日本経済の現状と求められる経済政策

                              北村巌 

         月刊「社会主義」(社会主義協会)2021年9月号所収        

必要になった「生存のための経済政策」

 コロナ禍の中で、多くの労働者が失業し、零細業者の経営が苦境にさらされている。コロナ禍直前の2020年2月の完全失業者数(総務省「労働力調査」、季節調整値)は、166万人から2020年10月には215万人に約50万人増加し、直近でも202万人(2021年6月)となっており、コロナ禍での失業者の再就職は進んでいない。生活の困窮は全世代に広がっており、貧困の拡大は深刻な社会問題となっている。
 休業補償による解雇抑止の効果は一定程度みられるものの、長期失業対策が十分とは言えない現状がある。失業保険のカバーを受けられなくなったり、再就職を諦める層も出てきたりしている。ウーバーイーツなど実際上の不安定な「雇用」に頼らざるをえない人々が急増している。
 米国バイデン政権は連邦レベルでの市民環境保全隊(Civilian Climate Corps)の創設を提唱し始めた。米国は1933年に市民保全隊(the Civilian Conservation Corps)を創設した経験を持つ。大恐慌の大量失業の中で、300万人の失業者に仕事を与えるものだった。山火事対策や被災者の援助、また10万マイル以上の線路、道路を建設し、数多くのダム、数千の橋を架け、電話線を張り巡らせた。しかし、米国の第二次世界大戦への参戦により1942年に終了した。今回のバイデン政権の計画は予算100億ドルで同様の失業対策を兼ねた温暖化対策を行おうとするものである。計画規模としては、もともとの市民保全隊よりずっと小さいが上手くいけば規模拡大の可能性もあるだろう。
 こうした雇用と公共事業を合わせた政策は日本にも適用可能だ。日本では1996年に緊急失業対策法が廃止され、失業対策事業は行われなくなった。確かにかつてのような失業対策事業は現代の日本にはそぐわないかもしれない。しかし、環境対策など公的に行わなければならない事業の範囲は拡大しており、失業による遊休労働力を社会的に活かしかつ失業者本人にとっても再就職機会を公的に創出することが必要であろう。またマクロ政策の観点から定員を増減させる運用をすることは可能である。
 しかし、こうした対策の体制を整えるには時間がかかる、直ちに行うべきなのは昨年実施された緊急的な一律給付の実施である。生活困窮者には余裕がなく、また制度への誤解や自治体窓口の対応によって生活保護を諦める人も多く出ていると推察されている。そうした困窮者を一人一人洗い出すことは極めて難しく、ひとり10万円以上の緊急的な一律給付を行うことでそうした困窮者の一時的な所得補償を行うことができる。菅自公政権が行なった緊急小口資金の貸付枠が埋まった人にのみ資金援助するというような限定的政策では多くの困窮者を助けることはできない。一律給付は直ちに可能である措置として総選挙の争点化していくべき課題である。立憲民主党も社民党も税制改革において給付付き税額控除の導入を主張しているが、一律給付は給付付き税額控除と同じ経済的、所得再分配的意味を持つものである点も指摘しておきたい。
 現在、生活保護を受けている世帯数は204万世帯に増加している。2012年には約100万世帯であった。安倍政権下で急増してしまった。生活保護に陥ることのないようにする政策の展開も必要であるが、生活保護自体もより機能させなくてはならない状況である。生活保護について、相変わらず「不正受給が多い」などと受給者を貶めるようなS N Sやビデオサイト投稿が見られる。厚生労働省は8月13日に「『生活保護の申請は国民の権利です。』生活保護を必要とする可能性はどなたにもあるものですので、ためらわずにご相談ください。相談先は、お住まいの自治体の福祉事務所までご連絡をお願いします。」というツィートを行なった。前日の影響力あるビデオ投稿に対応したものと推察するが、遅きに失する。福祉事務所の申請希望者への対応について真摯に適正化させることが必要であろう。生活保護は個人としての生活困窮者を保護することを原則とすべきであり、扶養照会は廃止すべきである。また自民党は生活保護制度の改悪を狙っており、これを阻止することも重要だ。
 低所得で苦しんでいるなかで、特に子育てへの援助が必要なのが低所得者のひとり親世帯である。現在の少額の児童手当に替えて毎月3万円程度の子ども手当の支給を行うべきである。後述するが、これは給付付き税額控除として行うこともできる。
 非正規労働の問題では、従来のパートタイム、契約社員(年度任用)といった形態だけでなく、業務委託という形式やウーバーのように形式的に自営業者と消費者をマッチングさせているだけという形態も増加している。これらは実質的には出来高制の雇用労働になっており、労働法によって保護されるべき性格のものである。その点が曖昧にならないような法的整備が望まれる。

