会合・宴席で日常として転がっていた光景を随所に差し込むことも忘れない。格調高い景色だけでなく、そんなありふれたワンシーンをも挟むからこそ。まるで彼らの宴席に実際にお招きを頂いたかのような、そんな心持ちを抱く人も少なくないのではないだろうか。

8年の歳月を経て、今や音楽業界のドリームチームとも呼ぶべきアーティスト集団となった東京事変。その復活は各メンバーの挙動や活動を鑑みる中で予測の範疇でこそあったものの、再結成のニュースはまさに信じ難い祝報であったファンも多いことだろう。
その時々の時代の潮流を取り入れつつも、再結成後も一貫してバンドの根底にあるのは、日本という国の持つ古き良き伝統や文化への敬愛の心。温故知新を根底に今日も音楽を奏でる彼らの再結成を祝う日は、まさにハレの日と形容するに相応しい慶ばしき祝日に相違ないとも言える。
美酒の意味合いを含むタイトルを冠する本曲には、自身がこれまでに歩んできた道のりを振り返り、そして未来がより良い物になりますように、という純度の高い願いや祈りにも似た言葉が歌い上げられている。
これまでも良い人生であった、これからも日本国民遍く皆の衆の前途に幸あれ、と。緑酒の満ちた杯を掲げるようなこの曲は、東京事変の2020年再結成が決まった際、バンドが水面下に動く中で最も初めに作られた曲だという。つまり実質、バンドにとってはこの曲が復活後初の東京事変楽曲となるわけだ。

これまでリスナーにとっては、東京事変の復活を象徴する楽曲といえば『永遠の不在証明』の印象が強かったのではないだろうか。
再結成後に初の大型タイアップを獲得した本作も、そのMVや楽曲の世界観で東京事変の「再生」を非常にコンセプチュアルに彩った作品である。こちらも違いなく彼らの再結成を象徴する作品ではあるが、それでもこの楽曲では、彼らが戻ってきてくれたことがまだどこか夢見心地であった人も多かったに違いない。
そんなリスナーも真の意味で東京事変の復活を象徴する本楽曲を聴きつつ、バンドの再結成を祝事として描いたMVを視聴したことで。祝いの席の黒装束に身を包み5人が揃って演奏する姿を見、御膳に並ぶ懐石を囲んで和気藹々と宴席を楽しむ彼らを見たことで。
こうして誰一人欠けることなく再びバンドとして集えたことが、大きな実感と感動を伴って、ようやく現実として受け入れられたのではないだろうか。

舞い散る満開の花吹雪。その下で佇み、酷くリラックスした表情で笑い合う黒留袖と紋付袴を身に纏った東京事変のメンバー。
たったワンシーンだけの光景だが、それは酷く美しく、そして後にも先にも二度とないかけがえのない景色として脳裏に焼き付いて離れない。
何よりもその一幕の美しい映像に対して、目頭が熱くなるほどの感動や尊さを覚えられるということに。
自分が古き良き和の国・日本に生まれ育った人間でよかったと、強くそう感じる事ができるのだ。

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すでにサービスが終了している「音楽文」様より以前サルベージしていたやつです。
数年間で15本もどうやら書いていたらしかった。意外と書いてるネ。
単純かつ正直な人間なので、たくさんの人に見てもらえる可能性のある場所がないと、どうしても音楽に関する文章を書く気力がなくなってしまっている。
でもたまにどうしても音楽の事を文章で表現したい!という気持ちが湧き出ることは当然まだまだあるので、なんかしらの形でマイペースに続けていけたらなと思います。