高まる世界経済停滞の可能性        (2023年年央)

「社会主義」(社会主義協会)2023年7月号所収

 2022年春からの世界経済にとっての大きな懸念要因であった原油価格は落ち着きを取り戻してきた。原油のスポット相場は値動きが大きいものの、代表的な指標となっているW T I原油価格は、2021年平均バレルあたり68ドルであったが、2022年平均は95ドルに上昇、今年に入ってからの1−5月平均は76ドルに低下し、6月現在も70ドル近辺で弱含みの動きとなっている。2021年からの一般物価の上昇を考慮すると、原油の一般物価との相対価格は2021年以下に低下しているということができる。つまりロシアのウクライナ侵攻を契機とした原油などエネルギー価格上昇は、いったん終わったと言えるだろう。
 原油や天然ガスの価格は単に物価というだけでなく、工業部門、建設部門などの産業部門から産出国(資源所有者)への所得移転の度合いを決めるものでもあり、モノの価格の姿を介してはいるものの代金は事実上のレント(地代)の塊である。つまり産業部門の利潤の分配の一形態であり、価格の低下はレントの縮小、産業部門への利潤分配増加と理解すべきだろう。

クレジットクランチの様相を呈する米国金融情勢

 シリコンバレー銀行の破綻(3月10日)以来、米国の地方銀行の経営破綻への懸念が米国の金融市場を覆い始めた。3月12日には、ニューヨーク州のシグネチャー・バンクが州の金融監督当局により事業停止とされ、5月1日に米地銀ファースト・リパブリック・バンクが破綻した。米国預金保険公社(F D I C)は両行の預金の全額保護を打ち出し、連鎖的に銀行破綻が広がるのを防止しようという構えである。シリコンバレー銀行に最も特徴的であったが、大口の預金に依存することで急拡大した銀行が大きな破綻リスクにさらされている。
 米国の銀行部門は金利の上昇によってこれまでの貸出債権や保有債券の金利と預金など調達金利が逆ざやになり採算が大きく悪化している。上記3行以外にも経営困難が指摘されている銀行が出てきていると推測される。2020年のコロナ禍において多くの銀行は当初は貸し渋りを行い、2021年の景気の改善と共に逆に運転資金を中心にやや過剰とも思われる低金利での貸出を行った。現在米国の金融部門で起きている問題は、こうしたコロナ禍対応への後始末という色彩もある。
 足元で銀行等の貸出債権がどの程度不良債権となっているのかは不明である。商業銀行の貸付全体の返済不履行率(F R B)は2023年3月末で1.22%とかなり低い水準にとどまっている。ただし、コロナ禍で大きく上昇したホテル部門の返済不履行率が2022年以降低下している一方で、その他の部門の返済不履行率はすべて2022年9月にボトムとなって直近では上昇している。
 銀行部門は2022年から徐々に貸出先への条件を厳しくしている。貸出態度の厳しさを指数化している貸出態度指数(F R B)によると、中・大企業向けでは2021年第3四半期の▲32.4から2023年第2四半期46に大きく上昇した。小企業向けも同期間で▲25.7から46.7に上昇した。2023年になって、かなり貸出態度を厳しくしている、つまり貸し渋りが起きているということになる。商業銀行全体の貸出残高(F R B)は13週前比で見ると2022年半ばには4%程度の伸びだったのが、2023年5月31日ではわずか0.35%にまで落ちてきている。資金的に余裕のない民間企業や金融機関からの借入れや信用供与でレバレッジをかける投資ファンドにとって厳しい金融環境になってきた。クレジットクランチが起き始めているということになるだろう。
 F R B公開市場委員会は6月14日の会合で政策金利の据え置きを決めた。2022年3月以来、公開市場委員会の会合ごとに毎回利上げが行われてきたが、米国の金融政策の方向性に変化が訪れている。物価上昇率が多少落ち着いてきたことと金融市場に不安定感が生まれていることに配慮した決定だろう。直ちに金利引き上げが打ち止めとなったという判断はできないが、F R Bはインフレ抑制と同時に金融市場の安定を図る態度に変わった。ただし、利下げ方向への転換は、金融パニックが起きるか失業率に上昇の動きが出てくるまでは行われないだろうと思われる。

