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春がきた、魔王(美少女)に恋をした

 うららかな春の日、僕のクラスに転校生がやってきた。ストレートロングな黒髪に、赤みがかった瞳、セーラー服からのぞく素肌は雪のように白い。

「流風里穂と言います。私は異世界で魔王でしたが、勇者に倒されて、昨日、転生してきました。この世界のことは分からないことばかりでご迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」

 春だ。この手のおかしなやつが転校してきてもおかしくない。まあ、この学校は芸能人も多い私立で変わったやつが多いから、普通に受け入れられた。

 というか、30人のクラスメイトのうち20人は仕事(テレビとか雑誌とかYouTube撮影)でいなかった。残りの9人は机に突っ伏して寝ていた。だから、教師は僕を里穂の面倒見役に指名した。

「よろしくお願いしますね。剣くん」

 彼女はそう言って隣の机に座って微笑んだ。胸が痛んだ。苦しい。もしかして魔王に変な魔法をかけられたのかもしれない。冷や汗をかいている僕に里穂は言った。

「私はなにもしていませんよ。剣くん、顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」

 心配そうに言う彼女に僕は、うん、と言うしかできなかった。女の子と交際したことがないばかりでなく、話したこともないことないため、かなり後になるまで僕がこの時、彼女に一目惚れをしたことが理解できてなかった。

「剣くんはどうして、真剣に授業を聞くのですか?」

「……」

「ごめんなさい。なにか失礼なことを言いましたよね。私、本当にごめんなさい」

 隣で顔を伏せて、涙をためている里穂は、僕が緊張して声が出せないのを嫌われたと勘違いしている。ぽたりとノートに涙が落ちる音が聞こえた。

「ちがう」

「え?」

「僕は女子と話したこと…ない…から、なんていうか。ごめん」

「謝らないでください。私も静かにしてますから」

 僕と里穂は、教師が黒板に書く数学の式を黙々と書き写した。2限目が終わると、さっそく大イベントが襲いかかってきた。授業の途中から、くーくーと小さなお腹の音がして、赤面している里穂を飯に誘わなくてはいけない。

「あのさ」

「はい」

「嫌ならいいけど、昼メシ食べに行くか?」

「はい! よろしくお願いします」

 満面の笑みで言う里穂に、学食で食べるのと、購買でパンを買って食べるのとどっちがいいかと聞いてみた。

「パン…なら前世で食べたことがあります。購買とはなんですか?」

「百聞は一見にしかずっていう言葉がある」

「hyakubunnhaikkennnisikazu?」

「……。行こうか」

「はい」

 まあ、人気があるパンはこの学校でも速攻で無くなるのは同じこと。僕が校舎を案内しながらついた時には、あんぱんしか残ってなかった。

「ごめん。あんこって大丈夫?」

「あんこ?」

 里穂は首をかしげて細くて白い人差し指を、ほっそりしたあごに当てた。前世が魔王でだったっていうのにこだわっているのだろうか。

 なんだろう。この娘はVtuberとかそういうのを、この設定でやろうとして練習として、学校でやっているのかな?

 それなら…

「あんこっていうのは、食べると体力が一気に回復するすごい食べ物なんだ」

 里穂の瞳が輝く。

「そうなのですか!? そんなすごいものでしたら、さぞ高価なのでしょう」

「それがこの世界では100円なんだ」

「100円。なんという高価な!」

「いや、僕でも買えるから。牛乳パック、あー、ミルクは飲める?」

「飲めます!」

 僕は購買のおばちゃんに400円を払った。おばちゃんは、この子が転校生かい? と言った。うん、というと。とうとう剣にも春がきたか~とニヤニヤした。僕は赤面した。

「剣くんはどうして顔が赤いのですか? あの女性に侮辱されたのですか!?」

「いや、大丈夫だから! 校庭であんぱん食べよ」

 僕たちは、ひらひらと桜が舞い散る校庭のベンチに腰かけてあんぱんを、黙々と食べた。ドキドキして味がほとんど分からなかったけれど、里穂が美味しい美味しいというので、良かったと思った。

「このご恩をどうやって返せばいいのか…」

「そんな、あんぱんごときでいいよ」

「ダメです。剣くん、目をつぶってください」

「うん」

 ぷちっという泡がはじけるような音がした。それと同時に右手の甲に小さな痛みを感じた。やがてふつふつとした熱を感じてきた。

「すこし我慢してくださいね」

「うっ!」

 右手の甲にぷちぷちした小さな痛みが走る。

 プチプチ、プチプチ、ぷっちん!

「ふぅ…。はい。目をあけていいですよ」

「んぅ。って…えええ! なにこれ!?」

 聖母マリアのような優しい笑みを浮かべた里穂は言った。

「剣くんの血に私の魔力を少し入れさせていただきました。今までより素早さが上がっているはずですよ」

「そんなことある?」

「あそこでひらひらと舞っている、キレイな花びら。私にいただけますか」

「うん。いいよ」

「全部お願いしますね」

「それは無理だけど…」

 そう言いながら、花びらを右手で取ろうとした。視界が広がり時間が広がり僕の身体の能力が広がった。気づくと僕は両手一杯に、ピンク色の桜の花びら持っていた。

「それで私に花飾りを作っていただけますか?」

「そんなことできない」

「頭の中でイメージしてみてください」

「分かった」

 僕は桜の花びらが舞い散るように垂れているかんざしを思い浮かべた。手がものすごいスピードで空中から鉄を生み出し、花びらをコーティングし、美しいかんざしができた。

「キレイですね」

「これが魔力でできたなら、いいものだね」

「使い方次第ですが」

「里穂さん、貴重な魔力をありがとうございます。これ、この花飾りを受けとってもらえるかな?」

「え…」

 意外にも彼女は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

「イヤならいいんだ。妹にあげるから」

「ダメです! ください! それ、ください!」

「うん。いいよ」

 僕は彼女のキレイな髪に桜のかんざしを刺した。

「不束者ですが、剣くんの妻として精進いたします。末長くよろしくお願いいたします」

「え!?」

「え? もしかして、ただのプレゼントでしたか」

 またみるみるうちに、大きな瞳にキレイな涙が浮かんでくる。

「いやいや! こちらこそよろしくお願いします!」

 展開は早いが僕は転生した魔王(美少女)を好きになり、婚約した。だってこんなチャンス二度と現れるわけない。

「ちなみに魔界では浮気は死刑ですからね…。剣くんはそんなことしないって思うけれど」

 そう言ってくるりと一回転する里穂に見惚れる僕を、大きな木の影からのぞくセクシィ堕天使がいたことはあとで知ったことだった。

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