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社会イノベーションはアボカドで実践する!? 龍谷大学での講義内容

2022年10月25日に龍谷大学の「社会イノベーション実践論」にお招きいただき、本テーマについて僕の考えをお話させていただきました。

本記事は授業で話した内容に参考情報を追記した講演録です。講演のご依頼はプロフィールページの「講演・取材」よりお願いします。



社会イノベーションを実践する、つまり社会により良い変化を与えるためには「社会とは何か」「ビジネスとは何か」「イノベーションとは何か」の3つを理解する必要があります。

本日は弊社のフードピクト事業をケーススタディにしながら「社会イノベーションはアボカドで実践する」という僕の考えを紹介し、みなさんと対話をしながら理解を深めていきたいと思います。

フードピクトの概要については、三分間の紹介映像がありますのでご覧ください(朝日放送「Fresh Faces」2021年1月30日放送)。



1. 社会とは何か?


まずは「社会とは何か」というテーマからお話していきます。

少し考えてみてください。みなさんはいまの日本社会に満足していますか? 自分には社会を変えていく力があると思いますか? どうすれば理想の社会が実現すると思いますか? 僕は

社会は僕たちが思うようにはならない。
それでも未来は主体的に選択するべきだし、
未来づくりをリードすることは僕たち世代に期待された役割。

と考えています。
この思いに至るきっかけが、いままでに3回ありました。

最初のきっかけは、2001年に発生したアメリカ同時多発テロです。

当時、僕は高校1年生で、テレビ画面の向こう側でハイジャックされた旅客機が高層ビルにつっこみ、やがて戦争がはじまっていく様子を目撃しました。
歴史の授業で学んだ戦争が、自分が生きているリアルな世界ではじまったことのインパクトとともに、テレビから流れてくる「米国 vs 中東」や「キリスト教 vs イスラム教」という分かりやすい報道に、少しずつ違和感を感じはじめます。
なぜ国や宗教の違いが戦争につながるのか? 本当は何か別の原因があるではないか? そんな思いから、紛争解決や途上国開発を学ぼうと大阪外国語大学に進学します。


そこで2回目のきっかけに出会います。

大学1年生の夏休みに、サウジアラビアから来た研修生をアテンドする機会がありました。初めて来日した彼らの「日本食を食べてみたい」というリクエストに応えようと、僕は寿司や天ぷら、お蕎麦のお店を案内しました。
しかし、彼らはどのお店に行っても「この料理にイスラム教で禁止されている豚肉やお酒が含まれていないか確認できないので、不安で食べられない」と言います。僕が料理の説明をしても、初めて見る異国の料理への不安は消えません。
結局、この日はマクドナルドでフィッシュバーガーを食べてお別れをしました。このとき初めて、日本の外食産業は宗教戒律やベジタリアンにより「食べられないもの」がある人には使いにくいという問題に気づきます。


そして3回目のきっかけは、ちょうどその1年後、大学2年生の夏にやってきました。

本日の授業のようにソーシャルビジネスの授業を受けていた僕は「自分が気になる社会課題を解決する事業計画をつくる」というレポート課題に対して、世界中のひとが日本での食事を安心して楽しむためのアイディアを提出しました。
すると担当教員が面白がってくれて学外のビジネスプランコンペに参加することになり、最終的には優秀賞と観客共感賞をもらいました。
このとき初めて「おもてなしの失敗という個人的な経験と、社会の課題はつながっている」という感覚を覚えます。そこからフードピクトの取り組みはスタートしていきました。

ここで話を少し整理しましょう。
さきほど「日本の外食産業は、宗教戒律やベジタリアンにより『食べられないもの』がある人には使いにくいという問題に気づいた」と言いました。

いまの日本の外食産業はどうなっているのでしょうか?
外国人を含めたダイバーシティの受け入れに関する、こちらの図を使って整理してみましょう。

引用:田村太郎氏「外国人コミュニティとの共生」
『日立財団Webマガジンみらい』VOL.3, p15(2018)