米国経済は緩やかに減速局面へ

 米国経済は2021年にコロナ禍不況からの急速な回復を示した後、2022年前半は急回復の反動でマイナス成長となり、年後半以降もやや停滞感のある拡大過程となった。2021年の急回復過程では、コロナ禍の影響で旅行や外食が控えられ個人消費はモノやインターネットサービスを中心に回復した。2022年になって旅行や外食がある程度回復し始め、個人消費の中身が再び正常な構成に戻ってきている。
 住宅市場では、2022年半ばまで住宅価格が大きく高騰した。大規模な金融緩和政策によって住宅ローン金利が大きく低下し、一般勤労者にとっても住宅が購入しやすくなり、大きな住宅購入ブームが起きた。この住宅購入ブームを背景に、2020年前半まで名目ベースで8000億ドル程度の水準であった民間住宅投資が2020年後半以降に大きく増加し、2022年1−3月期には1兆1886億ドルに達した。2021年には住宅建設費が高騰したため、実質ベースでは既に2021年1−3月期にピークとなり、2022年1−3月期まで高原状態であったが、それ以降は名目ベース、実質ベース共に、減少傾向に入っている。
 民間企業設備投資は2023年1−3月期の実質年率1.4%と低い伸びとなった。名目ベースでのG D P比は13.4%と高くややピーク感が出ている。さらに固定資本減耗(減価償却)を差し引いたネットベースにして民間企業純設備投資を計算すると、2023年1−3月期はG D P比で2.01%となった。(図表2)ネットベースにした場合、固定資本がどれだけ増加したか、すなわち生産手段の蓄積の速さをみることができる。米国の今後10年の潜在G D P成長率は、議会予算局の推計で1.8%と見積もられている。民間企業純設備投資のG D P比2%程度というのは、設備過剰でも不足でもないほぼ中立的な水準と考えられる。今後の動向として、資金力に余裕のある大企業は設備投資をすぐに減らすことはないと思われるが、銀行の貸し渋りを受けて投資を縮小する企業が出てくる可能性は高いので、どちらかといえば緩やかに減少する可能性が高い。


 米国の対外投資ポジション(資産負債残高)は、16兆1170億ドル(2022年末)と依然として膨大なマイナスであるが、2022年は赤字が若干縮小するという変化を見せた。主な要因は、米国投資家が保有する外国の株式価格の上昇、ドル高が収まったため外貨建て資産の評価が大きくなったことで本質的な改善とは言えない。国際収支の経常収支は2022年1−3月期に▲2807億ドルと四半期としては最大の赤字を記録し、その後幾分改善している。経常収支中の投資収益などの一次所得は直接投資、ポートフォリオ投資ともに受け取り収益が大きく増加している。2022年は一次所得の受け取りで1兆2174億ドル、前年比1654億ドル増であった。一方、一次所得の支払いは1兆401億ドル、前年比1275億ドル増であった。長期的に見ると支払いも増加しているが、受け取りの規模は大きく、2022年の1次所得収支は1773億ドルに増加した。米国は、対外投資ポジション自体は大幅なマイナスであるにも関わらず、その投資からの収益バランスでは大幅なプラスを維持している。米国からの投資の収益率は高く、他国から米国への投資の収益率は低い。一国経済としてレバレッジ効果が出ており、この点に米国経済の帝国主義的性格がよく表れている。