勤労者の立場からみた日本経済の問題点 

 やや中長期的な視点から日本経済の問題点と指摘されるのは、所得・資産格差の拡大現象であろう。日本に限らず世界中で起きている資本主義経済の必然的な作用でもあるが、日本では、90年代以降、大きな問題と認識されてきた。
 まず個人所得の格差がどのようなものになっているのか、国税庁統計年報(2019年度版)から探ってみよう。2019年度の所得税は源泉徴収分で15兆9,375億円、申告分で3兆2,332億円であった。給与所得者は5,255万人で、平均給与(年額)は436万円(男540万円、女296万円)となっている。
 申告所得税と源泉税の所得階級別人数から、重複をのぞき、おおよその所得階級別人数を推定してみた。大多数を占める年間所得1000万円以下の労働者、自営業者層93.1%と、数千万円の所得をえている中間層6.7%、そして1億円超の高額所得者0.2%とに大きく分けてみることができる。大まかな推定ではあるが、この上層の0.2%が得る所得は全体の所得の8%程度を占めているのではないかと思われる。100億円超が16人おり、日本には特別な大金持ちはいないと思われている常識とは異なるのかもしれない。中間層6.7%が全体所得の10%程度を占め、残りの8割程度を93%の労働者、自営業者層が得ているという構成であろう。

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 所得者別内訳から推測すると超高額所得者の所得は、利子や配当所得、あるいは信託からの収入の部分が非常に大きそうである。富裕層の金融資産(貨幣資本)保有から生じる所得であり、労働者の搾取の「果実」の一部というわけだ。ちなみに企業の開示資料から推計すると、孫正義の配当収入はソフトバンクグループからだけで202億円。ユニクロの柳井正のファーストリテイリングからの配当収入は105億円。このレベルの資本家が他に14人。個人的運用会社を持ち信託銀行を経由するなどで分配金を得て、株主名簿には載せずにいる人々もいるのだろう。
 一方で、労働者には低賃金・長時間労働と雇用不安の問題がのしかかっている。毎月勤労統計(厚生労働省)によれば、従業員五人以上の事業所の一般労働者の所定内賃金指数は2005年100.3をピークに低下を続け、2014年に99.7とあったのち若干の回復傾向があり2020年101.7となった。この間に消費税増税があり、賃金の回復は増税に全く追いついていない。多くの労働者が生活に必要な額(労働力の再生産費)にみたない低賃金に喘いでいる。最低賃金の引き上げが必要である。現在の全国平均930円/時でも8時間22日間の1ヶ月の労働で163,680円にしかならない。これは一般労働者の所定内賃金314,930円のおおよそ半分で賞与もないということであるから、飢餓賃金といってもよい。1,500円/時への引き上げは急を要する。そうした低賃金常態化の下で、いわゆる「副業解禁」は、総資本からみた総労働者の労働時間の延長を合法化するものになる。 労働力人口が減少する中での総労働時間の維持策であり搾取の強化である。
 こうした労働条件の切り下げ状況が生まれ放置されている背景には労働組合の力が弱まっているという現実がある。日本の労働組合組織率は17.1%(2020年、厚労省「労働組合基礎調査」)と推定されている。このうち女性の組織率は12.8%に過ぎない。1970年時点の組織率は35.4%であったから、半減以上の後退が起きている。国労潰しをはじめ、日本政府、企業が労働組合弱体化のために行ってきた方策の結果であり、労働運動の側が十分に反撃できていない状況の反映であろう。争議件数や損失日数も欧米諸国に比べて際立って少ない。
 米国ではバイデン政権は副大統領をヘッドとして労働組合の組織率と交渉力を上げる方策を練るチームを発足させた。日本でも、資本の側の言いなりにならない労働組合を強化するための法整備が検討されていくべきだろう。

税制改革の方向を反転させよう 

 資産・所得格差の拡大を抑制していくためには、1980年代、中曽根政権以来の税制改悪を逆転させていくことも必要である。英国におけるサッチャー政権、米国におけるレーガン政権の成立によって世界的にも富裕層と大企業への減税が約40年続いてきた。しかし、米バイデン政権は法人税の増税や富裕層への増税を打ち出しており、世界的にも法人税引き下げ競争の流れは反転しつつある。
 資産・所得の再分配による格差抑制という観点から、日本において望ましい税制改革のポイントは、
① 相続税の累進税率の引き上げ
② 所得税の累進税率の引き上げ
③ 給付付き税額控除の導入
④ 法人税率の引き上げ

