コロナ禍における世界的株高をどう見るか?

「社会主義」2021年4月号(社会主義協会
                              北村巌
はじめに
コロナパンデミックが広がり始めた2020年初頭、世界の株式市場は先行きの経済の不透明感を受けて暴落した。2020年3月の下旬には概ね多くの市場で株価は底入れしたが、年初まで好調だった株式市場は一気にその様相を変えた。
しかしながら、その後は比較的順調な回復を示し、2020年11月16日にはNYダウ30種は市場最高値を更新、11月24日にはさらに3万ドルの大台を超えた。日経平均225種もバブル崩壊後の高値を更新し、3万円台に回復した。
「景気が悪いのに株価が上がるのはバブルだ」といった見方が示されることがあるが、典型的な「不況下の株高」と見ることができる一方で、従来の「不況下の株高」との違いもありそうだ。
本稿では、そもそも株価変動というものをどうみるべきなのか、バブル的性格と現代の資本主義における金融問題について考察してみたい。

2020年初頭の株価暴落
コロナパンデミックが大きく金融市場で意識され始めたのは2020年1月の中国武漢市での大流行の報道、さらに3月11日のWHOによるパンデミック認定だった。ニューヨーク株式市場についてみると、2月12日にはNYダウ30種は史上最高値の29551ドルをつけていて、3月に入るまでは高値圏で推移をしていた。
2月までの株価上昇は、経済全体の景気のスローダウン傾向にも関わらず、2019年8月から政策金利の引き下げによって金融緩和が進められ、長期金利も低位安定する中、企業収益動向は好調を保っていたことによる。マクロ景気が芳しくなくても企業利益が増加傾向で長期金利が低位安定していれば株価が上昇を続けるのは株価形成の原理からいって不合理ではない。
しかし、シアトルでの大規模な感染爆発、WHOによるパンデミック認定で経済のロックダウン懸念が高まり、株価は一気に暴落することになった。NYダウで見ると3月16日には20188ドルとわずか1ヶ月あまりで、32%ものパニック的な暴落であった。コロナパンデミック認定がされることで、ロックダウンなどの様々な措置が取られるために、経済活動が阻害されて企業利益がかなり落ち、かつ通常の景気循環とは異なり、いつそれが終わるかわからないという不安心理が招いたものである。このいつ終わるかわからないという不透明感は株価には大きなダメージとなる。
日本の株価も平均的にはニューヨーク市場に連動する形で数ヶ月上昇はしていた。ただし、NY市場の上昇トレンドと比較すると2018年以降、概ね横ばいの中での上昇局面というに過ぎなかった。そして3月はNY市場に連動する形で暴落した。これはヨーロッパ市場もほぼ似たような状況であったと言える。
コロナ感染が最初に大規模に拡大した中国の株式市場は、2015年の株式バブル崩壊の後、低位に安定していて、3月の世界的株価暴落時にはやや下がった程度であった。国内市場である上海A株指数でみると3月23日に2787で8%という軽微な下げであった。中国がかなり強力なロックダウンによって感染拡大を防止していたので早期に経済が回復するという期待があったこともあるが、ロックダウン解除は4月に入ってからであり、もともと株式相場が停滞していたからだ思われる。

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株価形成は、そもそもかなりデリケートで原理的に不安定なものである。株式は財産権としては企業に投じられた株主資本部分の持ち分であり擬制資本であるが、流通市場で取引される場合には、株主資本自体の価値で取引されるわけではない。株式を所有することで企業から得られる利益は配当である。配当を受け取る権利が売買されるということになる。株価は配当と配当に対する成長期待によって形成されるというのが最も基本的な株価形成の論理である。
株価の変動から得られる売買損益というのは、企業の内部留保を超えた部分は、単に市場参加者のやりとり(ゼロサム)であって本源的なものではない。企業の潜在的な成長力に見合った内部留保は成長期待を高める。配当だけでなく内部留保も株主に帰属するわけで、企業利益への評価が株価を形成している。そして現在の株価形成には将来に期待される配当を現在価格に割り引くということが必要になる。その割引率は金融環境によって変動する。割引率とは収益率の期待値である。金利や企業の収益力とそのリスクの度合い、企業の信用リスクなどによって決まってくるものであると考えて良い。
景気が良くても、成長期待を上回って長期金利が上昇すると割引率も上昇するので、株価は低下する。逆に景気が悪くても成長期待の低下を超えて長期金利が下落する株価は上昇することとなる。ただし、株価はその時点で上昇してもその時点からの収益率の期待値は低下してしまうという点には留意すべきである。