景気調整期の欧州経済

 欧州でもインフレ抑制のための金融引き締めが続いている。欧州中央銀行(E C B)は、6月の理事会で、8会合連続の利上げを決定した。利上げ幅は5月同じ0.25%で、それ以前の0.5%よりは引き締めペースをスローダウンした。短期金利の水準は22年ぶりの高水準になった。ECBにとっては高すぎるインフレ率の抑制がなおも政策の最優先事項となっている。ECB理事会は、金融安定化のために行ってきた3兆2000億ユーロ規模の資産購入プログラムの再投資を7月1日に終了することも決定した。
 長期金利は10年物ドイツ国債の利回りは2.5%近辺で今回の上昇局面のピークである2023年3月6日の2.74%を上回っておらず、債券市場ではE C Bが中長期的にはインフレをコントロールしつつあるとの見方になっている。とはいえ、欧州においても金融不安の種はある。金利上昇が金融機関に与えている影響は米国とほぼ同じだからである。3月には米国のシリコンバレー銀行の破綻とほぼ同時期にスイスの大手銀行クレディスイスが経営破綻し、同じくスイスの大手銀行U B Sグループに買収されることとなった。クレディスイスは2021年にファンドの運用先であったグリーンシル・キャピタルと信用供与先であった米国のヘッジファンド、アルケゴス・キャピタルの破綻により大きな損失を被り、さらに2022年には大きな赤字を計上することとなり、富裕層の大口の顧客資産が流失して経営破綻に至った。
 この銀行経営破綻のパターンは、クレディスイスだけの特殊な問題ではなく、伝統的な貸付ビジネスだけでは先細りとなる銀行が多く取り組んできた金融ビジネスの破綻である。過剰なリスクテークの可能性は他の金融機関にもある。景気や資産市場の動向次第で、リスクが顕在化する可能性は十分にあるといえる。
 欧州の景気は緩やかな拡大を続けてきたが、コロナ禍の反動による景気改善はほぼ終了している。ユーロ圏の 2023 年 1-3 月期の実質 GDP 成長率は前期比年率+0.3%であった。G D Pはプラス成長となったが、純輸出の増加の寄与が大きく、しかも内容的には内需が低迷していたために輸入が減少したことがGDPのプラス要因になった。ユーロ圏の総合景況感指数は4 月は 99.3 と前月99.2からほぼ横ばいで、改善が止まっている。2000 年以降の長期平均(=100)に近い水準にあり、景気が良いとも悪いとも言いにくい状況となった。
 個人消費は停滞しており、ユーロ圏の実質小売売上高3月前月比▲1.2%と2ヵ月連続で
減少し2021年4月以来の低水準に落ち込んだ。4月は前月比0.0%とフラットとなったが依然として停滞感が強い。
 固定投資は2013年以降パンデミックが発生する2020年まで比較的順調に増加していた。2020年のパンデミックによる大幅な減少を経て2022年7−9月期7844億ユーロ(名目、季節調節済)まで再度増加したが、10−12月期には7684億ユーロ(同)に再び減少し2023年1−3月期は若干の増加で7814億ユーロとなったものの2022年7−9月期の水準を超えていない。固定投資がストック調整過程に入る可能性が高くなってきたといえる。

中国経済

 中国経済はコロナ禍からの個人消費のリバウンドが見られるものの、不動産バブルの崩壊の悪影響は続いている。住宅の新規着工は前年比で20%以上の減少傾向が続いている。リゾートマンションブームまでいったかつての住宅バブルがウソのようである。
 中国政府は 2023年1月8日から、新型コロナウイルスの分類をそれまでの最も厳格な管理を必要とする「乙類甲管理」から分類も管理も中程度とする「乙類乙管理」に変更した。いわゆるウィズコロナ政策へ実質的に転換したといえる。この政策転換によって、個人消費の回復が促された。小売売上高は2022年には 0.2%の減少であったが、2023年1−3月期は前年同期比5.8%増となった。コロナ禍で敬遠された外食産業が大きく回復している。外食売上高は2022年の6.3%減から2023 年1 月~3 月期は前年同期比13.9%増となった。
 今年に入って労働市場全体には改善が見られるが、若年失業率は依然として高く、2023年5月の16歳~24歳の失業率は20.8%と2割を超している。大学新卒者は賃金や職種などの希望が求人の条件より高くなる傾向がある。一方で、地方から都市に来る若い農民工に対しては、一般的な工場労働者の職が減っていて、求人側はより専門知識やスキルを身につけた人材を求めているためマッチしないという。
 貿易統計(中国通関統計)を見ていくと、2021年はドルベース、前年比で輸出29.8%、輸入29.6%と大幅な伸びを示した。2020年のコロナ・パンデミックの反動で世界的にモノの需要が回復したことを反映していたと思われる。しかし、2022年は輸出4.4%、輸入7.0%とスローダウンした。伸び率は小さいが輸出額が大きいため、2022年も貿易収支の黒字は拡大し、8776億ドルに達した。このうち、外国企業による輸出は1兆1233億ドル、輸入は9530億ドルで、それぞれ全体の31%、35%を占めている。中国政府は内需型経済成長を志向しているとはいうものの、現実には外資導入による加工貿易への依存をまだ脱却できていないといえるのではないだろうか。2023年に入っての1−4月の実績では、輸出が2.5%増、輸入が▲7.3%減とますます貿易黒字の増加がみられる。輸入の減少は内需の停滞を反映している可能性が高いだろう。
 貿易相手国別に見ていくと2022年に大きな変化があったのはロシアとの貿易関係、特に輸入が大きく伸びたことである。輸出は12.8%の伸びであったが、輸入は43.3%の伸びとなった。ロシアのウクライナ侵攻に伴う経済制裁による影響で中国がロシアからのエネルギー輸入を増加させた可能性が高い。
 一方で、2022年の中国の米国向け輸出は1.2%増、輸入は▲1.1%減と貿易関係は高水準だが横ばい傾向にある。E Uに対しては輸出が8.6%増、輸入が▲7.9%減となった。欧米側からみると、消費財を主とした工業製品供給のかなりの部分を中国に依存している状況に変化はない。
 今回のロシアによるウクライナ侵攻を機にエネルギーのような基礎的物資から貿易関係のブロック化が進展する懸念は残るが、直ちに単純に欧米と中国・ロシア等といったブロックに別れていくことはないだろう。ただし、日米欧の資本にとって中国が魅力的な直接投資先ではなくなっていることは事実であり、同時に中国政府の共同富裕による内需振興や一帯一路政策での西方との経済関係緊密化志向は米国との経済関係を薄めていくことになるかもしれない。