の4点になるだろう。
 社会主義社会では相続そのものを廃止すべきであるが、資本主義のもとでの改革としても、相続税が税制改革の最もキモになる部分であると考える。相続税の最高税率は90%だったが1986年から2003年に50%に切り下げられ、2015年から55%に若干戻された。相続税は、基礎控除3000万円、法定相続人一人当たり600万円の控除があり、実際上居住用住宅やある程度の金融資産は課税対象にならないので、税率を大きく戻すことにより困窮する人が出てくることは考えられない。相続による資産格差を縮小することは、機会の均等という点からも必要な措置である。相続税の税収は約2兆円、課税対象資産20兆円の水準であり、増税しても年間約5兆円程度でそれほどの大きな増収にはならないと考える向きもあるかもしれない。しかし、30年程度のサイクルで個人資産2700兆円が年間90兆円程ずつ相続されているはずである。基礎控除などの制度があるにしても、これまで金融資産の移転について十分な捕捉が行われてこなかったことも課税対象資産が20兆円となっている要因だと思われる。また、相続が30年サイクルで起きるとし、課税対象資産5億円以上で最高税率55%の場合に、相続財産を5%で運用できれば、課税前の相続財産の倍以上になる計算だ。現実にこうした条件のもとで運用収益=資本利潤の蓄積による資産格差の拡大が起きている。これを縮小の方向に転換するためには最高税率を75%以上に引き上げることが必要になる。
 これは長期的な財政赤字対策としても重要で、現在の日本の経済構造のもとで起きている財政赤字が資産家の金融資産に化けるという現象を止める制度的な歯止めの一つになる。
 所得税の超過累進制は最高税率で見ると所得税・住民税合わせて88%であったのが1986年以降切り下げ現在は55%となっている。例えば、年間200億円の年収のある人には1985年との比較では年66億円の減税が行われていることになる。累進制の再強化(最高税率のアップ、課税最低限の引き上げ)はフローの所得格差の縮小に繋がるものとなる。
 しかしながら、課税最低限の引き上げによって低所得層に減税するにせよ低所得者の減税では税額がゼロ未満にはならないという限界がある。これをさらに低所得者にマイナスの課税、すなわち給付を可能にする制度が、給付付き税額控除である。財源を同一とすれば消費税減税よりも給付付き税額控除の方がより低所得者に恩恵をもたらす制度となる。所得税制にある基礎控除、配偶者控除、扶養者控除を現在の所得控除から税額控除に置き換えるのであれば、所得税源泉徴収の計算式を変更した税額表を国税庁が作成すれば、企業は源泉徴収において給付付き税額控除を適用することができる。確定申告が必要な人々については、計算式が所得の控除から税額全体からの控除に置き換わるだけである。昨年行われた一律給付は実は、基礎控除、配偶者控除、扶養者控除をそれぞれ10万円ずつとした給付付き税額控除と同じ経済効果(ただし、所得控除は残っていたが)を持つものであった。給付付き税額控除の枠組みにおいて実際の給付を一律給付のような形で恒久化することも考えられる。後者の方法は納税に紐づけられない点で給付を生活困窮者に行う利点があるかもしれない。
 子ども手当についても給付付き税額控除の仕組みを利用して行うことができる。バイデン米政権の子ども手当(毎月最高一人300ドル)は米国における給付付き税額控除を名目として実際には毎月支払いを行うことで実施されている。
 企業への課税についてはどうか。日本の法人税率は1985年には43.3%であったが、段階的に切り下げられてきた結果、2018年からは23.2%となっている。日本企業の税引前利益(財務省「法人企業統計」)は2019年度で70兆円8292億円にのぼる。1985年と比べれば法人企業に対しておおよそ20兆円の減税が行われている勘定になる。そして減税された額の大きな部分が設備投資には投じられず法人企業の保有金融資産の増加になっている実態がある。法人税率を40%水準に戻すことは何の問題もない。かつてのフリーキャッシュフロー→設備投資という関係は無くなっているからである。設備投資を増加させることが必要な局面では税額控除方式の設備投資減税を行えばよい。
 法人税減税の理由とされてきたのが、海外における企業減税との競争である。この競争についていかなければ、海外に企業が移転し国内経済が空洞化するというのが法人税減税論者の理屈であった。しかしながら、日本企業が海外への直接投資を増加させているのは法人税が高いからではない。海外進出は販路拡大やコスト削減が動機であるし、海外直接投資による投資収益率(ライセンス料収入なども含む)が問題なのであり、さまざまな法的リスク、制度・商慣行リスクを勘案して実施される。法人税率はマイナーな要因であって、10%程度低いから海外投資するということにはならない。バイデン米政権の5%上げ方針にも見られるように、世界的にも法人税率は上昇させる方向に変化しつつある。
 詳しくは社会保障の稿に譲りたいが、税制と社会保障は一体で捉えていくことも必要であろう。社会保障の充実やベーシックサービスの充実も求められている。また、今回のコロナ禍で明瞭になったように、保健所の再配置の強化や公営病院の維持強化など公的部門の強化も大きな課題となった。自然災害に対する備えも必要である。
 こうした財政負担が発生する政策の財源について過度に心配すべきではない。日本の経常収支が黒字を維持できている限りにおいて、富裕層、高所得者への増税で補えない部分は、国債発行による財源確保を行うべきである。