図の左下は多様性を受け入れずに自分たちも変化しない「排斥」、左上は多様性を受け入れずに相手に変化を求める「同化」、右下は多様性は受け入れるものの自分たちは変化しない「棲み分け」、右上は多様性を受け入れて自分たちも変化する「共生」と呼ばれる状態です。

これを外食産業に当てはめると、左下の排斥は「入店お断り」、左上の同化は「郷に入れば郷に従え」となり、企業姿勢が問われるレベルです。
右下の棲み分けは「食べられないものがある人は専門店へ」となり、イスラム教徒のためのハラール認証店や、アレルギーがある人のためのアレルゲンフリー対応店などが該当します。

フードピクトはこれらの3つとは異なり、右上の「共生」を目指した取り組みです。つまり、アレルギーがある人も、ベジタリアンの人も、宗教上の理由により食べられないものがあるひとも、同じお店で、同じテーブルを囲んで、ともに食事を楽しめる社会づくりを目指しています。

これこそが僕たちがつくりたい未来の食のあり方であり、日本の外食産業を国際標準へアップデートするために、フードピクトの取り組みを進めている最大の理由です。

さて、ここまでの話をすると「きっかけは誰にでも起こりそうな些細なことなのに、なぜ行動できるのですか?」と聞かれることがります。

さきほど「社会は僕たちが思うようにはならない。それでも未来は主体的に選択するべきだし、未来づくりをリードすることは僕たち世代に期待された役割」だとお話しました。

この僕たち世代という言葉には、もちろんみなさんも含まれています。

いま世界の人口は増え続け、今年中には80億人に達します。その半分は27歳以下の若者ですが、そのなかで高等教育を受けているのはごく少数です。
日本に限っても現在の大学進学率は51%しかなく、OECD平均の62%を大きく下回っています(OECD「Education at a Glance 2012」)。

みなさんは意識していないかもしれませんが、世界から見ても、日本から見ても、高度な教育を受けているみなさんは恵まれた環境にいます。

みなさんのなかには、何となく大学に進んで、何となくここに座っている人もいるかもしれませんが、これからの社会づくりをリードする役割は、みなさんに託されています。そんな風に思えることができたら、行動を起こさない理由はないのではないでしょうか?

2. ビジネスとは何か?


さて社会イノベーションを理解するための、ふたつめのテーマは「ビジネスとは何か」です。ひとつめのテーマである社会と、ふたつめのテーマであるビジネスの関係性から見ていきましょう。

社会は必ずしもビジネスを必要としないが、
ビジネスは必ず社会を必要とする。

この言葉は米国ホールフーズ・マーケットの創業者で、コンシャス・キャピタリズム(意識的な資本主義)の提唱者であるジョン・マッキーの言葉です。

社会を構成する要素のひとつとして、ビジネスは存在しています。この包含関係は大切なので、図に示しておきましょう。

そのうえで、ビジネスとは何かを考えてみると

より良い社会の実現に向けて使える
資本主義の共通言語としてのツールである。

と、僕は考えています。なぜならビジネスとは、日本を含む多くの国が採用している資本主義における共通のルールだからです。世界の共通言語が英語であるように、資本主義における共通言語がビジネスです。

では社会に変化を与えるために、ビジネスというツールをどのように使えばいいのでしょうか? 再びフードピクトのケーススタディに戻りましょう。

フードピクトのビジネスモデルは、このようにピラミッド型になっています。

一番下にあるのは、フードピクトを使うためのライセンスという商品で、飲食店は1店舗あたり年間12,000円から利用することができます。
ビジネスモデルは Netflix や Amazon Prime、Spotify Premiumと同じサブスクリプション(定額購入モデル)で、顧客の多くは空港やショッピングモールの運営会社、ホテルチェーンなどの大口顧客のため、ライセンスの客単価は平均で数万円から数十万円になっています。

二段目にあるのは、フードピクトの利用企業や自治体を対象にした研修セミナーで、1回あたり128,000円から利用できます。ライセンスとセットで販売したり、自治体や飲食事業者に個別に販売しています。