国際金融市場の行方

 6月14日の米国F R B公開市場委員会による政策金利の据え置き決定とE C Bによる金利引き上げで、ドルとユーロの金利差が縮小したためユーロ・ドル相場は再びドル安・ユーロ高方向へと動き始めている。ただし、米国とユーロ圏の短期金利の金利差は0.25%縮小しただけで、まだ米国の方が、金利の水準は高い。長期金利も米国とドイツの10年物国債利回りでみると1%強米国の方が高い。また米国の金融市場における期待実質金利を表すインフレ連動国債の利回り(6月15日現在)は、10年物で1.5%、5年物で1.75%とかなり高い水準を維持しているため、直ちにドルが急速に減価していく可能性は小さい。
 ドルの実質実効レートの長期推移(図表3)から見れば、ドルは実質的には歴史的な高値圏にあり、中長期的にはドルが下落していく可能性の方が高いであろう。F R Bが期待実質金利を低下させるような金融緩和に転じた場合に本格的な下落局面を迎えると思われる。


 為替レートは必ずしも経済的要因だけで変動するものではなく、国際政治状況にも左右される。従来は国際関係で緊張が高まれば、米国への他先進国の依存が高まることからドル高となることが多いと指摘されてきたが、今回のロシアのウクライナ侵攻でも当初の半年間ではドル高傾向が強まった。
 一方で、国際決済において、人民元による決済が増加している。現在時点では中国自身の貿易における決済を人民元で行うケースが増加しているという段階なので人民元が国際通貨の地位を持ちつつあるとまでは言えない。しかし、世界第2の規模の中国経済の貿易決済であるから、その増加は無視できない。また低中所得国への人民元建の貸し出しを増やしていくと、対象国も人民元を準備通貨として保有するようになるので、そうした過程を経て人民元が国際通貨の地位を獲得していく可能性はある。
 世界銀行によれば2010年に4兆ドル余りだった低中所得国の対外債務残高は、21年には2倍の9兆ドル余りにまで増加した。米国の金利上昇によりドル建て債務の借り換えは難しくなっている状況が生じている。この途上国債務の債権者として中国が大きな役割を果たすようになっている。低中所得国に対して最大の貸し手になりつつある中国は、西側を向いた「一帯一路」政策を進め、低中所得国のインフラ整備に巨額の融資を行ってきたが、返済が滞る国が出てきており、中国は途上国のインフラの利権などによる返済を求めるようになっている。
 近年、ロシア、中国、トルコといった国々の中央銀行が金地金保有を増加させており、金地金という物理的な現物における決済手段を確保することで自国通貨価値を維持しようとする動きが出てきている。これも中長期的にドル基軸体制を揺るがす動きである。
 

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