経済成長重視との訣別

 経済政策という軸で景気浮揚論が叫ばれることがある。勤労者の生活を守る、改善するために、失業を減らす、賃金など労働条件を改善するといった政策が必要なのであり、それが結果として資本主義経済における「景気」をよくする場合があると考えるべきではないだろうか。逆であってはならない。また、勤労者の生活を守る、改善する政策が「経済成長」に結びつくことがある。しかしながら、資本主義である限り、景気は循環し、不況を免れることはできない。景気が良ければよいほど、次に来る不況は深刻化する
 不況期に単純に景気を浮揚させるということであれば、公共投資が近道であることは今もあまり変わっていない。建設・土木を中心とする公共投資は輸入誘発が小さく、投資額に相当する程度にはG D Pを増加させる。ただし、1970年代までのように設備投資を誘発していく力は大きくなくなり、いわゆる乗数効果は小さくなった。これは日本の経済構造がサービス化へと大きく変化しているからである。またG D Pを増加させることはできても他産業への広がり(波及効果)はさほど大きくない。
 日本銀行は需給ギャップを2021年1−3月期で1.37%需要不足という推計をしている。しかし、日銀の推計では2018年10−12月期は2.09%需要超過だったことになっていて、この時期にはインフレ傾向にはなっていなかったので、潜在GDPはもう少し大きいと考えるべきだ。そのため、需要ギャップは現在5%程度あると見るのが妥当ではないだろうか。この5%の需給ギャップ、つまり30兆円弱の需要不足を補う需要増加政策を生活重視で実施するべきなのである。
 不況期において生活を守るために必要なのは、所得補償である。昨年からのコロナ禍による不況対策として、一律給付、持続化給付金、休業補償のための雇用調整助成金、飲食店の時間短縮協力金などによって労働者や自営業者、零細企業への所得補償を行なったのは正しい。ただし、一律給付以外ではカバーされてこなかった困窮者も数多く、一律給付を再度行うべきであろう。これらの所得補償措置は、個人消費を維持し、マクロ経済的な観点からみれば、ボトムアップ型需要刺激政策としても機能する。
 不況期に財政、金融の両面から需要刺激政策を取ることは必要であるが、同時に現在の経済構造のもとでは財政赤字が貨幣資本の過剰を生み出すということにも注意を払わなければならない。慢性的需要不足に陥っている日本経済にとって財政赤字はその不足を補い資本の利潤を確保することで資本主義の延命を図る役割を担っている。
 中長期的に資本主義経済の前提のもとで必要であり可能であるのは、制度的な安定装置、つまり累進課税や失業保険をはじめとする生活困窮者への所得補償を用意することとであろう。また、労働生産性の上昇(生産力の増大)を人口高齢化に伴う労働人口の相対的な減少への対応と労働時間の短縮にバランスよくつなげていくことが求められる。賃金上昇による生活費の増加が図られたとしても、物的生産に対する需要は大きく伸びる可能性は薄れているし、環境問題を考慮した物的消費の抑制も必要になっている。物的生産部門で生じてくる過剰労働力を低賃金サービス労働に吸収する現在の就業構造を追認するのではなく、労働時間の短縮によってバランスをとる発想が大事になってきていると考える。
 最後に、労働者階級を代表する立候補者の方々、それを支援する方々が選挙闘争の現場の中で、多くの労働者、零細業者、年金生活者などとの積極的な対話の中から、より主張を研ぎ澄まされていくことを祈念して筆をおく。
                       (2021年8月19日記)



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