コロナ対策での財政拡張政策と株価回復
2020年3月に大暴落を経験した世界の株式市場は4月以降徐々に回復を始めた。まず、第一にこうした金融市場の混乱に対して米国連銀がかなり思い切った金融緩和によって市場に安心感を持たせたことが株価底打ちの要因であった。
米国連銀は3月3日緊急会合を開き、フェデラルファンド・レートを0.5%引き下げて1%―1.25%のレンジとし、さらに、3月14日の緊急会合で0%―0.25%と事実上のゼロ金利政策に移行した。わずか11日間で1.5%もの利下げを行なった。
この緩和政策の目的は金利引き下げによる需要刺激ということではなく、金融機関の破綻回避のための流動性供給を行いやすくするための政策であり、パニックを抑えるためであった。相当に大胆な金融緩和政策であったと言える。
さらに、連銀はゼロ金利下での質的な緩和策として、財務的な信用力が高くない企業などが発行するハイイールド債(金利が高めに設定されている債券)の購入を開始した。これは信用リスクを伴う債務の金利が跳ね上がるのを防ぐ狙いであり、債務の大きい中堅企業、中小企業への金融的な支援策であるとも言える。リーマンショック時にも行われたが、今回のコロナパンデミックについても飲食業、小売業や不動産業への打撃が大きいことから同様の「質的緩和」が必要と認識された。
こうした信用リスクについてのプレミアム(金利割増)を抑制することは、同時に株価の支持策にもなっている。これは株価形成の原理でいえば割引率を低く保つことになるからである。
米国金融市場についての現象で付け加えておきたいことは、長期の実質金利の期待値がマイナスに推移するようになったことだ。米国のインフレ率は消費者物価指数でみて2%弱で推移してきているので、短期金利についてはマイナスになっているのは明らかだが、長期についても市場の期待値がマイナス圏に至っている。米国の場合、インフレ連動国債の市場が発達しているので、インフレ連動国債の金利を実質金利の期待値と捉えることができる。
つまり無リスクの資金を預けても実質では減って戻ってこざるを得なくなったと市場は見ているということになる。そうした程度まで資金需給関係が緩んでいるということになる。貨幣資本の過剰の表れという表現もできる。また、分配面からいえば、リスクをとらない資本には罰金が課せられる状態になっているということも可能だろう。
長期の期待実質金利は外国為替市場を通じて他国にも伝播し、新たな長期金利の均衡点を形成していくことになる。米国の10年インフレ連動国債利回りは2020年初ほぼ0であったが、8月にはマイナス1%となり、以降2021年2月まで同水準で推移していた。3月に入り若干マイナス幅を縮めているがかなりのマイナスである。

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財政政策の面では、トランプ政権は納税者一人当たり1200ドルの給付や中小飲食業者などへの補助を含む財政支出を行った。特に申請を必要とするわけではなく、財務省の納税記録から前年度の課税所得の低い人から順番に小切手を送付していくという方法で、これ自体は適切な所得補償政策とも言えるが、小切手にはトランプの署名があり、大統領選に向けた選挙民へのアピールに利用したという点も見逃せないだろう。
金融、財政の両面からの対策がとられたことでニューヨーク株式市場は緩やかな回復過程に入っていった。
2021年に入りバイデン政権が成立しさらに財政面からの経済テコ入れが行われることになった。総額で1.9兆ドルの経済対策には低中所得層への納税者一人1400ドル、子供500ドルの給付が含まれており、まだ失業も多い中で個人消費へのテコ入れが図られており、ワクチン接種の加速化とともに景気回復への期待感が高まった。これは年末の議会での攻防での民主党側の提案を具体化した物であり、共和党はこうした追加策を拒否していた。大統領選挙の最終局面でむしろ金融界がバイデン候補支持に傾き、バイデン勝利で株価が上昇した背景でもある。
過剰な投機の横行
2021年に入ると過剰な投機の横行が目についてくる。一つは仮想通貨ビットコインの急騰である。仮想通貨ビットコインは2017年の大きな上昇ののち概ね横ばいの動きであったが、2020年夏ごろから再上昇を始め、7000ドル前後であったものが現在は2021年3月現在で5万ドルを超える水準に上昇している。自動運転、電気自動車の開発を行っているテスラが大量購入を発表したことも影響している。本業がうまく行かずに投機に走る企業が出てくるのは日本のバブル初期に似ているともいえないだろうか。
もう一つの異常な投機の実例はゲームストップというゲームセンターを運営している会社の株への投棄であった。ゲームセンターはコロナ禍の中で運営できなくなっているし、ゲーム機インターネットゲームの普及で本業の将来性も見通せない。この会社の株式に対し、個人投資家のS N Sで、おそらく自然発生的な買いの機運が盛り上がり、このS N Sを見た個人投資家の買いで急騰した。この株価上昇にはなんの根拠ないが、急騰すれば機関投資家が空売りに出てくることを見越して、空売りを締め上げて更なる急騰を狙うという株価操縦を集団で行ったのである。
ゲームストップ株は1月の12日までは20ドル前後であったが、13日以降急上昇し、1月27日には347ドルまで急騰した。その後は一回暴落し40ドル程度に下がったものの、再び上昇し3月10日に265ドルまで急騰した。
かつて日本でもいわゆる仕手集団というのがいて、そうした投棄行動を撮ったことがあるが、これはリーダーがはっきりしてその信奉者たちが行動を起こす組織的なものだった。ところが今回のゲームストップ株の投機は今のところ組織的とはいえないようだが、市場に投機的心理が蔓延している状態を表していると言えるだろう。

搾取の維持・強化と貨幣資本の相対的過剰
貨幣資本が過剰に蓄積されていることが、金融市場に不安定性をもたらしており、その資本主義的な枠組みでの解決は、さらに貨幣資本の蓄積を進行させていくようになることが多い。この裏側には財政赤字の累積という貨幣資本の過剰を反映している存在がある。両者は不可分である。現代資本主義は、先進資本主義国では、不換通貨体制のもとで、深刻な全般的恐慌やハイパーインフレーションを財政金融政策で避けながら、貨幣資本の過剰による金融の不安定性の発現を、財政赤字を拡大し、市中への通貨供給を増加させたりすることで緩和してきた。これはさらに貨幣資本の相対的過剰を導いていくこととなる。
こうした現代、特に70年位以降の資本主義に特徴的な貨幣資本の相対的過剰は、資本主義経済の維持という資本主義国家の政策によって生み出されている。資本主義の経済機構は、労働者の搾取を通じて利潤を確保することによってしか機能できない。搾取の強化が拡大再生産に必要な資金以上の過剰な利潤を生み、過剰な貨幣資本を形成しているが、その実現を可能にしているのが財政赤字という構造になっている。株式市場の動きを単にマネーゲームの横行と捉えるのではなく、その真因に貨幣資本の過剰を生み出していく搾取の強化と国家による財政赤字の存在があるという批判の観点が重要なのではないだろうか。


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