一番上にあるのは、フードピクトの利用企業や食関連企業を対象にしたコンサルティングで、客単価は平均で百万円からになっています。

フードピクトを使う入口となるライセンスの商品価格を抑えているのは、ビジネスという共通言語を使いながら、社会により良い変化を与える仲間をできるだけ多く増やしていくためです。
現在は羽田・成田・関西の三大空港をはじめ国内100社1,600店で利用され、海外の国際会議や空港ラウンジでも利用されています。


ところで「社会課題をビジネスで解決するのは難しい」と思われがちですが、僕はそうは思いません。難しいと感じるのは大企業のようにマーケットイン、つまり市場調査や消費者インサイトに基づいて事業を開発しようとするからです。

社会課題を扱うソーシャルビジネスにおいては、次の3ステップが有効だと僕は考えています。

1. 目の前のひとりからはじめる
2. 顧客を創造する
3. 市場を創造する

ひとつめの目の前のひとりからはじめるとは、こんな商品やサービスがあったらよさそう(Better)という視点ではなく、具体的に困っているひとりが絶対に必要とする(Must)解決策をつくり、小さく実験をして、効果があれば他のひとにも広げていくという事業開発の方法です。

例えばフードピクトの場合は、大学にいたイスラム教の留学生が教えてくれた「料理に何が入っているかが分からないから不安で食べられない」という課題から、まずは学園祭で提供される料理に何が含まれているかを多言語で表示する実験をしました。そして多言語による表示では、その言語が分からない留学生には伝わらないという課題に気づき、現在のようなピクトグラムへと徐々に変化していきました。

ふたつめの顧客を創造するとは、顧客を分類して顧客ごとのニーズを正しく把握し、それぞれのニーズに応えられる解決策を提供することで対価をいただき、持続可能に展開する仕組みをつくることです。

例えばフードピクトを利用している国際空港の場合は、顧客は大きく空港の運営会社、空港内に出店している飲食店、その飲食店を利用する消費者に分けることができます。ヒアリングを通してそれぞれが抱えている課題を正確に把握して、それらを解決できるように商品サービスをチューニングしています。

最後の市場を創造するとは、意図的に競合を誘い込むことで市場をつくり、ニッチな取り組みからメジャーな取り組みへと認知度を高めながら、しっかりと優位性を確立することです。

例えばフードピクトの場合は、2020年の東京五輪の開催が決まってから、広告代理店の電通やリクルートが市場に参入しました。脅威である一方で、大企業が参入したおかげで絵文字による食材表示という方法が広く認知されるようになり、すでに市場でシェアを持っていた弊社がさらに成長するという好循環につながっています。


ここでいちど話をまとめましょう。
ビジネスとは何か? それは社会にある課題を資本主義の共通言語を使って解決していく取り組みと言えるでしょう。

そしてもうひとつ大切なことは、いまある課題を解決するだけではなく、より良い社会とは何か? を想像し、社会に対して新たな価値を創造しない限り、わくわくする未来は創れないということです。

例えば「貧困のない世界」を考えた場合、貧困という課題をなくしていくことは大切ですが、貧困状態から抜け出した人たちがどのような人生を歩めたら幸せなのかを想像し、それを商品やサービスを通して実現していくことが必要です。

日本企業の多くは、課題解決は得意ですが、価値創造が苦手です。iPhoneの部品はつくれても、iPhoneはつくれないのです。みなさんにはできるだけ早く社会に対する解像度を高め、ビジネスを使えるようになり、ほしい未来を自分の手でつくれるようになって欲しいと思います。

3. イノベーションとは何か?


さてここまで「社会とは何か」と「ビジネスとは何か」について、寄り道をしながらお話してきました。最後のテーマは「イノベーションとは何か」です。結論から言えば

イノベーションとは、
インベンションとコマーシャリゼーションの掛け算。

だと僕は考えています。
インベンションとは発明のことで、顧客の課題を解決したり、新しい価値を提案する商品やサービスのことです。
コマーシャリゼーションとは商業化のことで、ビジネスという共通言語を使って商品やサービスを市場に流通させることです。

ここでのポイントは、インベンションとコマーシャリゼーションの間にある「×(乗算記号)」です。これらの2つの要素は掛け算の関係なので、両者が1.1以上なければ変化は生まれません。

例えば、せっかく良い商品やサービスはあるのに流通させる力が弱いと、掛け算の結果は小さくなります。また流通させる力はあるのに良い商品やサービスがない場合も、掛け算の結果は小さくなります。

ソーシャルビジネスの担い手の多くは新興企業のため、コマーシャリゼーションの力は強くありません。そのため独自の提供価値を明確にし、コマーシャリゼーションの力を持っている既存の企業と連携して社会に与える変化を大きくしていくことが、社会イノベーションのコツだと言えます。

例えばフードピクトの場合は、G20やG7サミットなどの国際会議でも採用されていますが、これは広告代理店と連携して取り組んでいます。
また全国の災害時避難所に配備されているコミュニケーション・ツールにも採用されていますが、これは総務省国際室や消防庁などと連携して取り組んでいます。
さらに小学校・中学校・高校の学校教科書にも掲載されていますが、これは教科書を制作する出版社と連携して取り組んでいます。

資本主義の世界においてはビジネスをツールとして使い、持続的に社会に変化を与えて理想の形に変えていくこと。それが社会イノベーションを実践することだと僕は考えています。

イノベーションという技術をつかって社会を理想のカタチに変えていくアボカドモデル。


ただしイノベーションという技術を使うときには、注意しなければいけないことがあります。

それは目の前の課題解決ではなく、課題を生んでいる社会変革に利用しなければ、既存の制度の尻拭いや課題の再生産に加担することになることです。

例えばホームレスという問題を考えた場合、炊き出しなどの取り組みも必要ですが、いかにホームレス状態を生み出さない仕組みをつくるかを考えなければ、問題はなくなりません。
また病児保育について考えた場合、子どもが発熱したときに保育園の代わりに預かってくれる取り組みも必要ですが、子どもが熱を出したときには父親を含めて親が会社を休みやすい労働環境や社会づくりを考えなければ、根本的な問題は解決しません。

イノベーションという技術は、社会を理想の形に変えていくチカラを持っていますが、アプローチを間違えるとアボカドの皮をどんどん固くして、課題を生んでいる既存の制度を強化してしまう恐れがあります。
世の中にあふれる「社会事業」がどちらのアプローチを採用しているのか、みなさんには見極める目を持って欲しいと思います。

まとめと参考情報


本日は「社会とは何か」「ビジネスとは何か」「イノベーションとは何か」の3つのテーマから、社会イノベーションの実践についてお話してきました。

話をまとめると「社会イノベーションはアボカドモデルで実践する。社会のなかに共通言語としてのビジネスがあり、イノベーションを通して社会を理想の形に変えていく」ことが、社会イノベーションを実践することと言えるのではないでしょうか?

そしてこれは、SDGsのようなグローバルな課題を扱う場合も同じです。
繰り返しになりますが、とくに本日の授業のような高度な教育を受けているみなさんには、より良い社会づくりをリードすることで、世界と日本からの期待に応えて欲しいと思っています。

そのためには授業を聞いて終わりにしないで、自分のチカラを信じて、身近なところから何かアクションを起こしてください。みなさんのこれからの活躍に期待しています。


以下は本記事を理解するうえで役に立つ書籍です。

・「パーパス」意義化する経済とその先(岩嵜博論、佐々木康裕/NewsPicksパブリッシング)
・「FACTFULNESS」10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣(ロスリング・ハンス/日経BP)
・「ニュータイプの時代」新時代を生き抜く24の思考・行動様式(山口周/ダイヤモンド社)
・「起業の科学」スタートアップサイエンス(田所雅之/日経BP)
・「経営リーダーのための社会システム論」構造的問題と僕らの未来(宮台真司、野田智義/光文社)
・「ロードアイランド・スクール・オブ・デザインに学ぶクリティカル・メイキングの授業」(ロザンヌ・サマーソン、マーラ・L・ヘルマーノ/ビー・エヌ・エヌ新社)
・「行政とデザイン」公共セクターに変化をもたらすデザイン思考の使い方(アンドレ・シャミネー/ビー・エヌ・エヌ新社)

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